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December 29, 2011

枯枝をひらふことの、おもふことのなし

Ohtsu_05

―日々余話― 軽重-?-合わせて

またも月遅れの購入本報告。
やたら冊数ばかりが多くなったは、W選挙の所為もありまた原発関連もあり、さらには「深読みシェイクスピア」を読んだあと、暇な折々にひとわたり気楽に読んでみるのもいいかと、松岡和子訳のシェイクスピアもの中古書を、安い物から買い集めた所為で、軽重-?-合わせて21冊にまでなってしまった。

-11月の購入本-
・F.ヴァレラ「身体化された心」工作舎
マトゥラーナとともにオートポイエーシスの創始者であるヴァレラが、「仏教思想からのエナクティブ・アプローチ」と副題するように、中観仏教への着眼から、自己の投影としての世界と、世界の投影としての自己という循環に、認知=行為のはじまりを説く。原著初版は’91年、訳書初版は’01年。
以前、図書館で借りて読んでいるが、再度きちんと読む為に購入。

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・河本英夫「オートポイエーシス―第三世代システム」青土社
「オートポイエーシスは境界をみずから作り出すことによって、そのつど自己を制作する」と考える著者の、従来のシステム論-ホメオスタシスや自己組織化-を乗り超える第三世代のシステム論。著者はシステム論の全歴史を通観しつつ、生物学・社会学・心理学・経済学・法学・科学論・歴史学・文学など、あらゆる分野の常識を覆すこの革命的システム論を、初めて明確に定式化せんとする。

・河本英夫「哲学、脳を揺さぶる オートポイエーシスの練習問題」日経BP社
経験的世界の際限ない深み-大脳皮質は脳の広範な領域で起きたことをうまく汲取れないように出来上がっている。言語表記にも限界がある。 行為という運動のみが発見の場所となり続ける。そこには、質の異なるものの同時進行-二重作動-が経験されている。どのような行為であれ二重に自ら作動する。そのことが自己産出-新しい組織化-となる。

・大河内直彦「チェンジング・ブルー―気候変動の謎に迫る」岩波書店
気候変動に関わる科学的、学術的な内容を、広い視野から詳細によく解説し、しかもスリリングなストーリー展開をしているあたり、若い著者ながらその筆力は相当なもの。

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・外尾悦郎「ガウディの伝言」光文社新書
まさに、神は細部に宿る-サグラダ・ファミリアの専任彫刻家として30年を生きる著者ならではの、とくにプロローグから7章あたりまでで、明かされる造型の工夫、その読解きは、随所に心撲たれるものがあり、お薦め。

・植木雅俊「仏教、本当の教え-インド、中国、日本の理解と誤解」中公新書
「法華経」-2004-、「維摩経」-2011-をサンスクリット語の原典から完訳した在野の仏教学徒である著者が、インドと中国そして漢訳による仏教受容をした日本における三様の仏教理解を、その誤解も含め、一般向けに解き明かしてくれる。

・J.オーウェル「一九八四年」ハヤカワ文庫
ディストピア-反ユートピア-小説の系譜を引く名作の誉れ高く、オーウェリアン-Orwellian-という形容詞まで生んだ、全体主義国家の恐怖を描いた近未来小説。’48年に執筆、翌年出版された当初から冷戦下の米英でベストセラーに。

・児玉龍彦「内部被曝の真実」幻冬舎新書
子どもと妊婦を守れ! 7/27の衆議院厚生労働委員会で涙ながらに訴え、日本中を戦慄させた著者の、あのスピーチの全容と補筆解説。

・T.D.ラッキー「放射能を怖がるな」日新報道
低量の放射線被曝はホルミシス効果-適応応答-をもたらし、むしろ健康によいとの立場で学説を唱える、前書とは対極の書。

・内田樹.他「橋下主義-ハシズム-を許すな!」ビジネス社
9/17に行われた「ハシズムを斬る-第1回」の講演シンポ-山口二郎・香山リカ・薬師院仁志-内容に加え、内田樹の小論「おせっかい教育論」を冒頭に配して、大阪W選挙直前の緊急出版。

・雑誌「新潮45-12月号」
橋下徹バッシング特集記事の第2弾

・写真誌「風の旅人vol.44-彼岸の際-まほろば」ユーラシア旅行社
‘03年の創刊から隔月刊、そして’09年からは4ヶ月毎に刊行。偶々とある情報から購ったものだが、「本格的グラフ文化誌」を称する編集人佐伯剛の言-Blog-によれば、本号をもって永の休刊となるらしい。

・山田風太郎「八犬傳-上」廣済堂文庫
・山田風太郎「八犬傳-下」廣済堂文庫
・W.シェイクスピア/松岡和子訳「ハムレット」ちくま文庫
・W.シェイクスピア/松岡和子訳「ロミオとジュリエット」ちくま文庫
・W.シェイクスピア/松岡和子訳「マクベス」ちくま文庫
・W.シェイクスピア/松岡和子訳「リア王」ちくま文庫
・W.シェイクスピア/松岡和子訳「ウィンザーの陽気な女房たち」ちくま文庫
・W.シェイクスピア/松岡和子訳「ペリクリーズ」ちくま文庫
・W.シェイクスピア/松岡和子訳「タイタス・アンドロニカス」ちくま文庫
・DVD「リーマン予想-天才たちの150年の闘い~素数の魔力に囚われた人々」NHKエンタープライズ


―山頭火の一句― 其中日記-昭和9年-257

2月5日
天も私も憂鬱だ、それは自然人生の本然だから詮方がない、水ばかり飲んでゐても仕方がないから、馴染の酒屋へ行つて、掛で一杯ひつかけた、そしてさらに馴染の飲食店から稲荷鮨とうどんとを借りて戻つた。
湯札が一枚あつたので、久振に入浴、憂鬱と焦燥とを洗ひ落としてさつぱりした。
幸福な昼寝。
やつぱり、句と酒だ、そのほかには、私には、何物もない。
大根、ほうれん草、新菊を採る、手入れをする、肥をやる。
私の肉体は殆ど不死身に近い-寒さには極めて弱いけれど-、ねがはくば、心が不動心となれ。
米桶に米があり、炭籠に炭があるといふことは、どんなに有難いことであるか、米のない日、炭のない夜を体験しない人には、とうてい解るまい。
徹夜読書、教へられることが多かつた。

※表題句の外、6句を記す

1112291

Photo/復元されている小郡・其中庵の室内風景-2011.04.30撮影

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December 26, 2011

梅がもう春近い花となつてゐる

Meikyu_01

―日々余話― 凝り型となって‥

久し振り、一ヶ月余を経ての言挙げである。
Facebookを始めたのが8月下旬頃だった-
Twitterに比べれば、お互いの正体がはっきりしているのが性に合ったのだろう、とりわけ10月に入る頃から友達をどんどん増やして、ずいぶん凝り型になってしまい、また本も読みたい、読まねばならぬ‥と、その反動でBlogがとんと書けなくなった。

凝り型になったについては、思いあたりそうなもう一つの訳がある。
これを始めた頃より、ちょうど時を同じくして、新しい稽古場づくりを模索しだしたことだ。
場所の候補は生まれ里の九条、永らく空いたままの、到底新しい借り手も見つかるまいと思われる20坪余りの倉庫だ。高さは優に二階ほどもあるから小さな小屋-劇場型-にも出来なくはない。
そんな色気も出てきたから大変だ。言うほどの資金力もない、むしろないない尽くしで無謀にも芝居小屋をものしようというのだから、厚顔と言えば厚顔、まことに厚かましいような話だが、誼を頼っての小屋づくりとて、思うに任せず、事はなかなか捗らない。まあ来年の春のうちに柿落し、ともなれば上々の運びだろう。

かように稽古場づくりから、それのみならず小屋利用も視野に入ってきたからには、同根同類の知友をこの際ひろげておくに如かず、とそんな思惑も働いての、Facebook-凝り型の当今なのだろう。


―山頭火の一句― 其中日記-昭和9年-256

2月4日
明けてうらうらだつたが、また曇つて雪がふりだした。
身心不調、さびしいとも思ひ、やりきれないとも感じたが、しかし、私は飛躍した、昨夜の節分を限界として私はたしかに、年越しをしたのである。
朝、冷飯の残りを食べただけで、水を飲んで読書した、しづかな、おちついた一日一夜だつた。

-第三句集「山行水行」に挿入する語句二章
〈庵中間打坐〉
山があれば山を観る
雨のふる日は雨を聴く
春 夏 秋 冬
受用してつきることがない

 〈一蜂千家飯〉
村から村へ
家から家へ
一握の米をいただき
いただくほどに
鉢の子はいつぱいになつた

※この日句作なし、表題句は翌5日付記載の句

010908034

Photo/防府アスピラートに於ける山頭火展にて-01.09.08

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