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January 31, 2010

ぬかるみ、こゝろ触れあうてゆく

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-表象の森- 書の宇宙と、舞踊と

どうやら今年しばらくは、書家石川九楊の著書群を渉猟することに明け暮れそうな気配である。
いまのところ「一日一書-02-」と「書の終焉-近代書史論-」の二書を読了してまもないばかりなのだが、その書論・技法論は、私などにすれば、舞踊における形式論や技法論に、まるでそのままに照応するかのごとき観、まことしきりなのである。

-今月の購入本-
・石川九楊「日本語とはどういう言語か」中央公論新社
三浦つとむの名著「日本語はどういう言語か」とは一字違いの書名はまことに紛らわしいが、こちらは書家石川九楊による日本語論。漢詩・漢文体と和歌・和文体を両極として成立している日本語の文体、その二重複線構造をもつ言語における「書字」への総合的で内在的な分析を試みた、文-かきことば-篇と言-はなしことば-篇の二部構成からなる書。06年初版の中古書。

・石川九楊「書 - 筆触の宇宙を読み解く」中央公論新社
書を性格づけるのに「筆蝕」の表現と言う造語をあてる著者。青銅器や石に刻む、竹簡や紙に筆で触る、その間の相克、統一を通して書は生まれたからだ。それゆえ書は黒と白の対比の表現ではなく、光と陰による表現なのだ。筆尖-ひっせん-を通じて書家は対象に力を加え、対象から反発する力が返る。それをねじ伏せたり、折り合いをつけたり、微妙に震えたり、スーッと逃げたり‥、そういうドラマを、さまざまな古今の名書にもとづき、西洋音楽の楽典に匹敵するような分析で、書の美が解かれ、説かれゆく。書はまた個人の精神的営為でもあるからして、確立した規範からの揺らぎ、崩しが必ず生ずる。それがまた新たな規範となるのは、何らかの革新的な思想性、技術を含んでいるからだ。楷書が「軟書化」していく唐以降の狂草-きょうそう-や、空海が日本にもたらした雑書体について、そうした構造が解き明かされる。「書の宇宙」と題され、01年から02年にかけ、京都精華大で開かれた連続講座、12回の講義録。05年初版の中古書。

・石川九楊「選りぬき一日一書」新潮文庫
01年から03年の3年の間、京都新聞に連載された「一日一書」にもとづき出版された01~03巻-二玄社刊-から一年分に再編され選りぬかれた文庫版。

・鹿島茂「パリの日本人」新潮選書
明治の元勲・西園寺公望、江戸最後の粋人・成島柳北、平民宰相の原敬、誤解された画商・林忠正、宮様総理の東久邇宮稔彦、京都出身の実業家・稲畑勝太郎、山の手作家の獅子文六、妖婦・宮田-中平・武林-文子etc.‥。パリが最も輝いていた時代、訪れた日本人はなにを求め、どんな交流をしていたのか、明治維新以降の留学生がフランスから<持ち帰ったもの>をそれぞれに探る。

・Yi‐Fu Tuan「空間の経験 - 身体から都市へ」ちくま学芸文庫
人間にとって空間とは何か、それはどんな経験なのか、また我々は場所にどのような特別の意味を与え、どのようにして空間と場所を組織だてていくのだろうか‥。70年代、現象学的地理学の旗手として登場した著者が、幼児の身体から建築・都市にいたる空間の諸相を、経験というKey Termによって一貫して探究した書。88年単行本初版。

・原広司「空間 - 機能から様相へ」岩波現代文庫
著名な建築家である著者は、工学的な知識はもとより、哲学、現象学、仏教学などの知見を駆使、長年にわたる集落調査の成果にも依拠しつつ、現代世界を支配してきた機能的な均質空間の支配に抗して、新しい「場」の理論を構想、設計の現場から21世紀の建築は<様相>に向かうというテーゼを発信する。87年単行本初版。

・新宮一成「夢分析」岩波新書
忘れていた幼年期の記憶を呼びもどし、自らの存在の根源を再確認する-人間精神の深層にある無意識のこの欲望こそが、我々が夢を見る理由である。夢はどのようなしくみによってその欲望を満たすのか。夢に登場してくるさまざまな内容は何を象徴するのか‥、ラカン精神分析に精通した著者が豊富な実例分析をもとに夢の本質に迫る。00年初版。

・埴谷雄高・北杜夫「難解人間vs躁鬱人間」中公文庫
他界する2年前の95年に「九章」が出版された未完の「死霊」、その著者本人を相手に、86年に初版された「八章」について、長年にわたって交友の深かった北杜夫が、一見支離滅裂とも見える脱線ぶりを呈しながら、難解世界の読解を試みてゆく妄想的放談の記。90年単行本初版。

・埴谷雄高「死霊 -1.2.3-」講談社文芸文庫
本書について何をか況や。46年「近代文学」創刊号より連載されるも、49年「四章」で中断、「五章」が「群像」に発表されたのが下って75年、以来、断続的に81年に「六章」、84年に「七章」、86年に「八章」、そして95年に「九章」、と書き継がれるも、ついに未完のまま終わっている、わずか五日間を描く小説に50年を費やしたという文学史上の異色作。03年一挙に文庫化されているが、最近になって、友人のT.Kさんがダブって書店に注文したとかで、有難くも拝領に与った。

-図書館からの借本-
・岡井隆「注解する者 -岡井隆詩集-」思潮社
毎日紙「今週の本棚」に曰く、注解にあたる言葉は、西洋では「舌」また「言葉」をあらわすギリシア語の「グロッサ」より派生している。舌の味分け、言葉の味読‥、歌人岡井隆はつねづね歌づくりのかたわら、古歌・秀歌をとりあげ、「グロッサ」の修練をしてきた。おそろしく舌がこえている、細部の吟味と味読において名人芸に達している。09年初版。

・坂部恵「ペルソナの詩学 -かたり ふるまい こころ-」岩波書店
生きた日常のことばによって、ペルソナ-人格-の重層的で多元的なあり方を捕捉すること、それは大胆にして繊細な試みである。西欧近代以来の主―客二元論への傾斜に抗して、ことばとペルソナを通底するダイナミックな構造に応じた新たなモデルを探ること-、物語論、行為論から自-他関係の解釈学へ‥、西田幾多郎、和辻哲郎らの遺産を読み直しつつ、近代の枠を超える思考パラダイム-、<ポイエーシス>の次元を構想する。89年初版。

・田中貴子「あやかし考 -不思議の中世へ-」平凡社
「道成寺絵解」にはじまり、絵巻・説話から風聞まで、中世の不思議な話の数々を渉猟し、まことしやかに伝えられ語られる伝説が、はたして当の人物や出来事の本当の姿を伝えるのものか、を解きほぐし明らかにしていく。04年初版。

―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-29-
1月25日、また雨。

午後、稀也さんを見送るべく熊本駅まで出かけたが、どうしても見出せなかつた、新聞を読んで帰つてくると、間もなく馬酔木さんが来訪、続いて元寛さんも来訪、うどんを食べて、同道して出かける、やうやくにして鑪板を買つて貰つた-今度もまた元寛君のホントウのシンセツに触れた-。

※表題句の外、1句を記す

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January 27, 2010

恋猫の声も別れか

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-日々余話- Soulful Days-31- 検察、現場検証へ

12月中には出されるであろうと期待された大阪地検の審判-甲乙運転手への刑事処分-は、結局は音沙汰なしのまま年が越され、はや1月も大寒を過ぎ月末を迎えようとしている。

この間、こうまで結論を長引かせるのはいったい何か、やはり警察の調書と矛盾する審判を下せしめるのは困難かなどと、一抹の不安やら疑念に襲われては焦燥に駆られるといった始末で、どうにも気の霽れぬ日々が続いてきた。

そこへM運転手からの久々のメール、昨夕のことだ。彼とは暮の25日に会っていたからちょうど一ヶ月ぶりの音信。それによれば、検察はあらためて事故当時の現場検証を実施する意向で動いているとの由、その協力要請がM運転手の会社-MKタクシー-にも既になされているらしい。

これが本当なら、まぎれもなく吉報である。現場検証の日程はいまだ確定しておらず、M運転手にもその連絡はまだないが、この情報がMKタクシー側の弁護士からもたらされたものだけに信憑性は高く、早晩実施されることはまずまちがいないだろう。

抑も検察があらためて現場検証をしようというからには、検察にあがってきた警察の調書や捜査判断に大きな問題点があるという認識なしにはありえなかろう。此方が要請したドライブレコーダーの分析から推定される事故状況と、警察における捜査報告や調書に抜き差しならぬ齟齬や矛盾があり、これらの欠陥や誤認を明々白々のものにしなければならないということだ。さらに突っ込んでいうなら、検察の判断はすでに警察の捜査・調書をかなりの部分否定せざるを得ないという心証を得ており、検察による現場検証の実施はこれを確定させるための、いわば通過儀礼となるべきものだろう。

やっと、ここまで来たか‥たまらず深い息をつく、
もうすぐだ、もうすぐ‥、霽れる日は、もう近いのだ。

―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-28-
1月24日、うららかだつた、うららかでないのは私と彼女の仲だつた。

米の安さ、野菜の安さ、人間の生命も安くなつたらしい。
朝湯のこころよさ、それを二重にする朝酒のうまさ。

※表題句は前日の句より

句も書き留めていなければ、記したのもたった二行。別れた筈の妻・サキノとのあいだに何があったか、本文ではなく天候の欄に「うららかでないのは」と記したは、触れれば止めどもなく露わになろうおのれ自身の不甲斐なさ、自己嫌悪の姿であったか‥。「人間の生命もやすくなつたらしい」と記した裏に忍ばせたものは‥、などと想像を逞しくせざるをえない。

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January 25, 2010

ひとりにはなりきれない空を見あげる

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―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-27-
1月23日、雨、曇、何といふ気まぐれ日和だらう。

夜、元寛居で、稀也送別句会を開く、稀也さんは、いかにも世間慣れた-世間摺れたとは違ふ-好紳士だつた、別れるのは悲しいが、それが人生だ、よく飲んでよく話した。

-略-、そして稀也さんも私も酔ふた、酔ふて別れて思ひ残すことなし、よい別れだつた。

裏のおばさんに「あたたかいですね」といふと「ワクドウが水に入つたから」と答へる、熊本の老人は誰でもさういふ、ワクドウ-蟇の放言である-が水に入る-産卵のためである-、だから暖かいと理窟である、ワクドウが水に入つたから暖かいのでなくて、暖かいからワクドウが水に入るのだから、原因結果を取違へてゐるのだが、考へやうによつては、面白くないこともない、私たちはいつもしばしばかういふ錯誤をくりかへしつつあるではないか。

※表題句の外、9句を記す

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January 23, 2010

酔うほどは買へない酒をすするのか

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-表象の森- インド舞踊、って何だ!

Odissi Danceの茶谷祐三子も加わったインド舞踊の会があるというので、連合い殿が土曜出勤のゆえ子連れながら京都まで観に行ってきた。

会場は南禅寺近くの京都市国際交流会館内のイベントホール、200席余りの小ホールだ。その名称からして小なりといえどさぞ設備の整った劇場だろうと思って出かけたのだが、予想は見事に裏切られた。音響も照明もまるでなってない、半世紀ほども昔へタイムスリップしたかと思うくらいお粗末なものだった。音はボリュームを上げるとただ煩いだけのものとなるし、ホリゾントはLow HoriこそあるもののUpper Horiがないから、地明りのボーダーやサスからのハレーションがひどくて、いわば空と大地の、空間が分かたれない。踊り手たちにとって折角の晴れの舞台も、これでは辛い環境となる。

さて本題の踊りについてだが、出演は4団体、オディッシィ・ダンス=東インド舞踊の野中ユキと茶谷祐三子、パラタナティアムといわれる南インド舞踊の福田麻紀とマユリ・ユキコ。演目は休憩をはさんで二部に分かれ、前半は茶谷祐三子と福田麻紀、後半は野中ユキとマユリ・ユキコ、それぞれオディッシィとパラタナティアムの組合せとなっている。

子連れのこととて、一部を観終えたところで退散しようかとも思ったが、オディッシィ・ダンスに関しては茶谷祐三子以外のものをまだ観たことがないので、二部の野中ユキのソロを観届けて席を立った。

先-11月-の、カルラの南インド舞踊もそうだったが、茶谷が踊るOdissi Danceの世界と、今日の福田麻紀、野中ユキらの踊り、パラタナティアムとオディッシィの違いはあれど、彼女らの世界とは同じインド舞踊とはいいつつズレがある、位相が異なるといわざるをえない。同根の筈の野中ユキのオディッシィ・ソロまで強いるように観たのは、結果としてその確認のためだったということになる。

彼女らの踊りは、技術的にはまずまず達者なものだが、どこまでも単なる民族舞踊でしかない。異邦の世界を憧憬する心はだれにでもあるものだが、その発想かならずしも無垢なものなどではなく、ずいぶんと俗な部分に浸食されているものだということを知らず、あくがれはそのまま媚びやへつらいに堕しかねず、きわどいところだが俗臭が匂い立つ、と私にはそう映った。

茶谷自身の語るところでは、8年ほどに及ぶ彼女のインド滞在のあいだ、Odissi Danceの習得に専心したのは2.3年、以後はもっぱらラジニーシの瞑想に私淑、明け暮れていたと聞く。よってか彼女の踊りにはどこかまだ生硬さがのこるものの、心の軸がある、これもまたなかなかにきわどいところのものではあるが、踊ること自体、超越的な存在-神-への捧げものという、そんな信仰にも似たものがあるようにみえる。

Photo

写真はこの日の会のチラシだが、この手の企画、どうしてこんなに趣味がワルイのか

―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-26-
1月22日、雨、憂鬱な平静。

稀也さんから突然、岡山へ転任するといふ通知があつたので、逓信局に元、馬の二君を訪ねて、送別句会の打合をする。

途上で少しばかり飲んだ、最初の酒、そして焼酎、最後にまた酒! 何といつても酒がうまい、酔心地がよい、焼酎はうまくない、うまくない焼酎を飲むのは経済的だからだ、酔ひたいからだ、同じ貨幣で、酒はうまいけれど焼酎は酔へるからだ、飲むことが味ふことであるのは理想だ、飲むうちに味ふほどに酔うてくるなら申分ないけれど、それは私の現状が許さない、だから、好きでもない焼酎を飲む、眼をつぶつて、息もしないやうにして、ぐつと呷るのである、みじめだとは自分でも知つてゐる、此辺の消息は酒飲みの酒好きでないと解らない、酒を飲むのに目的意識があつては嘘だが、目的意識がなくならないから焼酎を飲むのである。‥

※表題句の外、3句を記す

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January 21, 2010

ひとり住むことにもなれてあたゝかく

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-世間虚仮- 強制収容20万

北朝鮮で、政治犯20万人収容、の見出しが眼を惹いた。
記事によれば、あくまで韓国国家人権委員会による推定だそうだが、その殆どは生涯出所の可能性はないという。北朝鮮の総人口は約2300万人とされており、ほぼ100人に一人がこの軛のうちにあるのだから、これは驚くべき数値だ。

ジャーナリスト保護委員会-GPJ-が報道の自由のない10ヶ国をランキングした、検閲国家ワースト10のトップ-2006年-に位置づけられた北朝鮮だが、他方、国境なき記者団による世界報道自由ランキングでは175ヶ国中174位-2009年-とされており、この国より下位に位置づけられているのがエリトリア、アフリカ北東部、紅海に面しエチオピアとスーダンに挟まれた、人工500万ほどの国だ。

―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-25-
1月21日、晴れたり曇つたり、大寒入だといふのに温かいことだ。

今日は昼も夜も階下の夫婦が喧嘩しつづけてゐる、ここも人里、塵多し、全く塵が多過ぎます、勿論、私自身も塵だらけだよ。

※表題句の外、2句を記す

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January 19, 2010

風の音にも何やかや

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-表象の森- 蒼海-副島種臣-の書

石川九楊の曰く「副島は、紙面を外延しない限定空間として捉え、その中に社会や世界のうごめく姿を書として表出しているように思われる」と。

また曰く「副島の<筆触>は次々と転換し一筋縄ではいかない莫大な情報を盛り込んでいる。中でも「積翠堂」や「洗心亭」の作品にみられるように、とくにきしみや、ねじれをもった筆触と、強い筆触、柔らかな筆触、しかもそれが、書きながら見直され、見直されながら書かれるといった具合に、次々と劇的に展開していく」と。

また曰く「副島は、篆、隷、楷、行、草の各体が相互に混然と入り乱れる書を描き出している。彼が各体に無頓着であったというわけではない。書の歴史的総体、総力、つまり<筆触>の総力、全力を駆使して、「世界」を描出しようと試みているのだ」と。

さらに曰く「副島の書が、近代、現代、戦後の書のステージ-段階-を胚胎し、字画を分裂、微分した果てに<書線>や<描出線>のステージを隠しているにもかかわらず、安定した書として認識されるのは、それらを<筆触>が統合しているからだ。<筆触>とは書の別名に他ならない。強靱な<筆触>=強靱な書性によってまぎれもなく書として統御されているのだ。-略- 副島は古文、篆隷楷行草という東アジア漢字文化圏の書が担ってきた歴史的なすべての手法を結集して、近代、現代の書のステージをいっきに描き出してしまっている。過去、現在、未来、そのすべての書の姿が予言的に凝縮されているのだ」と。

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副島種臣の書「神非守人、人実守神」

―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-24-
1月20日、うららか、今日の昨日を考へる、微苦笑する外はない。

すまなかつた、寥平さんにも、彼女にも、私自身にも、-しかし、脱線したのぢやないそれだけまた心苦しい。

苦味生さんから来信、あたたかい、あたたかすぎる、さつそく返信、そして寝る、悪夢はくるなよ。

自分が見え坊だつたことに気付いて、また微苦笑する外なかつた、といふのは、私は先頃より頭部から顔面へかけて痒いものが出来て困つてゐる、それへデイリユウ膏を塗布するのだが、見えない部分よりも見える部分-自分からも他人からも-へ兎角たびたび塗布する。‥

※表題句の外、2句を記す

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January 16, 2010

日向ぼつこする猫も親子

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Information – 四方館のWork Shop

四方館の身体表現 -Shihohkan’s Improvisation Dance-
そのKeywordは、場面の創出。
場面の創出とは
そこへとより来たったさまざまな表象群と
そこよりさき起こり来る表象群と、を
その瞬間一挙に
まったく新たなる相貌のもとに統轄しうる
そのような磁場を生み出すことである。

-表象の森- つづいて「石川九楊」を読む

図書館からの借本、近代書史論と副題された「書の終焉」-同朋舎刊1990-を、やっと読了。

著者は、戦後-昭和20年頃~40年代半ば-の書について、
この時期に書の表出史が明らかにするところは、書が<字画>であることを止めて<書線>へ転化したことである。言葉=文字を書き留めること、<字画>を書き留める段階を脱して、書は<書線>へと転じようとするのだ。墨象といって最初から文字を書かない作品は別にして、前衛書といっても、そこでは文字が書かれているはずだととして接近すれば、記されている文字を了解できないわけではない。むろんその臨界を突破していて題名や作者の解説なしでは判読できないものも少なくないのだが。「<書線>へ転化した」と書く意味は字画が従来通り<字画>として現れるのではなく、<書線>によって自己自身を表出しようという字画段階、つまり<書線>の編成が字画のような貌立ちで現れるのだという意味だ。

ここで<字画>と呼ぶのは、言葉に奉仕するために自己否定的ベクトルをもった字画、筆画を指し、<書線>と呼ぶのは、言葉に奉仕するよりも自己の存在を拡張しようとする方向を指す。その事実を厳密に言えば、書の歴史的誕生は<字画>とのずれをもつ<書線>の誕生を意味している。だが、現代に至るまでは、この<書線>性は<字画>性の支配下にあり、<字画>に統括されていた。言葉=文字を書いた場に、いくらかの度合<書線>性が貌をのぞかせていたのだ。ところが現代、とくに戦後、表出の尖端は文字を書いた場に同伴した書を、書=<書線>を書き表す場に文字を同伴させるという逆転を実現してしまった。書は<書線>であると短絡的に読み替えることによって、戦前とは較べものにならない多種多様な戦後前衛書は生まれた。

いったん<書線>と読み替えられた字画は、これを<運動>と<色彩>に、結構を-字画構成-を<構成>と読み替える。前後前衛書は、この解体過程を実証する実験作品群を指していると言ってもいい。

さらに、昭和40年代半ば~現在に至る書については、
およそ前衛書、戦後書の方向には、前述の<運動><図形><構成><色彩>への四つの極点に抽象化していくしかない、つまり書は影も形もなくなって、「画像」美術の一つに転化するしかないと潜在的に気づかれ始めた時期が昭和40年-1960年代半ば-頃以降ではないだろうか。60年以降、前衛書は急速に影響力を喪って失速する。書が書であることの臨界状態にあることが意識下で感じられ始めたのではないかと思われる。

書は言葉=<字画>を書くことに同伴して生まれた以上、絶えず<字画>の範疇にひきとどめようという力が根底で働いている。だが、<字画>性を感じさせる書は、その<字画>性のゆえに、濁り、臭気を放ち不徹底なステージ-段階-にとどまる。すでに書の歴史が長い年月をかけて蓄積し、臨界状態に達した<書線>性が一気に崩壊するとはとても考えられない。

現時点において、<字画>性に戻ろうとする営為は、おそらくひとつの一過性のエピソードを線香花火のように残して消え去っていく。なぜなら現在において<字画>性を復権するならば、必ず書として古風な段階に退行し、書として何事であろうとすれば、<書線>性の上に<字画>性を僭称し、偽装するしかないからだ。偽装は必ず剥がれて<書線>性を露出しようとする。<書線>性を否定しようとして再び<字画>性を偽装しようとする。書として見所をもちながら<字画>性を回復しようとすれば、必ずこの堂々めぐりの中に落ちていく。いわば、書としての魅力、書としての価値を押し上げようとすると、書という範疇から食み出していくという書の危険な臨界状態である。書という範疇に踏みとどまれば、それはもはや書の歴史が蓄積してきた書の価値を湛え圧し上げることができないという、いささかミステリアスな倒錯した事態である。

という著者は、本書「近代書史論」を西郷隆盛の書から説き始める。
西郷隆盛の書の見所は、幕末維新の壮大な熱気が伝わってくるような連綿草-次々と文字が連続している草書体の書-の書にある。「山行」の書を見てみよう。どろどろと粘りの強い線は円を圧し潰したような形でぐねぐねと蛇行する。字画は太くなり細くなり、速度は速くなり遅くなる。上から下へ、左から右へ、右から左へと強い摩擦<筆触>で字画が書かれ、はねられ、はらわれていく。書線のかすれは<筆触>の強さを暗示している。字画が綴られ連綿が続けられていく方向や角度は雄壮な変化に富んでいて決して定型的ではない。文字形もまた長く伸び短く縮み、左に傾き右に倒れ、文字の寸法は大きくなり、また小さくなり次々と姿を変えていく。文字の黒々とした印象が強くいつまでも残る。国家や国民の行く手を背負っているという時代の重力の自覚や使命感がこの種の気負った、だが上すべりのない<筆触>の中に歪力を書き込んだ存在感の強い書を作り上げるのだろうか。

西郷隆盛ら明治の元勲たち-大久保利通・木戸孝允・山岡鉄舟・福沢諭吉等-の書が誕生した時、日本書史上において初めて作者の情念が書に描き出された。書の中に情念という名の自我が躍り出たのだ。やや違った意味で、江戸期の僧、良寛や慈雲、白隠、画家・池大雅ら、いわば自由人の書の中にこれらの自我の表出は発芽していたもののいまだ開花には至っていなかった。西郷や大久保らは、その革新的意志や思想や情念をスタイル-書体-として表出することを意識的にか無意識的にか実現した。いわば書の歴史的ステージ-段階-をねじまげたのだ。書は文字をある様式に従って綴るだけのものではなくて、ねじれた<筆触>の中に情念を盛り込むことになった。この事実の中に「維新元勲の書」が大衆に熱っぽく歓迎された理由がある、と。


―山頭火の一句―
「三八九-さんぱく-日記」より-23-
1月19日、けふもよい晴れ、朝湯朝酒、思無邪。

朝湯の人々、すなはち、有閑階級の有閑老人もおもしろい、寒い温かい、あゝあゝあゝの欠伸。

濁酒を飲む、観音像-?-を買ふ、ホウレン草を買ふ。

元寛さんを訪ねて、また好意に触れた、馬酔木さんに逢うて人間のよさに触れた。

※表題句の外、14句を記す

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January 13, 2010

凩のラヂオをりをりきこえる

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-日々余話- 寒さにゃ弱い

寒い、寒い、今年一番の冷え込み。
泉北赤坂台に住む妹を訪ねた、その娘-姪-に少しなりともアルバイトになればと思って、岸本康弘君の詩集のデータ化の仕事を持って行ったのだが、家普請の通気がよい所為か、部屋に入っても寒い寒い。大阪市内と比べて2℃も違うまいに、室内の機密性の差は大きいか、今日あたりの冷え込みになってくると、真夏生まれの私などには、動く気力も削がれ気味となる。

今年一番の寒気は、鹿児島あたりにも積雪をもたらしたとかで、列島のあちこちで吹雪による事故を多発せしめている。

そういえば、昨年末から欧州や北米で、また中国でも、記録的な寒波に見舞われているようだが、その原因は北極震動による強い寒気放出というものらしい。

北極振動は気圧の変動により大気の流れが周期的に変化する現象だが、この冬は北極圏の気圧が高く北半球の中緯度地域は低い北極振動指数がマイナスの状態で、北極圏から放出された寒気が中緯度地域に流れて気温が低くなる一方、逆に北極周辺は気温が高い状態が続いている、のだそうな。

―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-22-

1月18日、晴、きのふもけふもよいお天気だつた、そして私も閉ぢ籠つて読んだり書いたりした。

夕方から散歩、ぶらぶら歩きまはる、目的意識なしに-それが遊びだ-そこに浄土がある、私の三八九がある!
また逢うてまた別れる、逢ふたり別れたり、-それが世間相! そして常住だよ。

ここの家庭はずゐぶんややこしい、寄合世帯ぢやないかと思ふ、爺さんはガリガリ、婆さんはブクブク、息子は変人、娘は足りない、等、等、等、うるさいね。

※表題句の外、5句を記す

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January 12, 2010

霙ふるポストへ投げ込んだ無心状

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-表象の森- 石川九楊「一日一書02」

曰く、北魏石刻書の到達点、張猛龍碑の<曜>。横画の間隔が詰まり、長い左はらいの勇壮な字。右上部は石の欠落。

曰く、小野道風の智證大師諡号勅書の<贈>。柔らかい筆先が穏やかに紙面を撫でるように進む婉曲の書きぶりは、女手-平仮名-の書法、つまり訓の姿の流入。

曰く、伝・嵯峨天皇の李僑雑詠残巻の行書体の<樹>。水平運動力を抑制した起筆強・收筆弱の垂直運動力主体で書かれ、形は縦長。

曰く、伝橘逸勢の伊都内親王願文の<深>。構成は王義之風。旁第一筆の強く打ち込まれた起筆は鳥の頭を思わせる雑体書風。日本三筆の風景。

曰く、三蹟・藤原佐理の離洛帖の<旅>。<方>は横画を最初に書き、第一画と第三画は繋ぐ。筆尖を開きひらひらと書き進む。
等、々‥。

まことに、書の表象の森は、その理法多彩にして、読んでいて尽きない愉しみがある。
本書は、'02年の元旦より大晦日までの一年間、京都新聞に連載したものに加筆したもの。
'01年、'02年、'03年と連載は3年に及んで、同工の書が3冊出版されている。

―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-21-
1月17日、晴、あたたかだつたが、私の身心は何となく寒かつた。

帰途、薬湯に入つてコダハリを洗ひ流す、そして一杯ひつかけて、ぐつすり寝た、もとより夢は悪夢にきまつてゐる、いはば現実の悪夢だ。

今日は一句も出来なかつた、心持が逼迫してゐては句の出来ないのが本当だ、退一歩して、回向返昭の境地に入らなければ、私の句は生れない。

※表題句は16日付記載のなかから

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January 09, 2010

ぬかるみをきてぬかるみをかへる

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-日々余話- ウツ、ウツ‥

昨日から鬱々としっぱなし。
まさに身から出た錆、自身の失態から連合い殿にいたくショックを与えてしまったのだから、弁解の余地もなくただしょげかえるしかない。

もう2.3ヶ月も前になるだろう、PCのHard Discに動画の記録がずいぶん溜まり込んできてしまったので、不要ファイルの削除作業をしていたのだが、どうやらその折にBack Fileと勘違いして、彼女の大事な記録、それはこの数年間における琵琶の稽古での師匠のデモテープ集なのだが、そのいっさいを削除するという大ポカをしでかしてしまっていたのだ。

昨日の朝、彼女に必要があって、ある一曲を取り出そうとしたのだが、どこにも見あたらない、そんな騒ぎのなかでやっと件の失態劇に気がついたというわけだ。

自身のミステイクが我が身にのみ降りかかってくる場合は、どんなに痛くとも、最後は諦めがつくものだが‥、
他者に降りかかり痛めつけてしまっては、こいつはどうにも救いようがない、まったくかたなしだ。

―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-20-
1月16日、曇、やがて晴、あたたかだつた。

朝、時雨亭さん桂子さんから、三八九会加入のハガキが来た、うれしかつた、一杯やりたいのをこらへて、ゆつくり食べる。‥-略-

不幸はたしかに人を反省せしめる、それが不幸の幸福だ、幸福な人はとかく躓く、不幸はその人を立つて歩かせる!

‥へんてこな一夜だつた、‥酔うて彼女を訪ねた、‥そして、とうとう花園、ぢやない、野菜畑の堰を踰えてしまつた、今まで踰えないですんだのに、しかし早晩、踰える堰、踰えずにはすまされない堰だつたが、‥もう仕方がない、踰えた責任を持つより外はない‥それにしても女はやつぱり弱かつた。‥

※表題句の外、12句を記す

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January 07, 2010

何か捨てゝいった人の寒い影

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-日々余話- たかが一枚の写真、されど‥

昨日、逝き去りし人々を綴りながら思い出したことなのだが‥。

森繁久弥が96歳の大往生を遂げたのは11月10日だったが、政府官邸は故人に国民栄誉賞を贈ることを決め、その表彰式が暮れも押し迫る頃に執り行われたという記事の、これに添えられていた写真を眼にして、どうにも腑に落ちぬ、違和を抱いてしまったのであった。

総理官邸で行われるのが通例というこの表彰式に、故人の次男を筆頭に孫やひ孫らがこぞって出席するということ自体は、なにを言うほどのこともない、晴れの慶び事を家族みんなで享受することに、誰も異論を唱えようとは思わないだろう。

だが、鳩山総理を中央に、平野官房長官や川端文科相ら政府高官が列したなかに、孫ひ孫までうち揃って麗々しく並んだ記念撮影の写真が、報道写真として政治経済総合面に掲載されるというのは、ちょいとおかしいんじゃないのかと私などは思わざるをえないのだ。

森繁といえば、それまでいささか癖のある芸風の喜劇俳優だった彼が、老若男女万人に親しまれる好々爺のイメージが定着するようになったのは、TVのホームドラマ「七人の孫」-'64~'66-あたりからだろう。そんな森繁イメージを髣髴とさせるがゆえ許容された報道写真であったかとも見なしうるが、その姿勢、たかが一枚の報道写真なれど、やはり首を傾げたくなる。

―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-19-
1月15日、晴、三寒四温といふがじつさいだ。

少々憂鬱である-アルコールが切れたせいか-、憂鬱なんか吐き捨ててしまへ、米と炭と塩があるぢやないか。
夕方からまた出かける-やつぱり人間が恋しいのだ!-、馬酔木さんを訪ねてポートワインをよばれる、それから彼女を訪ねる、今夜は珍しく御機嫌がよろしい、裏でしよんぼり新聞を読んでゐると、地震だ、かなりひどかつたが、地震では関東大震災の卒業生だから驚かない、それがいい事かわるい事かは第二の問題として。

けふは家主から前払間代の催促をうけたので、わざわざ出かけたのだつたが、馬酔木さんにはなんとしてもいひだせなかつた、詮方なしに、彼女に申し込む、快く最初の無心を聞いてくれた、ありがたかつた、同時にいろいろ相談をうけたが!

彼女のところで、裏のおばさんの御馳走-それは、みんなが、きたないといつて捨てるさうなが-をいただく、-略- 何といふ罰あたりだらう、じつさい、私は憤慨した、怒鳴りつけてやりたいほど興奮した。

今日で、熊本へ戻つてから一ヶ月目だ、ああこの一ヶ月、私は人に知れない苦悩をなめさせられた、それもよからう、私は幸いにして、苦悩の意義を体験してゐるから。

※表題句の外、8句を記す

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January 06, 2010

一把一銭の根深汁です

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-日々余話- 逝き去りし人々

これまた遅まきながら、昨年に物故された人々の一覧から気の向くままに列挙してみる。

1月30日、長年月のシベリア抑留経験を持つ文学者内村剛介は享年88歳だった。

2月になると、2日に長距離打者として長島・王に先行して活躍した山内和弘-76歳-、15日にはノーベル賞の有力候補と目されていた素粒子学者西島和彦-82歳-が、21日には歌舞伎界の最長老だった中村又五郎-94歳-が鬼籍の人に。

3月、後半生は日舞の家元としてまた市川猿之助の伴侶として波乱の人生を生きた女優の藤間紫-85歳-は27日、大阪にわか師でもあった噺家露の五郎兵衛-77歳-は30日に、そして俳優の金田龍之介-80歳-が31日に。

4月、14日に改憲論者でもあった作家の上坂冬子-78歳-。

5月、さよならイベントに多くのファンがつめかけたロック歌手忌野清志郎-58歳-は2日に、本業の碁以外にも数々の武勇伝?を残す豪放異才のしゅうこう先生こと藤沢秀行-83歳-は8日、切り絵作家の滝平二郎-88歳-は16日、中島梓の異名でもマルチの才能を発揮したSF作家栗本薫が56歳という若さで逝ったのは26日。

6月、ペルソナ-仮面-やかたり-騙り-の哲学者坂部恵-73歳-は3日、二代目タイガーマスクとして華麗な活躍を見せたプロレスラー三沢光晴-46歳-は13日。

7月、「甘えの構造」の精神分析医土居健郞-89歳-は5日、そのアナーキーな行動と著作がカルチュラル・スタディーズの先駆とも評される平岡正明-68歳-は9日。

8月、フジヤマのトビウオ-古橋広之進-80歳-が2日に、6日にその孤独死を発見された女優大原麗子-62歳-は推定3日、同じく俳優の山城新伍-70歳-は12日。

10月、もうろう会見で大臣を辞任した中川昭一-56歳-が3日-推定-に不審死、旧制弘前高校で太宰治と同期だったという作家石上玄一郎-99歳-は5日、フォーク・クルセダーズの加藤和彦-62歳-は17日、女優の南田洋子-76歳-は21日、笑点の司会をつとめた落語の三遊亭円楽-76歳-は29日に。

11月、大衆芸能畑では初の文化勲章受賞となった森繁久弥-96歳-は10日、動物行動学者の日高敏隆-79歳-は14日、戦前は少女歌劇のスターとして活躍し、戦後は日活映画のプロデューサーとして石原裕次郎らをデビューさせた水の江滝子-94歳-は16日、'51年の渡仏以来、パリに居住して制作を続けた抽象画の田淵安一-88歳-は24日に。

12月、仏教やシルクロードを題材とした作品群は現代画壇では最高峰の評価を獲ている日本画の平山郁夫-79歳-は2日、沖縄民謡の第一人者として戦後から活躍してきた喜納昌永-88歳-は24日に。

海外では、ノムヒョン前韓国大統領が5月23日に、彼の場合不正資金疑惑の捜査を苦にした自殺かと見られている、6月25日には世界中に衝撃を与えたマイケル・ジャクソンの不審死があり、つづいて30日、鬼才の現代舞踊振付家ピナ・バウシュ-68歳-、7月26日にはパプニング以降の現代舞踊をリードしたマース・カニングハム-90歳-、金大中元韓国大統領-85歳-が8月18日に、冬季五輪アルペンの覇者で、後に映画俳優に転身したトニー・ザイラー-73歳-が同月24日に、「悲しき熱帯」の構造主義的社会人類学者クロード・レヴィ=ストロース-100歳-が10月30日に逝った。

―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-18-
1月14日、曇、降りさうで降らない雪模様、しかし、とにかく、炬燵があつて粕汁があつて、そして-。

東京の林君から来信、すぐ返書を書く、お互いに年をとりましたね、でもまだ色気がありますね、日暮れて途遠し、そして、さうだ、そしてまだよぼよぼしてゐますね。‥

先夜の吹雪で吹きとばされた綿入遂に不明、惜しい品でないだけ、それだけ考へさせる。

※表題句の外、3句を記す

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January 04, 2010

雪もよひ、飯が焦げついた

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-四方のたより-
三が日も過ぎて、写真の如く、やっと年詞啓上

―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-17-
1月13日、曇、今日もまた雪でも降つて来さうな。

苦味生さんから、方向転換の手紙が来た、苦味生さんの気持は解る-苦味生さんに私の気持が解るやうに-、お互に、生きる上に於て、真面目であるならば、人間と人間とのまじはりをつづけてゆける、めいめい嘘のない道を辿りませう、といふ意味の返事を出しておいた。

昨夜も夜明の鴉がうたふまで眠らなかつた、いろいろの事-おもに、三八九の事-が気になつて寝つかれなかつたのである、私も案外、小児病的で恥づかしい。

※表題句のみ記す

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January 02, 2010

凍テ土をひた走るバスも空つぽ

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-四方のたより- 離島のご来光

冬の八重山諸島は
どんよりと厚い曇に覆われて
海も荒れ模様つづきの小旅行だったが
旅も終わりを迎えた元日の朝
此処は小浜島の、とあるホテルのレストラン
どうした僥倖か
雲の切れた青空に
ほのかに紅色を帯びて輝く太陽が
やさしい光りを届けてくれていた

―山頭火の一句― 「三八九-さんぱく-日記」より-16-
1月12日、曇、陰鬱そのものといつたやうな天候だ。

外は雪、内は酒-憂鬱を消すものは、いや融かすものは何か、酒、入浴、談笑、散歩、等、等、私にあつては。

夕方から熊本へ出かける-ここも市内だけれど、感じでは出かけるのだ-、元寛さん、馬酔木兄さんに逢ふ、別れて宵々さんを訪ねる、御夫婦で餅よ餅よと歓待して下さる-咄、酒がなかつた、などといふな-、私はこんなに誰からも歓待されていいのだらうか。

※表題句の外、3句を記す

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