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November 28, 2009

枯草ふんで女近づいてくる

Alti2006029

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月22日の稿に
12月23日、曇、晴、熊本をそまよふてSの家で、仮寝の枕!

けふも歩きまはつた、寝床、寝床、よき睡眠の前によき寝床がなければならない、歩いても歩いても探しても探しても寝床が見つからない、夕方、茂森さんを訪ねたら出張で不在、詮方なしに、苦しまぎれに、すまないと思ひながらSの家で泊る。

※表題句は、12月21日付記載の句から

―四方のたより― Sou Mon-相聞Ⅲ-

今日のVideoは、2006年のAlti Buyoh Festival参加作品「Sou Mon-相聞Ⅲ-」のScene.1
小嶺由貴と末永純子によるImprovisation Duo、Piano演奏は杉谷昌彦。
法月紀江に依頼した衣裳がよく踊りとマッチした。

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November 26, 2009

つめたい眼ざめの虱を焼き殺す

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月22日の稿に
12月22日、曇、晴、曇、小雪、行程5里、本妙寺屋。

一歩々々がルンペンの悲哀だつた、一念々々が生存の憂鬱だつた、熊本から川尻へ、川尻からまた熊本へ、逓信局から街はづれへ、街はづれから街中へ、そして元寛居であたたかいものをよばれながらあたたかい話をする、私のパンフレツト三八九、私の庵の三八九舎もだんだん具体化してきた、元坊の深切、和尚さんの深切に感謝する、義庵老師が最初の申込者だつた!
寒くなつた、冬らしいお天気となつた、風、雪、そして貧!

※表題句は、12月4日付記載の句から

―日々余話― 待てど暮らせど‥

特段忙しかった訳ではない、のんびりと自堕落なままにうち過ごしているうちに、とうとう4日ぶりの投稿となってしまったのだ。まあ偶にはこんなこともあろう。図書館に返さねばならない本も期限を切らしたまま打っちゃっていたのだが、今朝やっと返してきた。

もう11月も末に近く、今年もあと師走をのこすのみだが、待ち人ならぬ、待たれる便りは未だ来ず、このまま12月に突入しようというのだろうか‥、事はすでに胸突き八丁を越えたればこそ、ただ待つばかりの日々が、なにやら心波立ち騒がしくもある。胸の奥底で、もう好い加減にしてくれ! と叫び出したくなるのを、やっと抑えているような始末だ。

―四方のたより― 風神雷神-ふうじんらいじん-その2

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.7-2「風神雷神-ふうじんらいじん-」
の後半部は、デカルコ・マリィと山田いづみに、JunkoとAyaも加わっての乱舞、演奏はViolaの大竹徹氏とPercussionの田中康之氏、Time-6’45”

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November 22, 2009

道はでこぼこの明暗

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月21日の稿に
12月21日、晴后曇、行程5里、熊本市。

昨夜、馬酔木居で教へられた貸家を見分すべく、10時、約束通り加藤社で雑誌を読みながら待つてゐたら、例のスタイルで元寛さんがやつてきた-馬酔木さんは遅れて逢へなかつたので残念-、連れ立つて出町はづれの若い産婆さん立石嬢を訪ね、案内されて住む人もなく荒れるにまかした農家作りの貸家へ行く、とても住めさうにない、広すぎる、暗すぎる-その隣家の一室に間借して独占してゐる五校生に同宿を申し込んで家主に交渉して貰ふ、とても今日の事にはならない、数日後を約して、私は川尻へ急行する、途中一杯二杯三杯、宿で御飯を食べて寝床まで敷いたが、とても睡れさうにないし、引越の時の事もあるので、電車で又熊本へ舞ひ戻る、そして彼女を驚かした、彼女もさすがに-私は私の思惑によつて、今日まで逢はなかつたが-なつかしさうに、同時に用心ぶかく、いろいろの事を話した、私も労れと酔ひとのために、とうとうそこへ寝込んでしまつた、ただ寝込んでしまつただけだけれど、見つともないことだつた、少くとも私としては恥ざらしだつた。

※表題句の外、4句を記す

―四方のたより― 風神雷神-ふうじんらいじん-

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.7「風神雷神-ふうじんらいじん-」
の前半部は、デカルコ・マリィと山田いづみによるDuo、演奏はViolaの大竹徹氏とPercussionの田中康之氏、Time-4’36”

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November 21, 2009

今夜の寝床を求むべくぬかるみ

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月20日の稿に
12月20日、雨、曇、晴、行程4里、本妙寺屋。

雨に間違いない空模様である、気の強い按摩さん兼遊芸人さんは何のこだはりもなく早く起きて出ていつた、腰を痛めてゐる日本的鮮人は相変はらず唸つてゐる、-間もなく降り出した、私は荷物をあづけて、雨支度をして出かけた、川尻-春竹-砂取-新屋敷-休みなしに歩いたが、私にふさはしい部屋も家もなかなか見つからない、夕方、逓信局に馬酔木さんを訪ね、同道してお宅で晩餐の御馳走になる、忙しい奥さんがこれだけの御馳走をして下さつたこと、馬酔木さんが酒好きの私の心持を察して飲まして下さつたこと、そして舅さんが何かと深切に話しかけて下さつたこと、ありがたい、ありがたい、そしてまた同道して元寛居へ推参する、雑談にも倦んでそれぞれの寝床へいそぐ、おちつけない一日々々である、よき食慾とよき睡眠、そしてよき食物とよき寝床。

嫌な夢から覚めたら嫌な声がするので、何ともいへない気分になつた、嫌な一夜、それはおちつかない一日の正しい所産だ。

※表題句の外、3句を記す

―四方のたより― 火車-かしゃ-

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.4「火車-かしゃ-」
は、JunkoとAyaによるDuo、演奏はViolaの大竹徹氏とPercussionの田中康之氏、Time-6’34”

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November 19, 2009

夕べの食へない顔があつまつてくる

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月19日の稿に
12月19日、晴、行程2里、川尻町、砥用屋。

まつたく一文なしだ、それでもおちついたもので、ゆうゆうと西へ向ふ、3時間ばかり川尻町行乞、久しぶりの行乞だ、むしやくしやするけれど、宿銭と飯代とが出来るまで、やつと辛抱した。
宿について、湯に入つて、ほつとする、行乞は嫌だ、流浪も嫌だ、嫌なことをしなければならないから、なほなほ嫌だ。

安宿といふものは面白いところだ、按摩さん、ナフタリン売、土方のワタリ、へぼ画家、お遍路さん、坊主、鮮人、等々、そして彼等の話の、何とみじめで、そして興ふかいことよ。

※表題句は、12/15付記載から

―四方のたより― 水鏡-みずかがみ-

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.4「水鏡-みずかがみ-」
は、山田いづみのsolo、演奏はViolaの大竹徹氏とPercussionの田中康之氏、Time-9’03”

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November 18, 2009

あるけばあるけば木の葉ちるちる

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月18日の稿に
12月18日、雨、后、晴、行程不明、本妙寺屋。

終日歩いた、ただ歩いた、雨の中を泥土の中を歩きつづけた、歩かずにはゐられないのだ、ぢつとしてゐては死ぬる外ないのだ。

朝、逓信局を訪ねる、夜は元寛居を訪ねる、お酒、御飯までいただく、私もいよいよ乞食坊主になりきれるらしい、喜んでいいか、悲しむのか、どうでもよろしい、なるやうになれ、なりきれ、なりきれ、なりきつてしまへ。

※表題句は、12/13付記載から

―四方のたより― 人外-にんがい-

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.4「人外-にんがい-」
は、デカルコ・マリィのsolo、人外とは、人ならぬもの、本来、動物や妖怪をさす古語だが、近頃は人外萌えなどと萌え対象の一つになっている。
演奏はViolaの大竹徹氏とPercussionの田中康之氏、Time-10’01”

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November 17, 2009

霧、煙、埃をつきぬける

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月17日の稿に
12月17日、霜、晴、行程6里、堕地獄、酔菩薩。

朝、上山して和尚さんに挨拶する-昨夜、挨拶にあがつたけれど、お留守だつた-、和尚さんはまつたく老師だ、慈師だ、恩師だ。

茅野村へ行つて見てまはる、和尚さんが教へて下さつた庵にはもう人がはいつてゐた、そこからまた高橋へゆく、適当な家はなかつた、またひきかへして寥平さんを訪ねる、後刻を約して、さらに稀也さんを訪ねる、妙な風体を奥さんや坊ちやんやお嬢さんに笑はれながら、御馳走になる、いい気持ちになつて-お布施一封までいただいて-、寥平さんを訪ねる、二人が逢へば、いつもの形式で、ブルジヨア気分になりきつて、酒、酒、女、女、悪魔が踊り菩薩が歌ふ、‥寝た時は仏だつたが、起きた時は鬼だつた、ぢつとしてはゐられないので池上附近を歩いて見る、気に入つた場所だつた、空想の草庵を結んだ。‥

今日も一句も出来なかつた、かういふあはただしい日に一句でも生まれたら嘘だ、ちつとも早くおちつかなければならない。

自分の部屋が欲しい、自分の寝床だけはもたずにはゐられない、-これは私の本音だ。

※表題句は、12/15付記載から

―四方のたより― 地震-なゐ・ぢなり-

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.3「地震-なゐ・ぢなり-」は、Guestの山田いづみではじまり、Junko、Ayaが加わる展開、演奏はViolaの大竹徹氏とPercussionの田中康之氏、Time-8’00”

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November 16, 2009

見すぎ世すぎの大地で踊る

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月16日の稿に
12月16日、晴、行程3里、熊本市、本妙寺屋

堅いベンチの上で、うつらうつらしてゐるうちにやうやく朝が来た、飯屋で霜消し一杯、その元気で高橋へ寝床を探しにゆく、田村さんに頼んでおいて、ひきかへして寥平さんを訪ねる、今日も逢へない、茂森さんを訪ね、夫婦のあたたかい御馳走をいただく、あまりおそくなつては、今夜も夜明しするやうでは困るので、いそいで本妙寺下の安宿を教へられて泊る、悪い宿だけれど仕方がない、更けるまで寝つかれないので読んだ-書くほどの元気はなかつた-。

こんど熊本に戻つてきて、ルンペンの悲哀をつくづく感じた、今日一日は一句も出来なかつた。

※表題句は、前日-12/15-記載から

―四方のたより― 月暈-つきかさ-

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.2
の「月暈-つきかさ-」は、岡林綾のsolo、演奏はもっぱら大竹徹氏のViolaによる、Time-5’45”

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November 13, 2009

磯に足跡つけてきて別れる

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月15日の稿に
12月15日、晴、行程2里、そして汽車、熊本市、彷徨。

けふも大霜で上天気である、純な苦味生さんと連れ立つて荒尾海岸を散歩する-末光さんも純な青年だつた、きつと純な句の出来る人だ-、捨草を焚いて酒瓶をあたためる、貝殻を拾つてきて別盃をくみかはす、何ともいへない情緒だつた。

苦味生さんの好意にあまえて汽車で熊本入、百余日さまよいあるいて、また熊本の土地をふんだわけであるが、さびしいよろこびだ、寥平さんを訪ねる、不在、馬酔木さんを訪ねて夕飯の御馳走になり、同道して元寛さんを訪ねる、11時過ぎまで話して別れる、さてどこに泊らうか、もうおそく私の泊るやうな宿はない、宿はあつても泊るだけの金がない、ままよ、一杯ひつかけて駅の待合室のベンチに寝ころんだ、ずゐぶんなさけなかつたけれど。‥

※表題句の外、11句を記す、その中に
「霜夜の寝床が見つからない」

―表象の森―日蝕-にっしょく-

久方ぶりにDanceCafeの動画をYou Tubeにuploadした。
9月26日の「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひ篇-」から、
先ずは冒頭のScene.1「日蝕-にっしょく-」である。

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November 11, 2009

夕闇のうごめくは戻る馬だつた

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Information – 四方館のWork Shop
四方館の身体表現 -Shihohkan’s Improvisation Dance-
そのKeywordは、場面の創出。
場面の創出とは
そこへとより来たったさまざまな表象群と
そこよりさき起こり来る表象群と、を
その瞬間一挙に
まったく新たなる相貌のもとに統轄しうる
そのような磁場を生み出すことである。

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月14日の稿に
12月14日、晴、行程4里、万田。苦味生居、末光居。

霜がまつしろに降りてゐる、冷たいけれど晴れきつてゐる、今日は久振に苦味生さんに逢へる、元気よく山ノ上町へ急ぐ、坑内長屋の出入はなかなかやかましい-苦味生さんの言のやうに、一種の牢獄といへないことはない-、やうやくその長屋に草鞋を脱いだが、その本人は私を迎へるために出かけて留守だつた、母堂の深切、祖母さんの言葉、どれもうれしかつた、句稿を書き改めてゐるうちに苦味生さん帰宅、さつそく一杯二杯三杯とよばれながら話しつづける、-苦味生さんには感服する、ああいふ境遇でああいふ職業で、そしてああいふ純真さだ、彼と句とは一致してゐる、私と句が一致してゐるやうに。-略-

夜は苦味生さんの友人末光さんのところへ案内されて泊めていただいた、久しぶりに田園のしづけさしたしさを味はつた、農家の生活が最も好ましい生活ではあるまいか、自ら耕して自ら生きる、肉体の辛さが精神の安けさを妨げない、-略-

さびしいほどのしづかな一夜だつた、緑平さんへ長い手紙を書く、清算か決算か、とにかく私の一生も終末に近づきつつあるやうだ、とりとめもない悩ましさで寝つかれなかつた、暮鳥詩集を読んだりした、彼も薄倖な、そして真実な詩人だつたが。

我儘といふことについて考へる、私はあまり我がままに育つた、そしてあまり我がままに生きて来た、しかし幸にして私は破産した、そして禅門に入つた、おかげで私はより我がままになることから免れた、少しづつ我がままがとれた、現在の私は一枚の蒲団をしみじみ温かく感じ、一片の沢庵切をもおいしくいただくのである。

※表題句の外、12句を記す

―表象の森― Goodbye、ALTI‥

’91年から’00年まで毎年、隔年開催になったのは’02年からで、延べ14回、20年近く続けられてきた公募形式による「ALTI BUYOH FESTIVAL」が、一人の個人の死を契機としてどうやら終止符がうたれようとしている。

その個人とは船阪義一氏、昨年の6月29日、心臓動脈瘤破裂のため急逝した。元来は照明家であった彼が、その職業柄、関西の舞踊家たちの活動に広く目配りの利いた所為もあってと思われるが、京都府民ホール・アルティがオープンしてまもなく企画され、ディレクターとして地道に下支えをしてきたものだ。

思うに、この事業に入れ込んだ彼の奮闘ぶりなくしては、抑も成し得なかったであろうし、またこうまで持続し得なかっただろう。そしてそれゆえにこそ、彼の急逝をもって、一時代を画したとも言い得る「ALTI BUYOH FESTIVAL」も泡沫と消えゆくのだ。

それほどに、この国の、公共的文化事業というもの、なべて個人の負託に依っていることがあまりに多過ぎるし、いつまでたってもこの弊から抜け出せないでいる。

あな無惨やな、‥

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November 10, 2009

水のんでこの憂鬱のやりどころなし

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月13日の稿に
12月13日、曇、行程4里、大牟田市、白川屋

昨夜は子供が泣く、老爺がこづく、何や彼やうるさくて度々眼が覚めた、朝は早く起きたけれど、ゆつくりして9時出立、渡瀬行乞、三池町も少し行乞して、善光寺へ詣でる、堂塔はみすぼらしいけれど景勝たるを失はない、このあたりには宿屋-私が泊まるやうな-がないので、大牟田へ急いだ、日が落ちると同時に此宿へ着いた、風呂はない、風呂屋へ行くほどの元気もない、やつと一杯ひつかけてすべてを忘れる。‥ -略-

冬が来たことを感じた、うそ寒かつた、心細かつた、やつぱりセンチだね、白髪のセンチメンタリスト! 笑ふにも笑へない、泣くにも泣けない、ルンペンは泣き笑ひする外ない。

夜、寝られないので庵号などを考へた、まだ土地も金も何もきまらないのに、もう庵号だけはきまつた、曰く、三八九庵-唐の超真和尚の三八九府に拠つたのである。-

※表題句の外、5句を記す

-日々余話- Soulful Days-30- 山巓は見えた

MKタクシーに取り付けられていたDrive Recorderに残された事故時の記録動画を証拠資料として、大阪地検に対し再捜査あるべしと要請したのは、4月8日のことだった。

その2週間後には、大阪府警科学捜査研究所に問題の記録動画が持ち込まれた、とも聞いていたのだが、それから半年余りのあいだ、二度、三度と、地検担当検事に「再捜査、分析結果の報告は?」と問えども、「未だし」の回答ばかりで、徒に時日ばかりが過ぎ去っていくのに、科捜研は一体やる気があるのか、このまま放擲されっぱなしで済まされようとしているのでは、などと猜疑心に襲われることもしばしばであった。

だが、昨日、ようやく地検から連絡、「府警から再捜査の報告が上がってきたので、11月中あるいは遅くとも12月には、審判を下せるだろう」と担当検事。さすがに私の胸も高鳴った。

かたわら、現在進行中の民事訴訟では、事故車同士のMK側とT側、被告双方のあいだで、過失の有無について意見の対立がみられる、という。あくまで無過失を主張するT側に、そりゃないだろうとMK側は一定の過失を認めさせようとしているそうだ。

先日、MK側弁護士は、M運転手から事故状況を聴取し、T側にも大いに過失ありきの感触をもっているらしい。さらに、M運転手が持ち込んだDrive Recorderを見て、Tの無灯火運転は明白だと言い、証拠としてきわめて有効だとも言ったそうだ、とこれはM運転手からの情報。

夜間のこととはいえ、見通しのよい広い交差点での事故、直進車の相手方にもそれ相当の過失がなければ、死亡にいたるまでの衝撃に遭うまいものを、それをなぜだか自分は無過失だと言いつのる相手方に、嘘の仮面だけは剥がしてやらねばならない、とずっとそう思ってきた。

相手を憎んでなんかいない。人として腹立たしいばかりだが、その先にあるのは憎悪じゃない、むしろ軽蔑が似つかわしい。
いずれにせよ、年内にも、待ち望んできた結果が、明々白々の事実が、われわれの前に露わになる。

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November 08, 2009

日向の羅漢様どれも首がない

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月12日の稿に
12月12日、晴、行程6里、原町、常磐屋

思はず朝寝して出立したのはもう9時過ぎだつた、途中少しばかり行乞する、そして第十七番の清水寺へ詣でる、九州西国の札所としては有数の場所だが、本堂は焼失して再興冲である、再興されたら随分見事だらう、ここから第十六番への山越は例にない難路だつた、そこの尼さんは好感を与へる人だつた、ここからまた清水寺へ戻る道も難路だつた、やうやく前の道へ出て、急いでここに泊まつた、共同風呂といふのへ入つた、酒一合飲んだらすつかり一文なしになった、明日から嫌でも行乞を続けなければならない。

行乞! 行乞のむづかしさよりも行乞のみじめさである、行乞の矛盾にいつも苦しめられるのである、行乞の客観的意義は兎も角も、主観的価値に悩まずにゐられないのである、根本的にいへば、私の生存そのものの問題である-酒はもう問題ではなくなつた-。

遍路山路の石地蔵尊はありがたい、今日は石地蔵尊に導かれて、半里の難路を迷はないで巡拝することが出来た。-略-
※表題句の外、2句を記す

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―表象の森― 誰もやらない、やれない

私が師事したK師の舞踊には、まぎれもなく物象化への系譜に連なるものがあったと思われるが、いまそんな要素を孕むものは一顧だにされてもいない、というのが少なくとも’90年代以降から今日にいたる舞踊の現状であろう。

私が、K師の初期からの弟子であるからか、あるいは私自身の内に、些か古典的な思考の尾鰭が付着しているがゆえにか、私たちのImprovisation Dance-即興舞踊-では、動きの紡ぎゆき-Continuity-を物象化の側面において捉えようとする視点が、抜き差しならぬものとして存在しているように思う。

だが、Contemporaryなる語が舞踊界を席捲して以来このかた、そんな発想は誰もとらないし、そういった動きの工夫など誰も求めないし、誰もやらない。

先日来、少しく触れてきているように、現在の私たちの稽古場、私たちのwork shopのなかでは、私自身これまでに経験したことのない、ただならぬ事態が起こっている。

仮に、動きの最小単位とでもいうべきものを言語行為における<語彙>に比類するならば、当然、その多様なること、豊かなことが要請されようが、ここ数次の現場では、これが一気呵成といっていいほどに実現してきている。これが先ず一点。

そしてさらにつけ加えるならば、これは、今日の稽古場で、彼女らの比較的短い5.6分のImprovisationを観た後の感想として語ったことなのだが、「謂わば、詩でいうなら<行分け>のようなもの、それが出来てきている、そうやってどんどん動きが紡ぎ出されている、重ねられていっている」と。それぞれ個有の感性で、動きを紡ぎ出しつつ、ある流れというか短い単位-即ち詩の一行から、次なる一行へと、運ばれていっている、そういったことが無意識の裡に出来るようになっている、と、まあそんな意味だ。

こんなことは、いまどき、誰もやらないが、それと同時に、誰もやれない、やれっこない、というのも事実だと思うのだ。
そう言い切ってしまって、その上で、それがどうした、なにほどのことか、と問われれば、否、ただそれだけのこと、これでもって世界が変わるものじゃあるまいし、また驚愕するほどのことでもない、それもまた事実なのだ。

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November 07, 2009

うらゝかな今日の米だけはある

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Information – 四方館のWork Shop
四方館の身体表現 -Shihohkan’s Improvisation Dance-
そのKeywordは、場面の創出。
場面の創出とは
そこへとより来たったさまざまな表象群と
そこよりさき起こり来る表象群と、を
その瞬間一挙に
まったく新たなる相貌のもとに統轄しうる
そのような磁場を生み出すことである。

―山頭火の一句 昭和5年の行乞記、12月11日の稿に
12月11日、晴、行程7里、羽犬塚、或る宿

朝早く、第十八番の札所へ拝登する、山裾の静かなお堂である、札所らしい気分になる、そこから急いで久留米へ出て、郵便局で、留置の雑誌やら手紙やらを受け取る、ここで泊まるつもりだけれど、雑踏するのが嫌なので羽犬塚まで歩く、目についた宿にとびこんだが、きたなくてうるさいけれど、やすくいしんせつだつた。

霜-うららか-雲雀の唄-櫨の並木-苗木畑-果実の美観-これだけ書いておいて、今日の印象の備忘としよう。
※表題句の外、4句を記す

―日々余話― 成田屋騒動

昨日から不調を訴えていたKAORUKO、とりあえず新インフルの診察は陰性だったとかでひとまず安堵なれど、熱がなかなか下がらず、ゴロリと寝てばかりしてござる。

仕方なく、動物園前の山王交差点南角のおでんや成田屋での、デカルコ・マリィらの路上Performanceには、一人で出かけた。此処でやるのはもう何度目か、3ヶ月に一度のペースの成田屋騒動もすでに定着してきたようだ。

相変わらず通行人は多く、足を止めてしばし見入る者もかなりの数。惜しむらくは、主な舞台となる舗道が、街のネオンや信号灯などから外れ、周辺の明るさに比して少々暗いから、街頭風景の中に沈み込むような恰好となることだ。

今日はめずらしく、観終わってから、おでんを肴にビールや酒を呑みつつ、ゆっくり時間を過ごしてきた。もっぱらビオラの大竹さんといろいろ話し込む。年も近いしお互い脛に傷持つ同士ゆえ、話のタネも尽きないか。

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November 06, 2009

行き暮れて水の音ある

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月10日の稿に
12月10日、晴、行程6里、善導寺、或る宿

9時近くなつて、双之介さんに送られて、田主丸の方へ向ふ、別れてから、久しぶりに行乞を初めたが、とても出来ないので、すぐ止めて、第十九番の札所に参拝する、本堂庫裡改築中で落ちつきがない、まあ市井のお観音様といつた感じである、ここから箕ノ山の麓を善導寺までの3里は田舎路らしくてよかつた、箕ノ山といふ山はおもしろい、小さい山があつまつて長々と横たはつてゐるのである、陽をうけて、山脈が濃淡とりどりなのもうつくしかつた、途中、第十八番の札所へ詣るつもりだつたが、宿の都合が悪く、日も暮れかけたので、急いで此宿を探して泊まつた、同宿者が多くてうるさかつた、日記を書くことも出来ないのには困つた、床についてからも嫌な夢ばかり見た、49年の悪夢だ、夢は意識しない自己の表現だ、何と私の中には、もろもろのものがひそんでゐることよ!

※表題句の外、2句を記す

Himuro

―日々余話― 三日、色々

一昨日-11/4-は、インド舞踊-Odissi Dance-の茶谷祐三子と打合せのために出かけたのだが、連れ立って来たスイス人の夫君と初対面となった。彼の名はパリギャン-Parigyan-、’51年生れというから今年58歳。ドイツのフライブルク大学で数学・物理学を修し、コンピュータープログラマーを経て、現在、ヒーリングや瞑想をWorkとしているそうだ。

’77年、インドのプーナを訪れ、瞑想の師Osho-和尚=ラジニーシと出会い、弟子に。師Oshoは’90年に歿しているが、長い年月を、師のアシュラムやコミューンで過ごしてきた、という。

肩にも届く銀髪に、口髭とともに顎から揉み上げまでを覆う伸び放題の鬚に包まれた風貌は、優しい柔和な眼差しと相俟って、穏やかで物静かな聖者然とした雰囲気を醸し出す。

彼は私への挨拶代わりに、横に坐って、私の左手を両手で包むようにして、数分間のあいだずっと優しく触れてくれた。仄かに優しい温もりが伝わってくるもので、私はただ触れられるままに心静かに委ねていた。

昨日-11/5-は、めずらしく連れ合い殿が休日とあって、朝から映画を観に梅田へと出かけた。
ドキュメント・タッチの「パリ・オペラ座のすべて」はなんと上映時間160分ほどもある長尺もの。ルイ14世が、王の権力と熱情でもって創りあげた世界最古のバレエ団、パリ・オペラ座の、21世紀の今日に生きるその全貌が露わになる。Dancerだけで総勢154名、’08年の総人件費が約160億円、これはオペラ座全予算の半分を占め、国からの補助金とほぼ同額であるという。さまざまなレッスン風景が繰りひろげられ、スタッフたちの仕事ぶりや、劇場の構造、隅々至る所までもが映像として挿入されていく‥。

なにしろ物語とてなにもない、ただひたすらあらゆる細部を重畳するに徹して、オペラ座の全貌に迫ろうというものだから、睡眠不足が習い性となっている私などには、エトワールたちの稽古風景などでは大いに惹きつけられるものがあったとしても、やがてうとうとと舟を漕ぐ始末で、後半にいたってはかなりの部分を見逃してしまったようである。

今日は午後から、RYOUKOの事故当時の運転手であったM氏と久しぶりに会談。民事訴訟のMKタクシー側弁護士に、事故状況等について聞かして欲しいと呼び出されたのが2日だったとかで、いわばその報告。

此方は事故相手方のTとMKタクシー双方をともに告訴しているのだが、あくまで過失ゼロを主張するT側と、同じ被告でありつつもMKタクシー側とのあいだに利害の相反する対立点が生じてきており、さしあたりは双方の過失の度が問題の焦点になってきているようで、この展開は此方の望むところである。場合によっては、一向に埒があかない検察の審理を尻目に、今後この民事で、ドライブ・レコーダーの記録も活きてくるやしれず、あるいはTの証人尋問といった場面まで起こってくるかもしれない。

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November 03, 2009

みあかしゆらぐなむあみだぶつ

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月9日の稿に
12月9日、雨后曇、双之介居滞在-本郷上町今村氏方-

よい一日だつた、勧められるままに滞在した、酒を飲んでものを考へて、さいどうしようもないが、どうしようもないままでよかつた、日記をつけたり、近所のお寺へまゐつたりした、‥そして田園情調を味はつた、殊に双之介さんが帰つて、床を並べて、しんみり話し合つてゐるところへ、家の人から御馳走になつた焼握飯はおいしかつた。

双之介さんと対座してゐると、人間といふものがなつかしうなる、それほど人間的温情の持主だ、同宿の田中さん-双之介さんと同業の友達-もいい人物だつた、若さが悩む悶えを聞いた。

※表題句の外、1句を記す

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―世間虚仮― トンネルを抜けると‥

信楽町郊外の山中にあるMIHO MUSEUMに出かけた。昨年、北陸地方の旧家から発見されたという伊藤若冲の「象と鯨図屏風」が初公開されているのに誘われてのことだ。

ルーブル美術館のガラスピラミッドの設計で知られる建築家イオ・ミン・ペイ-Ieoh Ming Pei-が設計したというMIHO MUSEUMは、人里離れた山中という環境とも相俟って、異相の美術館というに相応しい。

入場受付のエントランス-レセプション棟-から500mほど離れた展示館へと行くのに、電気自動車に乗って山峡を跨ぐようにトンネルと吊り橋を通るといった趣向に、先ず驚かされる。Shangri-La-桃源郷-へと誘う道といったイメージらしいが、良くも悪くも人を喰ったような趣向である。

山頂に聳え立つ、コンクリートとガラスと鉄骨で造られた展示館-美術棟-も、また豪壮というか、最大限に採り入れられた自然光が、館内の広いアプローチを快適な空間にしている。

受付の係員たちや何台もピストン往復する電気自動車の乗務員たち、あるいは広い駐車場の係員たちなど、応接サービスに従事する者の多いのにも驚かされたものだが、総工費に約300億をもかけたという金に糸目をつけぬ豪勢さに加え、桃源郷なる趣味嗜好といった、この異相の美術館- MIHO MUSEUMが、宗教団体神慈秀明会によって建てられたものだと知るに及んで、いっさいが腑に落ちたものである。

肝心の「若冲ワンターランド」と標榜した展示のほうは、件の「象と鯨図屏風」以外にはモザイク屏風として知られる「鳥獣花木図屏風」くらいが必見の価値ありで、ワンターランドというには些かもの寂しい。

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November 02, 2009

たゝへた水のさみしうない

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月8日の稿に
12月8日、晴后曇、行程4里、松崎、双之介居。

8時頃、おもたい地下足袋でとぼとぼ歩きだした、酒壺洞君に教へられ勧められて双之介居を訪ねるつもりなのである、やうやく1時過ぎに、松崎といふ田舎街で「歯科口腔専門医院」の看板を見つける、ほんたうに、訪ねてよかつた、逢つてよかつたと思つた、純情の人双之介に触れることが出来た-同時に酔つぱらつて、グウタラ山頭火にも触れていただいたが-、まちがいのないセンチ、すきにならずにはいられないロマンチシズム、あまりにうつくしい心の持主で、醜い自分自身を恥ぢずにはゐられない双之介、ゆたかな芸術的天分を発揮しないで、恋愛のカクテルをすすりつつある人-さういつたものを、しんみりと感じた。-略-

今夜は酔ふた、すつかり酔つぱらつて自他平等、前後不覚になつちやつた、久しぶりの酔態だ、許していただかう。

※表題句の外、12句を記す

―四方のたより― サティ効果

Arisaが東京へと飛び立って以来、JunkoとAyaの、二人だけの稽古が続いているが、この日-11/1-の即興は、これまでとははっきりと、期を画したものとなった。

これには近頃始めたサティ効果-サティの短いが変調の激しいさまざまな曲に文字どおり即いて動いていくこと-が大いに寄与しているとみえるが、動きの紡ぎ出しとその変奏が、二人ともにみちがえるほど豊かになってきたのだ。
殊にJunkoの、BachのPartita曲-Bourree-で踊った8分ほどの即興は、従来ともすると凝り型に陥りやすい彼女が、そういった拘りから解き放たれ、とめどもなく動きの変奏が繰り出されゆくといった体で、その自在さにおいて見事なものであった。

稽古は午後2時にたたんで、最終日になってとうとう雨にたたられたCASOへと移動。激しく降ったかと思えば、ときに止んだり、しのつく雨となったり、荒れ模様の天候下で、それでも玄関前の屋外パフォーマンスは間断しながら為されていった。

私は、わざわざ岸本康弘君を伴って車を走らせてきた宮本君らと、隣の喫茶店に入り打合せ主体の歓談で、窓越しにちらりと眺めるくらいで、殆どまともに見られなかったのだが、4時過ぎからのFull Memberでの踊りなどはもう土砂降りのなかだった。

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November 01, 2009

ころがつてゐる石の一つは休み石

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Information – 四方館のWork Shop

四方館の身体表現 -Shihohkan’s Improvisation Dance-
そのKeywordは、場面の創出。

場面の創出とは
そこへとより来たったさまざまな表象群と
そこよりさき起こり来る表象群と、を
その瞬間一挙に
まったく新たなる相貌のもとに統轄しうる
そのような磁場を生み出すことである。

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月7日の稿に
12月7日、晴、行程4里、二日市町、わたや

早く目が覚めたが-室は別にして寝たが-日曜日は殊に朝寝する時雨亭さんに同情して、9時過ぎまで寝床の中で漫読した、やうやく起きて、近傍の大仏さんに参詣して回向する、多分お釈迦さんだらう思ふが、大衆的円満のお姿である、11時近くになつて、送られて出立する。-略-

ぽかぽかと小春日和だ、あまり折れ曲りのない道をここまで4里、酔が醒めて、長かつた、労れた、夕飯をすまして武蔵温泉まで出かけて一浴、また一杯やつて寝る。-略-

すぐれた俳句は-そのなかの僅かばかりをのぞいて-その作者の境涯を知らないで充分に味はえないと思ふ、前書なしの句といふものはないともいへる、その前書とはその作者の生活である、生活といふ前書のない俳句はありえない、その生活の一部を文字として書き添へたのが、所謂前書である。

※表題句の外、12句を記す

―四方のたより― 久しぶりの‥

踊りと合せてみた稽古はただの一度、自分なりに本読みをしてみたのもほんの数回に過ぎなかったが、連日のようにCASOに通っては、場に馴染み、心の構えだけは調えてきた。
それになんといっても、遠い昔、’82年と’83年の両度、舞台にのせて語った「死者の書」の言葉たちであってみれば、まあ大した破綻もなく演り了せたようだから、祭りのあとの時間はなにやら昂揚感が漂い、快い余韻に浸っている。

CASOの一週間も今日一日で幕となるが、昨年6月に続いての二度目とあって、CASOという場としての成り立ちや機制と、ゆるやかな紐帯に支えられた「青空展」のランダムな盛り付や在り様のあいだの齟齬がかなり露わになってきたようである。
この企画に三度目があり得るとしても、というわけにはいかないのではないか、と思われる。

―今月の購入本―
今月と表しつつも、このたびは忙しさに取り紛れ、一日遅れの掲載となってしまった。

・斎藤環「文脈病」青土社
7月に図書館から借りて読んだものだが、斎藤環ならまず是一冊にしくはないと購入。

・大森荘藏・坂本龍一「音を視る、時を聴く-哲学講義」ちくま学芸文庫
先の吉本隆明との対話「音楽機械論」と同様、大森荘藏が坂本龍一の問いかけに語る<時間>と<感覚>などについて。これも初版は’82年。

・梅森直之「ベネディクト・アンダーソン、グローバリゼーションを語る」光文社新書
<想像の共同体>の提唱者ベネディクト・アンダーソンが’05年、早稲田大学で行った二つの講義とその解説。

・大井玄「痴呆老人は何を見ているか」新潮新書
「人は皆、程度の異なる<痴呆>である」、私の<縮小>-ほどけていく私。終末期を迎え、痴呆状態にある老人たちを通して見えてくる、正常と異常のあいだ‥。

・山田風太郎「人間臨終図鑑 -2-」徳間文庫
生に固執するか、安寧の中に逝くのか、人生のすべてが、その瞬間に凝縮されている。ダンテ、明智光秀、ニーチェ、越路吹雪、シーザー等々、56歳から72歳で死んだ人々の最後の言葉たち。

・山田風太郎「人間臨終図鑑 -3-」徳間文庫
同上-カザノヴァ、川端康成、徳川家康など、73歳から121歳で死んだ人々。

・夢枕獏「上弦の月を喰べる獅子 -下」ハヤカワ文庫
胃にしこりを持つ螺旋収集家と肺を患ったイーハトーブの詩人-宮沢賢治-、二人の魂を持つ双人アシュジュンの長い修羅の旅-それは天についての物語である。

他に、広河隆一編集「DAYS JAPAN」2009/11月号

―図書館からの借本―
・田中優子「江戸百夢 -近世図像学の楽しみ」朝日新聞社
ルニーニのエクスタシーからフェルメールの新興市民まで、琳派のリアルから東照宮の幻想までを内在させる<坩堝>のような江戸を、100枚の絵図で読む。元は「朝日ジャーナル」の連載、これを大幅に加筆、’00年刊。

・木村紀子「古層日本語の融合構造」平凡社
多元的な声の重層する古層日本語の世界を証している記紀万葉や伝承歌謡など、古代言語資料を精細に読み解き、単一民族・単一言語神話の対極から古層日本語の生成に迫る書。

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