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August 31, 2009

穿いて下さいといふ草鞋を穿いて

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、10月23日の稿に
10月23日、曇、雨、佐土原町行乞、宿は同前-富田屋-

あぶないお天気だけれど出かける、途中まで例の尺八老と同行、彼はグレさんのモデルみたいな人だ、お人好しで、怠け者で、酒好きで、貧乏で、ちよいちよい宿に迷惑もかけるらしい。-略-

行乞中、不快事が一つ、快心事が一つ、或る相当な呉服屋の主
人の非人道的態度と草鞋を下さつたお内儀さんの温情とである-草鞋は此地方に稀なので殊に有難かつた。
シヨウチユウと復縁したおかげで、朝までぐつすり寝た、金もなく心配もなしに。
まだ孤独気分にかへれない、家庭気分を嗅いだ後はこれだから困る、一人になりきれ、一人になりけれ。

※表題句の外、2句を記す

―世間虚仮―拾った議席

昨夜から選挙速報の洪水、4年前の郵政解散とほぼ真逆となった結果の民主と自民だが、懸念されていたとおり、比例区候補の不足から、他党が議席を得るという不合理なケースが4例も出来。

近畿ブロックで民主は13議席獲得の得票だが、名簿では2人不足する事態となって、自民と公明にそれぞれ1議席振られた。
加えて、「みんなの党」も東海・と近畿ブロックで1議席ずつ獲得できる得票に達したが、名簿登載された候補者が重複立候補していた小選挙区で得票率10%に届かなかったため、公職選挙法規定により復活当選できないという羽目に。これによって東海の議席は民主党へ、近畿の議席は自民党へとそれぞれ割り振られている。

この規定で、凋落の自民は2議席拾ったことになり、民主は-2+1の1議席損、公明が1議席の得、なんともやりきれない悔を残すのがみんなの党だが、とにかく不合理なことこのうえない公職選挙法ではある。

―今月の購入本―
・佐藤信・五味文彦.他「詳説日本史研究」山川出版社
ご存じ高校生向日本史教科書「詳説日本史」の学習参考書。08年の10年ぶりの教科書改訂に合せて全面改訂して出版されたもの。多色刷りで、豊富な叙述内容と史料や地図・図解をふんだんにとり入れられているから、時折引っ張り出して読むには向いていよう。

・加藤陽子「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」朝日出版社
世界を絶望の淵に追いやりながら、戦争は生真面目ともいうべき相貌を湛えて起こり続けた。その論理を直視できなければ、かたちを変えて戦争は起こり続ける‥。国民の認識のレベルにある変化が生じていき、戦争を主体的に受けとめるようになっていく瞬間というものが、個々の戦争の過程には、たしかにあったようにみえる。それはどのような歴史的過程と論理から起こったのか、その問によって日本の近代-日清戦争から太平洋戦争-を振り返る。

・長谷川眞理子「生き物をめぐる4つの「なぜ」」集英社新書
発光生物は何のために光るのか、雄と雌はなぜあるのか、角や牙はどう進化したのか…。生物の不思議な特徴について、オランダの動物行動学者ニコ・ティン バーゲンは、四つの「なぜ」に答えなければならないとした。それがどのような仕組みであり-至近要因-、どんな機能をもっていて-究極要因-、生物の成長に従いどう獲得され-発達要因-、どんな進化を経てきたのか-系統進化要因-、の四つの要因だ。本書は、これら四つの「なぜ」から、雌雄の別、鳥のさえずり、鳥の渡り、親による子の世話、生物発光、角や牙、ヒトの道徳といった、生物の持つ不思議な特徴に迫り、生物の多様な美しさやおもしろさを現前させる。

・斎藤環「思春期ポストモダン」幻冬舎新書
成熟が不可能になった時代=ポストモダンという永遠に続く思春期=成熟前夜になって顕在化し始めたNet社会・DV・摂食障害・不登校・ひきこもりといった現象と、その至近距離に若者という存在。筆者によれば、不登校やひきこもりというのは、彼ら自身が何か本質的な問題を抱えているというよりも、社会との、あるいは家族との接続に原因がある、間主観的な問題なのである。言わば、病むのは脳でも精神でもない、人間関係である、と。一旦発生したそれらの接続ミスは、本人に過度なプレッシャーを与え、ますます追い詰めていくという悪循環を成る。それが「病因論的ドライブ」なのだ、と。

・松井今朝子「似せ者」講談社文庫
江戸の歌舞伎を題材に時代小説のエンターテイメントとなった著者表題作を含む4編を収める。

その他に、広河隆一編集「DAYS JAPAN」2009/08と2009/09

―図書館からの借本―
・ジェフリー.F.ミラー「恋人選びの心-性淘汰と人間性の進化Ⅰ」岩波書店
・ジェフリー.F.ミラー「恋人選びの心-性淘汰と人間性の進化Ⅱ」岩波書店
人は何を基準に恋人を選んでいるのか。人を魅力的に見せる、身体・装飾・言語・美術・スポーツ・道徳性・創造性といった、深く人間性に関わっている特徴は,どうして生まれてきたのか。自然淘汰の理論ではどうにも説明がつかなかったこれらを.恋人選びという視点に拠りつつ,ダーウィ ンに提唱されながらも省みられなかった性淘汰理論で、長年の進化の謎を解き明かす。前半部は良質の性淘汰理論の総説。

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August 29, 2009

余のくさなしに菫たんぽぽ

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<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「空豆の巻」-36

  花見にと女子ばかりがつれ立て  

   余のくさなしに菫たんぽぽ  岱水

次男曰く、遊山、野遊びは、もともと物忌の考えからわざわざ節日をえらんで戸外に出た風習であろうが、花見もその一つである。
「余-よ-のくさなしに」という表現は、それを匂わせているように思われる。挙句の祝言とするに相応しい一風情があるだろう。「余のくさなしに」とは、投込み季物-菫たんぽぽ-を用いて句を仕立てたことばの釣合とばかりも云えない。むろん、発想の手がかりは、前句が「女子ばかり」と男を排しているところを見込んでい、と。

「空豆の巻」全句
空豆の花さきにけり麦の縁     孤屋-夏  初折-一ノ折-表
 昼の水鶏のはしる溝川      芭蕉-夏
上張を通さぬほどの雨降て     岱水-雑
 そつとのぞけば酒の最中     利牛-雑
寝処に誰もねて居ぬ宵の月     芭蕉-秋・月
 どたりと塀のころぶあきかぜ    孤屋-秋
きりぎりす薪の下より鳴出して    利牛-秋  初折-一ノ折-裏
 晩の仕事の工夫するなり     岱水-雑
娣をよい処からもらはるゝ      孤屋-雑
 僧都のもとへまづ文をやる    芭蕉-雑
風細う夜明がらすの啼わたり    岱水-雑
家のながれたあとを見に行     利牛-雑
鯲汁わかい者よりよくなりて     芭蕉-雑
 茶の買置をさげて売出す     孤屋-雑
この春はどうやら花の静なる     利牛-春・花
 かれし柳を今におしみて     岱水-春
雪の跡吹はがしたる朧月      孤屋-春・月
 ふとん丸けてものおもひ居る   芭蕉-雑
不届な隣と中のわるうなり     岱水-雑  名残折-二ノ折-表
 はつち坊主を上へあがらす    利牛-雑
泣事のひそかに出来し浅ぢふに   芭蕉-雑
 置わすれたるかねを尋ぬる    孤屋-雑
着のまゝにすくんでねれば汗をかき  利牛-雑
 客を送りて提る燭台       岱水-雑
今のまに雪の厚さを指てみる    孤屋-冬
 年貢すんだとほめられにけり    芭蕉-雑
息災に祖父のしらがのめでたさよ   岱水-雑
 堪忍ならぬ七夕の照り      利牛-秋
名月のまに合せたき芋畑      芭蕉-秋・月
 すたすたいふて荷ふ落鮎    孤屋-秋
このごろは宿の通りもうすらぎし   利牛-雑  名残折-二ノ折-裏
 山の根際の鉦かすか也     岱水-雑
よこ雲にそよそよ風の吹出す     孤屋-雑
 晒の上にひばり囀る       利牛-春
花見にと女子ばかりがつれ立て   芭蕉-春・花
 余のくさなしに菫たんぽぽ    岱水-春

この項をもって、安東次男の「風狂始末-芭蕉連句評釈」に依拠した連句の世界も了である。
「狂句こがらしの巻」にはじまりこの「空豆の巻」にいたる歌仙10巻、昨年1月20日より書き起こして今日まで、延べ360句を渉猟してきたことになる。

以前にも書き留めたが、安東次男の「芭蕉連句評釈」と出会ったのは、1970年6月創刊の「季刊すばる」誌上であった。この頃は「芭蕉七部集評釈」と題して連載されており、後に「芭蕉七部集評釈」正・続2巻となって出版されている。刊行は正巻が’73年、続巻が’78年。以来なお推敲を重ね、十余年を経て新釈の「風狂始末」-‘86年刊-、「続風狂始末」-‘89年刊-、「風狂余韻」-‘90年刊-を上梓しており、これら新釈3巻を一冊にまとめたのが「完本・風狂始末-芭蕉連句評釈」である。

すばる連載時の「芭蕉七部集評釈」はすでに手許にないので確かめるべくもないが、このたび新釈の「風狂始末」を通読しながら、遠く淡い記憶に過ぎて具体的にどうこう言いようもないのだけれど、旧釈・新釈の差異は感触として残るような気がする。「市中は物のにほひや夏の月」を発句とする「市中は」の巻が旧釈には採られていたと記憶するが、新釈では外されているように、巻の構成もまた若干異なるとみえる。
いつか折あらば、あらためて旧釈「芭蕉七部集評釈」も眼をとおしてみたいと思う。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.48-

四方館DANCE CAFEより
「出遊-あそびいづらむ-天河織女-あまのかわたなばた-篇」Scene.10

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August 28, 2009

ふりかへらない道をいそぐ

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―世間虚仮― 比例候補が足りない!?

真夏の長い闘い、衆院選もいよいよ大詰めだが、大勝ちしそうな勢いの民主党に、当初予測を超えたまことに悩ましい問題が持ち上がっている。

小選挙区候補はほぼおしなべて比例ブロック候補にも名前を連ねているのだが、これは重複立候補を認めた所為で、小選挙区で惜しくも他候補者に敗れた場合、惜敗率の高い順に比例区で当選できるという仕組みだ。この選挙制度が導入された平成8年当時、惜敗率による比例復活などわかりにくい制度そのものにずいぶん面喰らったものだが、それも今回でもう5度目になるとか、とかく疑問視や批判の的になってきたにもかかわらず、改められぬままきてしまった。

ところが、今回の選挙結果ではとんでもない珍現象が起こりそうだと、ここにきて心配されているのは、雪崩現象的に全国の小選挙区で民主党が大勝した場合、比例復活組の対象者が激減するわけだから、11の各ブロック比例獲得票に対して、当選すべき候補者そのものが不足する事態が起こることになるというもの。この場合どうなるかといえば、次点の他党候補が繰り上がることになるのだから、おかしなことに敵対する自民党候補が漁夫の利を得ることになったりもするわけだ。

こんな例が過去にもなかったわけではないが、それはほんの1.2例のことで、これまでさして大きな問題にならないままきた。しかし、今回予測されるのは、比例ブロック各所で起こりそうだというのである。
そもそも重複立候補なるもの自体、どうにも首を捻らざるを得ない制度で、政治家どもが自分の都合のよいようにいじくり回してきた選挙制度が、ここへきてとんでもない欠陥を曝け出すことになりそうな訳だ。

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、10月22日の稿に
10月22日、曇、行程3里、福島、富田屋

おだやかな眼ざめだつた、飲み足り話し足り眠り足つたのである、足り過ぎて、疲れと憂ひとを覚えないでもない、人間といふものは我儘な動物だ。

8時出立、途中まで紅闘二兄が送つて下さる、朝酒の酔が少しずつ出てくる、のらりくらり歩いてゐるうちに、だるくなり、ねむくなり、水が飲みたくなり、街道を横ぎらうとして自動車乗りに怒鳴りつけられたりする。-略-

油津で同宿したことのある尺八老とまた同宿になつた、髯のお遍路さんは面白い人だ、この人ぐらい釣好きはめつたにあるまい、修行そつちのけ、餌代まで借りて沙魚釣だ、だいぶ釣つてきたが自分では食べない、みんな人々へくれてやるのである、-ずいぶん興味のある話を聞いた、沙魚の話、鯉の話、目白飯の話、鹿打失敗談、等、等、等-彼はさらに語る、遍路は職業としては20年後てゐる、云々、彼はチヤームとか宣伝とか盛んにまた新しい語彙を使ふ。

※表題句の外、8句を記す

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.47-
四方館DANCE CAFEより
「出遊-あそびいづらむ-天河織女-あまのかわたなばた-篇」Scene.9

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August 27, 2009

花見にと女子ばかりがつれ立て

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―世間虚仮― Soulful Days-25- 民事訴訟はじまる

高さは12階建ながら横にぐんと長いあの偉容が、一介の市民には圧するばかりに映る大阪高裁・地裁のビルに入るのは、いったい何年ぶりだったか。

本日午後1時15分、民事訴訟の第1回口頭弁論期日があった。
当初、私は立ち会うつもりではなかったのだが、週末小旅行から帰ってきたら、担当弁護士から被告側の答弁書コピーが送付されてきており、これに眼を通してその腹づもりは一転してしまったのだった。

もちろん、原告被告となって争いのテーブルに乗ったのだから、此方側の告訴理由等々に対し、被告側の答弁書がことごとく反論してくるのは当然の成行なのは百も承知なのだが、いわば無味乾燥な訴訟用語で終始した身も蓋もないような文面に、いざ接してみて、もはや訴訟にまで持ち込んでしまった以上、その流れを自分の眼と耳で追い、ひとつ一つの闘いの手立てに、後顧の憂いなく関わっていかねばならないのだ、と思いなおしたのである。

担当裁判官は50代半ばか、一見してごく温厚な人柄に見えた。相手方弁護士は二人、保険会社は同一ながらMKタクシー会社側と事故相手T側が、それぞれ弁護士を立ててきていた。

型通りに双方における争点の確認作業が事務的に行われ、早々と次回期日を10月8日と取り決めてこの日は幕。ものの10分ばかりも要したろうか。初回は、まあそんなものだと承知しているから、なんという感想も湧かないのだが、問題はT方の答弁趣旨で、あくまで無過失を主張してくる構えのようで、これにはさすがに私も、ことあらためてムッときた。

おそらく、膠着したまま動かぬ交通裁判の刑事告訴のほうは、かように民事訴訟に至ったということで、判決であれ和解であれ、民事の片がつくまで、兪々黙りを決め込んでまったく動かなくなるだろう、というのがK弁護士の見当だ。ならば、この法廷で、無過失を主張してくるT側に対し、そのT本人を証言台に立たざるをえなくなるほどに、争点の絞り込みなり、緻密な展開を図らなければならぬ、との意を強くしながら帰路についたのだった。


<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>


「空豆の巻」-35

   晒の上にひばり囀る  

  花見にと女子ばかりがつれ立て  芭蕉

次男曰く、「女子-おなご-ばかり」が趣向である。前句の優しげな姿を受け、雲雀の囀りを女共の私語嬌声と聴いているのだがそれを、干し拡げた晒し布の白一面と結べば、見わたすかぎりの桜花の色もおのずと現れてくる。

雲雀は三春の季だが、古俳書とくに初乃至仲の季とするものが多い。一方、花見は晩春に入る行事である。したがって二句同時の付ではない。さえずりの余情を汲んで季節を巧みに深めている、と。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.46-

四方館DANCE CAFEより
「出遊-あそびいづらむ-天河織女-あまのかわたなばた-篇」Scene.8

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August 24, 2009

お約束の風呂の煙が秋空へ

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、10月21日の稿に
10月21日、晴、日中は闘牛児居滞在、夜は紅足馬居泊、会合

早く起きる、前庭をぶらつく、花柳菜といふ野菜が沢山作つてある、紅足馬さんがやつてくる、話が弾む、鮎の塩焼を食べた、私には珍しい御馳走だつた、小さいお嬢さんが駆けまはつて才智を発揮する、私達は日向の縁側で胡座座。

招かれて、夕方から紅足馬居へ行く、闘牛児さんと同道、そのまま泊る、今夜も話がはづんだ、句評やら読経やらで夜の更けるのも知らなかつた。
闘牛児居はしづかだけれど、市井の間といふ感じがある、ここは田園気分でおちつける、そして両友の家人みんな気のおけない、あたたかい旁々ばかりだつた。

※表題句の外、10句を記す

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.45-

四方館DANCE CAFEより
「出遊-あそびいづらむ-天河織女-あまのかわたなばた-篇」Scene.7

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August 23, 2009

晒の上にひばり囀る

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―四方のたより― Dinner Showの裏で‥

たった3.4日のことなのに、大阪へ戻ってくると、朝方はそれほどでもないのだが、夜は蒸し暑く、とても寝苦しい。長い運転の疲れも残っているから、身体は重くて仕方がないし、ちょっとした休み惚けのていたらくである。

さて、話は変わるが、私の作っている四方館のHPには、二人の外部者、私個人とはかなり深い関わりがあるが、四方館とは直接交わりのない二つのリンクサイト、ネパール・ポカラの「きしもと学舎の会」と歌い手の「松浦ゆみ」を紹介しているが、今夜はその松浦ゆみの話題を。

彼女はメジャーデビューしてからでもすでに10年目、それ以前のプロ活動、さらにはポップス中心のアマチュア歌手としての活動歴も加えれば、もう充分ベテランというに相応しい歌い手さんであろう。
ところがこの1.2年、その彼女に、ひょっとすると歌手人生最大で最後の転機ともいうべきものが訪れているようなのである。

2年前に出したCD、A面に「裏窓」、B面に「演歌みたいに捨てられて」を収録したものだが、それがカラオケの世界ではじわりじわりと浸透してきて、このところ中ヒット作となっているというのである。
とくに、その題からしてシャンソン風な「裏窓」は、かなりの歌唱力が要される曲だから、そのことがかえって難曲に挑戦してみたくなる年季の入ったカラオケ愛好者たちの間では、よく好まれ歌われているらしいのだ。

そういった評価が、東京のある著名な作曲家と知遇を得るきっかけとなったようで、彼女はいま、従来から永年世話になってきた在阪の作曲家との、両者の贔屓の間でディレンマに陥り、ずいぶん悩みを深くしているという。贔屓といってもそれは綺麗事、この世界ではそれぞれの野心と利害ばかりが跋扈する、魑魅魍魎の世界だろう。

そんな状況のなかで、10月、デビュー十周年のディナーショーを開くことになっているが、門外漢ながら彼女からさまざま話を聞くなかで、むろんそれらを具体的に記す訳にはいかないが、この企画とその直後の推移しだいで、重大局面に身を賭していくことになるのでは、と想像されてならないのである。

おそらく、10月の彼女のディナーショー、それは私にとっても彼女に関わることの、最後のものとなるだろう。仮にその余の、幾許かの相談事にのることがあったとしてもだ。

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「空豆の巻」-34

  よこ雲にそよそよ風の吹出す  

   晒の上にひばり囀る  利牛

次男曰く、挙句前の花の定座を控えて春の季を引出している。微風の立つところ雲雀があると考えたというよりも、むしろ「そよそよ風」そのものを「ひばり」と見替え、つれて「よこ雲」を「晒-さらし-」と見替えた付である。
「去来抄」に「同じ竃の句は手柄なし。されど、先より生増しならんは、又格別なり」と云う、その「生増-うまれま-し」た句の一つと見てよい。

最後の巡はabcdとなるべきところを、adbcと組替えている。これは宗匠に花の座を譲り、挙句を執筆が務めた自然の成行である、と。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.44-

四方館DANCE CAFEより
「出遊-あそびいづらむ-天河織女-あまのかわたなばた-篇」Scene.6

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August 22, 2009

父が掃けば母は焚いてゐる落葉

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、10月19日の稿に
10月20日、晴、曇、雨、そして晴れ、妻町行乞、宿は同前-藤屋-

-略-、9時から2時まで行乞、行乞相は今日の私としては相当だつた、新酒、新漬、ほんたうにおいしい、生きることのよろこびを恵んでくれる。

歩かない日はさみしい、飲まない日はさみしい、作らない日はさみしい、ひとりでゐることはさみしいけれど、ひとりで歩き、ひとりで飲み、ひとりで作つてゐることはさみしくない。-略-、

新酒を飲み過ぎて-貨幣価値で13銭-とうとう酔つぱらつた、ここまで来るともうぢつとしてゐられない、宮崎の俳友との第2回会合は明後日あたりの約束だけれど、飛び出して汽車に乗る、列車内でも挿話が二つあつた、一つはとても元気な老人の健康を祝福したこと、彼も私もいい機嫌だつたのだ、その二は傲慢な、その癖小心な商人を叱つてやつた事。

9時近くなつて、闘牛児居を驚かす、いつものヨタ話を3時近くまで続けた、‥その間には小さい観音様へ供養の読経までした、数日分の新聞も読んだ。

放談、漫談、愚談、等々は我々の安全弁だ。

―日々余話― 小さい夏の‥

4日振りの投稿は、夏の小旅行で留守したため。
19日-水-の早朝に発って、本日午後帰ってきました。

今年もまた信州へ-白馬の和田野の森のはずれ近く、瀟洒なペンションに2泊と、さらに越後糸魚川へ抜け、北アルプスの背-北側へ-廻って、秘湯で名高い蓮華温泉に1泊。
旅中、曇天続きで、ときに雨にも降られ、白馬の山脈はとんと拝めず、些か口惜しい旅ながら、天候相手では、偶々今年は巡り合せが悪かった、と矛を収めるしかない。

蓮華温泉へと足を伸ばした昨晩も、深夜まで雨が降り続いていたのだが、3時頃には雨音も止んで、ふと見上げると、ぽっかりと円く抜けたような中空に星々が煌めいていた。
待ちあぐねた晴れ間を逃す手はないとばかり、空が白みきった5時頃には連合いたちを起こしては、秘湯めぐりの散策を一時間余、細い坂道ばかりできつかったが、早朝の涼風が心地よかったし、白馬岳の姿もくっきりと見えて、この旅3泊4日の、点睛のひとときとなった。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.43-
四方館DANCE CAFEより
「出遊-あそびいづらむ-天河織女-あまのかわたなばた-篇」Scene.5

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August 18, 2009

よこ雲にそよそよ風の吹出す

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―四方のたより―神沢師の七回忌近く

神沢師が逝かれてはや6年が経とうとしている。その命日、9月6日に学園前の稽古場で法要を兼ねてのイベントが企画されているようで、もう十日ほど前か、書面の案内が寄せられている。
曰く「アンティゴネー」上演会、とか。

「父は生前、ギリシア悲劇の『アンティゴネー』を上演する意図を持っていたようです。最初の舞踊公演にギリシア悲劇にちなんだ『山羊の歌』というタイトルを賦し、またギリシア悲劇の名作の中でも『エレクトラ』『トロイアの女たち』『メディア』といった女性を中心にした作品を上演してきましたから。この思いは確かにあったのでしょう。父のそんな「思い残し」を、一つの作品にしようというのが私の気持ちです。」と子息和明氏は書面のなかで言っている。

また「創作の場であった<神沢創作舞踊研究所>の稽古場で、所縁の者たちが<神澤和夫>を観客にして上演する」あるいは「演じるのも観るのも、研究所に関わった人たち。研究所、稽古場にこだわった、私的な企画です」というあたりから類推されてくるのは、遺された者たち、とりわけ茂子夫人にとってのいっさいのけじめ、となるべきものであろうかと思われる。

神澤師の記憶が、それぞれの心の中にどのように生きていようとも、神澤和夫の仕事、それはなによりもまず協働者たる茂子夫人の舞踊いっさいを含み込み、さらには彼とシンクロナイズした同伴随伴のもろもろの者たちすべてを内包したものとして、七回忌を機に、その壮大な歌仙は、この企画「アンティゴネー」上演の会をもって挙げ句とされなければならぬ、そういう強い意志が和明氏を貫いているように見受けられるのだ。

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>
「空豆の巻」-33

   山の根際の鉦かすか也  

  よこ雲にそよそよ風の吹出す  孤屋

次男曰く、「かすか」なものは「そよそよ風」だと、承けて作っている。「吹出-ふきいだ-す」が蛇足のようだが、「やみにけり」では起情に水を差すし、「面白う」では乗りすぎる。五七五遣句のことばづかいの落着くところは「吹出す」あたりか。

「よこ雲」は「山の根際」との釣合、と。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.42-

四方館DANCE CAFEより
「出遊-あそびいづらむ-天河織女-あまのかわたなばた-篇」Scene.4

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August 17, 2009

豊年のよろこびの唄もなし

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、10月19日の稿に
10月19日、曇、時々雨、行程5里、妻町、藤屋

因果歴然、歩きたうないが歩かなければならない、昨夜飲み余したビールを持ち帰つてゐたので、まづそれを飲む、その勢で草鞋を穿く、昨日の自分を忘れるために、今日の糧を頂戴するために、そして妻局留置の郵便物を受取るために-酒のうまいやうに、友のたよりはなつかしい-。

妻まで5里の山路、大正15年に一度踏んだ土である、あの時はもう二度とこの山も見ることはあるまいと思つたことであるが、命があつて縁があつてまた通るのである、途中、三名、岩崎、平群といふ部落町を行乞して、やつと今日の入費だけ戴いた、-略-

留置郵便は端書、手紙、雑誌、合せて11あつた、くりかへして読んで懐かしがつた、寸鶏頭君の文章は悲しかつた、悲しいよりも痛ましかつた、「痰壺のその顔へ吐いてやれ」といふ句や、母堂の不用意な言葉などは凄まじかつた、どうぞ彼が植えさせたチューリップの花を観て微笑することが出来るやうに。-略-
※表題句の外、11句を記す

―世間虚仮― 幸福の空騒ぎ

やれ、出るの出ないのと、幸福の科学の大川隆法が、告示近くなって二転三転と大騒ぎしていたが、どうやらやっぱり出ることになったらしい。

ところがなぜか、比例区東京ブロックから近畿ブロックへと、いつのまにか転身なさっている。もちろん名簿順位は1位と変わらないが‥。これって東京比例区より近畿のほうが、得票が多かろうと、独自のリサーチでもあったと云うことか。
それにしても、民主党を利することになるからと、告示も間近となっての空騒ぎ、大挙して撤退すると言ってみたり、直前になってのドタバタ劇には、開いた口がふさがらない醜態ぶりだ。

‘95年には信者数1000万人を突破したと豪語した幸福の科学、まあこれは眉唾にちがいないが、300万とも500万人も巷で喧伝されてきたのも事実だが、比例区であれ選挙区であれ、果たしてどれだけの票を集めるのか、私などにも、その総得票数の結果だけがちょっと気になる幸福実現党の選挙だ。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.41-

四方館DANCE CAFEより
「出遊-あそびいづらむ-天河織女-あまのかわたなばた-篇」Scene.3

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August 16, 2009

山の根際の鉦かすか也

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―日々余話― 盆の稽古の四方山話

7月26日から東京へと二つのバレエ講習会を受けるため東京へ行っていたありさが、ほぼ4週間ぶりに帰ってきて、久しぶりに顔を出す筈だった今日の稽古だが、先の講習を受けたソフィア・バレエ・アカデミーから、スタジオ公演に怪我で欠員が出来たとかで急遽呼び出され、再び上京して来られず。

皆既日食に日程を合わせて奄美へ帰っていた発声参加の田中勝美さんが、これまた1ヶ月半ぶりか、12時に顔を出して、一緒に小一時間の発声レッスン。
御年37歳とかの彼女の娘さんが、藤條虫丸に師事した平松麻衣という舞踏家と聞いて驚かされたが、考えてみれば、昔からアングラ演劇などはいろいろと足繁く通ってきた母親の、その娘がそういった道に踏み込んでいくのも、そりゃありそうなことではある。どうやら舞踏仲間の何人かでphysical poetsという名のグループを組んでいるらしい。

6年ぶりくらいだったか、一昨日会った四季の竹村君が、弁護士の卵-司法修習生-となった一回り以上歳の離れた若い夫人を伴って、稽古場に着いたのは約束の2時半過ぎだった。

かなりほっそりしたタイプかと想像していたが中肉中背、人の話を聞くときの眼がなかなか鋭い、さすがしっかりした好感の持てる子だ。
稽古を終えてから2時間近く、初会にもかかわらずこの夫婦との雑談は、気のおけない愉しいものだった。

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>
「空豆の巻」-32

  このごろは宿の通りもうすらぎし  

   山の根際の鉦かすか也  岱水

次男曰く、さびれた宿場町は得てして山の根際などに在る、と考えれば合点のゆく作りだが、それだけでは「このごろは」の作意が消えてしまう。噂を落鮎売の愚痴と見定めた付だろう。売れぬ落鮎を嘆く行商の耳に山の根際あたりから念仏講の伏鉦-ふせがね-が聞こえてきた、と解すれば「このごろは」と「かすか也」は響きあう。「鉦かすか也」は「落鮎」との釣合である。

町がひっそりしているのをいぶかしく思ったら、人は山の根際に寄合っていた、という転換の思付は景気をうまく起す俳諧の一体になる。「うすらぎらし」は嘆き、「かすか也」は起情である。売れぬ落鮎はそれとして、手持無沙汰な行商の興も誘われて動くだろう、と。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.40-

四方館DANCE CAFÉより
「出遊-あそびいづらむ-天河織女-あまのかわたなばた-篇」Scene.2

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August 15, 2009

大地ひえびえとして熱あるからだをまかす

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―四方のたより―
昭和5年の行乞記、10月17日の稿に
10月18日、晴、行程4里、本庄町、さぬきや

-略-、高岡から綾まで2里、天台宗の乞食坊さんと道づれになる、彼の若さ、彼の正直さを知つて、何とかならないものかと思ふ。-略-

綾から本庄までまた2里、3時間ばかり行乞、やうやく教へられた、そして大正15年泊まつたおぼえのある此宿を見つけて泊る、すぐ湯屋へゆく、酒屋へ寄る。‥-略-

酔漢が寝床に追ひやられた後で、鋳掛屋さんと話す、私が槍さびを唄つて彼が踊つた、ノンキすぎるけれど、かういふ旅では珍しい逸興だつた、しかし興に乗りすぎて嚢中26銭しか残つてゐない、少し心細いね-嚢中自無銭!

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.39-

四方館DANCE CAFÉより
「出遊-あそびいづらむ-天河織女-あまのかわたなばた-篇」Scene.1

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August 14, 2009

このごろは宿の通りもうすらぎし

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―日々余話― 懐かしき邂逅ふたつ

お盆真っ只中、人は懐かしき処へ帰参し、また発ってゆく。
このところ懐かしい人からめずらしく連絡のくることがつづいた。
一人はインド舞踊や巫女舞をもって全国あちらこちらをめぐっている花の宮こと茶谷祐三子、もう一人は劇団四季の営業担当で務めてもう20年に及ぼうかという竹村竜。

先週末の茶谷嬢とは電話での語らいが1時間半近くもつづいたか、近況の類からはじまって話が進むほどに、今後に互いの活動の接点を探っていくような、そんな芽ぶきも感じられる展開になって、また連絡をということに。

竹村君は久しぶりの盆の帰省とかで、昨日の夕刻、携帯が鳴り、今日の午後、早速会ってきた。
もうずいぶんと東京方面の勤務がつづいて、向こうで若い花嫁をものしたと聞いたままだったから、いったい何年ぶりになるのだろう。

近頃の四季の内部事情、とりわけ御年76歳となった浅利慶太の天皇ぶりといった話題にしばし花咲いたが、年も年だけに、失礼千万なことこのうえないが一丁事あるときに、役者だけで800名を擁するほどに大きくなりすぎた劇団活動の行く末が果たしてどうなるか、彼もまた転身の潮目を計ってゆかざるをえない時期にさしかかっているのかもしれぬ。

彼の若い花嫁殿は御年32歳とか、結婚後に一念発起、弁護士を目指して猛勉強、法科大学院3年を修了した昨年、見事ストレートで新制度の司法試験に合格したと聞かされ、これには吃驚。ところが今は1年の修習生の身だが、その先の事務所がなかなか決まらないらしい。一極集中の東京では、弁護士の卵たちもその伝で、競争はとくに厳しく、資格を得ても仕事先は決まらないというのが現実のようだ。

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>


「空豆の巻」-31

   すたすたいふて荷ふ落鮎  

  このごろは宿の通りもうすらぎし  利牛

次男曰く、名残の裏入。句案のみそは「落鮎」を承けて噂仕立としたところで、噂も裏である。裏入に見合った気転のはこびだ。
句意は「すたすたいふ」わりには宿場もさびれ、願人坊主も当今少なくなった、というのであろう、と。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.38-
「往還記-OHGENKI-Ⅲ」のSecond stage
「洛中鬼譚-冬月-KANAWA-鉄輪 その弐」

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August 12, 2009

病んで寝て蠅が一匹きただけ

080209114

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、10月17日の稿に
10月17日、曇后晴、休養、宿は同前-梅屋-

昨夜は12時がうつても寝つかれなかつた、無理をしたためでもあらう、イモショウチュウのたたりでもあらう、また、風邪気味のせいでもあらう、腰から足に熱があつて、怠くて痛くて苦しかつた。-略-

身心はすぐれないけれど、むりに8時出立する、行乞するつもりだけれど、発熱して悪寒がおこつて、とてもそれどころぢやないので、やうやく路傍に小さい堂宇を見つけて、そこの狭い板敷に寝てゐると、近傍の子供が4.5人やつてきて声をかける、見ると地面に茣蓙を敷いて、それに横たはりなさいといふ、ありがたいことだ、私は熱に燃え悪寒に慄へる身体をその上に横たへた、うつらうつらして夢ともなく現ともなく2時間ばかり寝てゐるうちに、どうやら足元もひよろつかず声も出さうなので、2時間だけ行乞、しかも最後の家で、とても我慢強い老婆にぶつかつて、修証義と、観音経とを読誦したが、読誦してゐるうちに、だんだん身心が快くなつた。-略-

前の宿にひきかへして寝床につく、水を飲んで-ここの水はうまくてよろしい-ゆつくりしてさへをれば、私の健康は回復する、果して夕方には一番風呂にはいるだけの勇気が出て来た。
やつと酒屋で酒を見つけて一杯飲む、おいしかつた、焼酎とはもう絶縁である。
寝てゐると、どこやらで新内を語つている、明烏らしい、あの哀調は病める旅人の愁をそそるに十分だ。
※表題句の外、5句を記す

―世間虚仮― ちょっぴり生意気に‥

3日ぶりに、愛娘どのが元気に帰ってきた。
出発地点だった天王寺駅に、車で出迎えに行ったのだが、着いたときは指定されていた4時30分ジャスト、すでに半数以上の子どもらが迎えの母親らとともに帰ったあとらしく、こちらの顔を見るやちょっぴり泣きべそだったが、それでも結構楽しんできたようで、彼女のいうところによれば、1日目はやや緊張気味に終始したものの、一夜明けるとその環境にもすっかり馴染んだらしく、カリキュラムの一つひとつを、元気よくこなしたようである。同じグループの仲間たちにも打ち解けて、8人ほどの呼び名を順々に挙げていた。
知らない子どもたち、知らない環境に投げ込まれた、初めてづくしの3日間は、半ば緊張しつつも、大いに愉しめたにちがいない、忘れがたい体験ともなろうか。
僅か3日とはいえ、離れて暮した此方には、ちょっぴり生意気になって帰ってきたように映るのものだ。

―四方のたより―
今日のYou Tube-vol.33-
「往還記-OHGENKI-Ⅲ」のSecond stage
「洛中鬼譚-冬月-KANAWA-鉄輪 その壱」

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August 11, 2009

すたすたいふて荷ふ落鮎

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―世間虚仮― どっちが依存

昨日から我が家では愛娘が不在、KAORUKOは2泊3日の子どもサマーキャンプとやらで信太山の大阪市野外活動センターへお出かけなのだ。

保育園時代、お泊り保育で外泊の旅は経験済みとはいえ、このたびは友だちとてなく、まったく見知らぬ者たちの群れの中に投げ込まれるわけで、この話に初めは憶してその気にならなかったが、連合い殿の説得-?-が功を奏してか、いつしか未知の冒険に心弾ませるようになり、出発の日を待ち望むまでに変化していた。

昨日の朝、集合場所のJR天王寺駅から送り出す時も、ちょっぴり不安を抱きつつも、リーダーのお姉さんたちに引率されながら笑顔で旅立っていったのだが、昨日今日と手のかかる幼な児不在で、戸惑いやら寂しさやらになんとなく気勢もあがらず漫然と時を過ごしているおのれ自身に気づいては、子から親への依存より、親が子への依存度のほうがむしろ上回っているのではないかと、連合い殿と頷き合っている始末だ。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.33-
「往還記-OHGENKI-Ⅲ」のSecond stage
「洛中鬼譚-秋霖-IBARAKI-茨木 その弐」


<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「空豆の巻」-30

  名月のまに合せ度芋畑  

   すたすたいふて荷ふ落鮎  孤屋

次男曰く、落鮎は、まれに晩秋の季とするものもあるが、諸俳書多くは仲秋とする。「すたすたいふ」は、急ぎ足を指す擬態語に「いふ」を複合した俗語で、息遣いの荒いさま。江戸期、京都で誓文払のときに商人の神詣に代って垢離を取った乞食坊主-すたすた坊主-が起りらしい。寒中真っ裸、縄鉢巻、腰にしめ縄を巻きつけて唄い踊って銭を乞うた。

近松の「双生隅田川」-享保5年-に「難行苦行のすたすた坊主、すたす云ふてぞ加持しける」、孤屋の用字は近松のそれより早い。これにかぎらず、上方系の擬態・擬声語の多用は先に「梅が香の巻」の評釈でも述べたが、「炭俵」の一特徴である。

句作りは名残の表の端、前が名月にかこつけ一巻満尾の心構えを促しているのを承けておどけた倉卒ぶりで、「落鮎」と裏入の趣向を見せている。芋作りと落鮎担きが同一人であるわけはないから両者の立話で、「名月のまに合せ度-たき-」に心急く趣を見込んだ付だろう、と。

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August 10, 2009

豊年のよろこびとくるしみが来て

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、10月16日の稿に
10月16日、曇、后晴、行程7里、高岡町、梅屋

暗いうちに起きる、鶏が飛びだして歩く、子供も這ひだしてわめく、それを煙と無智とが彩るのだから、忙しくて五月蝿いことはない疑ない。
今日の道はよかつた、-2里歩くと四家、十軒ばかり人家がある、そこから山下まで2里の間は少し上つて少し下る、下つてまた上る、秋草が咲きつづいて、虫が鳴いて、百舌鳥が啼いて、水が流れたり、木の葉が散つたり、のんびりと辿るにうれしい山路だつた。-略-

「何事も偽り多き世の中に死ぬことばかりはまことなりけり」
かういふ歌が、忘れられない、時々思ひ出しては生死去来真実人に実参しない自分を恥ぢてゐたが、今日また、或る文章の中にこの歌を見出して、今更のやうに、何行乞ぞやと自分自身に喚びかけないではゐられなかつた、同時に、「木喰もいづれは野べの行き倒れ犬か鴉の餌食なりけり」、といふ歌を思ひ出したことである。

※この日の文中に、「山の中鉄鉢たゝいて見たりして」や冒頭の掲載句を含む27句の多くを記しているが、「或る農村の風景」と題した連作では、当時の農に携わる人々の困窮のほどが自ずと映し出された句がつづく。

傾いた屋根の下には労れた人々
脱穀機の休むひまなく手も足も
八番目の子が泣きわめく母の夕べ
損するばかりの蚕飼ふとていそがしう食べ
出来秋のまんなかで暮らしかねてゐる
こんなに米がとれても食へないといふのか

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.33-
「往還記-OHGENKI-Ⅲ」のSecond stage
「洛中鬼譚-秋霖-IBARAKI-茨木 その1」

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August 09, 2009

名月のまに合せたき芋畑

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―表象の森― 麿赤児と梅津和時のSession Live報

大駱駝艦の麿赤児と、サックス&クラリネット奏者の梅津和時によるライブセッションが、月末の29日あるそうだ。
仕掛人は寝屋川に住む陶芸家の石田博君だが、彼が会場に選んだのは「えにし庵」。

野崎観音も近い河内飯盛山の麓には小楠公こと楠正行を祀る四条畷神社があるが、えにし庵はそのすぐ下のあたり。この屋敷の庭には能舞台も設えられてあり、座敷から野外のイベントをたのしめる趣向となっている。月光と篝火のなかでのライブとなれば風情は一入なのだが、この日の月は正中19:17、28度と、あまり期待できそうもない。

麿の大駱駝艦は、記憶に狂いがなければ二度観ているはずだ。どちらも遠く80年代、京都北大路の曼珠院近くに設えられた野外の小屋は舟形で、その舳先が高さ14mにも及び、夜空にくっきりと浮かんだその姿が今でもあざやかに眼に浮かぶ。これが80年の10月のことであったようだが、「海印の馬」と題したこの舞台、踊りの印象は断片すらさっぱり思い出せないが、ポスターの斬新な図は、船の小屋とともに記憶に残る。

もう一つが87年8月の「羅生門」、こちらはタイトルすら失念していたが、場所はやはり京都の千本五条、JRの遊休地だったかあるいは別の大手企業のであったか、そこに一夏の間、現出せしめた魔界遊興の里「鬼市場」、ここでも大駱駝艦は7年前と同様の舟形の小屋で演じていたが、こちらのほうは意外にもずいぶんとユニゾン形式の動きが多用されていたのが、記憶の片隅に残っている。

石田博君とはそれ以前から互いに見知ってはいたのだが、偶々その夜二人して明け方近くまで話し込んで、以来昵懇になったのだ。
その石田君が仕掛人とあらば、この企画、私とて協力しないわけにはいかない。さしあたり今宵はイベントのチラシを掲載紹介しておきたい。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.33-
「往還記-OHGENKI-Ⅲ」のSecond stage
「洛中鬼譚-夏雲-HASHI HIME-橋姫」

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「空豆の巻」-29

   堪忍ならぬ七夕の照り  

  名月のまに合せたき芋畑  芭蕉

次男曰く、月の定座。連・俳で八月十五夜を芋名月、九月十三夜を豆名月という。その芋-里芋-の栽培に日焼を嫌うことを見込んで、七夕頃の例年にない日照続を気づかう体に作っている。

淡々とした遣句ふうだが、この巻の初折表の月-寝処に誰もねて居ぬ宵の月-と対の仕立のようだ。作者は共に芭蕉である。十五夜を待兼ねて、片や宵月ころから酒盛に逸る、片や七夕頃から芋の出来を心配する、という滑稽比べだがじつは、「名月のまに合せたき芋畑」は元禄3年春、膳所衆に「ひさご」の旗揚をさせるべく伊賀を出郷するにあたっても覚えた吟興だった。懐かしく思出しながら案じたに違いない、と。

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August 08, 2009

ざくりざくり稲刈るのみの

Dancecafe081226012

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、10月15日の稿に
10月15日、晴、行程4里、有水、山村屋

早く発つつもりだつたけれど、宿の支度が出来ない、8時すぎてから草鞋を穿く、やつと昨日の朝になつて見つけた草鞋である、まことに尊い草鞋である。
2時で高城、2時間ほど行乞、また2里で有水、もう2里歩むつもりだつたが、何だか腹具合がよくないので、豆腐で一杯ひつかけて山村の閑寂をしんみりエンヂヨイする。-略-

途上、行乞しつつ、農村の疲弊を感ぜざるを得なかつた、日本にとつて農村の疲弊ほど恐ろしいものはないと思ふ、豊年で困る、蚕を飼つて損をする…いつたい、そんな事があつていいものか、あるべきなのか。-略-
友のたれかれに与へたハガキの中に
「やうやく海の威嚇と藷焼酎の誘惑とから逃れて、山の中へ来ることが出来ました、秋は海より山に、いち早く深まりつつあることほ感じます、虫の声もいつとなく細くなって、あるかなきかの風にも蝶々がただようてゐます。…」
物のあはれか、旅のあはれか、人のあはれか、私のあはれか、あはれ、あはれ、あはれといふもおろかなりけり。-略-

薩摩日向の家屋は板壁であるのを不思議に思つてゐたが宿の主人の話で、その謎が解けた、旧藩時代、真宗は御法度であるのに、庶民が壁に塗り込んでまで阿弥陀如来を礼拝するので、土壁を禁止したからだと。
※表題句は14日の稿に記載の一句

―表象の森― 紅テントとTAKARAZUKA

先の日曜に中之島の国立国際美術館で観てきたやなぎみわの世界、その作品系譜は彼女のオフィシャルサイトでもほぼ鑑賞できるもので、訪問者にとってはうれしいサイト、未見の方は一度覗いてみられることをお奨めする。
やなぎみわについては斎藤環の「アーティストは境界線上で踊る」で初めてその存在を知った。本書は斎藤自身によるさまざまな現代美術作家へのインタビュー記録と精神分析家ならではの作家論からなるものだが、このインタビューでやなぎ自身、作品発想の動機に色濃く影を落としているであろうものに、唐十郎の紅テント体験を語っている。

それは彼女がまだ学生の頃であったのだろう、観に出かけたものの場所がわからず迷いに迷ったあげく、やっと夜の暗がりの中にポツンと立つテントを探しあてた時、芝居はすでに終盤で、防空頭巾を被った年齢不詳の少女歌劇団がシャンシャンと狂乱していた、と。さらに、その芝居は「少女地獄」だっと思う、とも語っているのだが、唐十郎の作品でずばり少女とつくのは「少女仮面」や「少女都市」-いずれも1969年初演-、あるいは「少女都市からの呼び声」-1985年-くらいだから、「少女地獄」という語は、彼女の想念のなかでいつしか醸成されてきたのだろう。

いずれにせよ、この折、垣間見るほどにしか見られなかった紅テントの少女世界の衝撃が、発想の原基ともなっているといわれれば、よく肯けるところではある。

そのやなぎに、もう一つ「宝塚」との特異な関係性がある、と斎藤環は論じている。彼女の母親と祖母が熱烈な宝塚ファンであり、そこに世代を越えた「欲望の共同体」が形成されていたこと、そして彼女が思春期以前に、まさに「他者-母親、祖母-の欲望」を強要されるかたちで、「宝塚」への複雑な欲望が-嫌悪を含む-を獲得させられていったこと。これら一連の経緯は、決定的なまでに重要である。なぜならそれは、幼いやなぎ自身にとっても十分にエロティックな欲望として、繰り返し刷り込まれた経験であるからだ。これがなにを意味するか。ようやくエディプス期を過ぎて、セクシュアリティの原器を手にしたばかりの子どもが、息つく暇もなく「性関係のヴァーチャリティ」を刷り込まれるということ。-略- そのような幻想にすらいたっていない幼い心に、まさに別の幻想として「性関係の不在」をインストールすることは、認識とセクシュアリテイに対して、ほとんど決定的な影響をもたらさずにはおかないだろう、と斎藤は続けている。


―四方のたより―
今日のYou Tube-vol.33-
「往還記-OHGENKI-Ⅲ」のSecond stage
「洛中鬼譚-春霞-YASE-八瀬」

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August 07, 2009

堪忍ならぬ七夕の照り

080209202

―世間虚仮― 処罰感情

裁判員制度がはじまり、その初審理の模様が、ここ数日新聞・TVを賑わしてきた。
検察の求刑16年に対し、下された判決は15年、という些か意外なものだった。

事件の詳細や背景についてなにほどの知識ももたない私だが、被害者側の強い悲しみや処罰感情に、法廷という特殊な場とはいえ、ナマに接してみれば、往々にしてその影響下のうちに量刑判断がされやすくなる、ということはあるだろう。一般市民としての裁判員が、陪審員制度のように有罪か無罪かの判断だけでなく、量刑判断に加わりこれを決するるということの重さは、やはり過重のように思われるし、そもそも量刑判断を、その時その場の状況次第でとかく揺れ動きやすい市民感覚というものの判断に委ねてよいものか、あらためて強い疑問を抱かざるをえない、そんな判決だった。

判決後、接見した弁護士の語るところによれば、被告は裁判員の構成について「年齢が若い人が多かった。自分と同年代であれば、近隣住民との問題について少しは想像してもらえたのではないか」などと語っていたという。犯行時の精神状況がどうであったかはともかく、心の平静を取り戻したいま、まっとうな人間のまっとうな物言いだと思われる。

被害者も被告も70歳代の近隣同士の間に起こってしまった無惨な悲劇、その背景に積年の近隣トラブルが介在していたとすれば、短絡的に殺傷行為に至ってしまった被告の科は、理由がどうであれ許されざるものであるが、その遠因となったであろう問題は、どこにでもあることでありながら、なお固有の刻印を帯びた意外と根の深いものなのだろう。被害者遺族による捜査段階での陳述書と裁判における陳述の喰い違いも、些か気にかかるところだ。長い間母子家庭で育て育てられてきた、その母子関係の微妙な歪みも感じられないわけではない。いずれにせよ、近隣としての被害者と被告の積年の関わり、その日常性の全容がほぼイメージされ、それでもなお狂気の沙汰ともいうべき殺傷事件が起こされた、その愚かな短絡的行為が、必要充分なる量刑でもって裁かれるべきだろう。

この裁判が現実にはじまるまで知らなかったが、4日連続という短期集中型の審理過程にも問題は大いにある。この時間的な制約は、事件の背景に迫り真相を究明するに充分なものとは到底思われぬし、連日のマスコミ報道が裁判をショーアップ化してしまう尾鰭まで生み出し、裁判員たちの良識や公正感覚を狂わしかねない。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.32-
「往還記-OHGENKI-Ⅲ」のFirst stage
「WALTZ -輪舞-sculpture.3-LONG SILENCE-長い沈黙」

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「空豆の巻」-28
  息災に祖父のしらがのめでたさよ  

   堪忍ならぬ七夕の照り  利牛

次男曰く、日本の七夕信仰、棚機女の風習はもともと農事に因んだ祓行事で、水辺の機屋に神迎えをして斎き、穢れを持帰ってもらう。多くは6日の晩にまつり、7日の朝に供物を川に流すが、七夕に必ず、雨が降るとする信仰はそこから生れる。文字どおり水無月の後の喜雨である。

陽気はむろん万物生長の根幹だが、七夕にまで雨が降らぬのはけしからん、と読めば「息災」の滑稽化はわかる。元気がよすぎる爺も困りものだ、という冷かしを「七夕の照り」に寄せている。

季-秋-を持たせるのは、次句に月の定座を控えているからだ。諸家は、老人の矍鑠-かくしゃく-ぶりを残暑の厳しさに移した付と単純に読む。それだけのことなら「七夕」は「水無月」でも「文月」でも「このごろ」でも「芋畑」でもよいだろう、と。

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August 05, 2009

石刻む音のしたしくて石刻む

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、10月14日の稿に
10月14日、晴、都城市街行乞、宿は同前-江夏屋-

8時半から3時半まで行乞、この行乞のあさましさを知れ、そこには昨日休んだからといふ考へがある、明日は降るかも知れないといふ心配がある、こんなことで何が行乞だ、-略-

都城で、嫌でも眼につくのは、材木と売春婦である、製材所があれば料理屋がある、木屑とスベタとがうようよしてゐる、それもよしあし、よろしくあしく、あしくよろしく。
※表題句の外11句を記す

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.30-
「往還記-OHGENKI-Ⅲ」のFirst stage
「WALTZ -輪舞-sculpture.3-WAVE-波濤」

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August 04, 2009

息災に祖父のしらがのめでたさよ

Dc090315050

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.30-
「往還記-OHGENKI-Ⅲ」のFirst stage
「WALTZ -輪舞-sculpture.2-WALTZ-輪舞-2」

<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「空豆の巻」-27

   年貢すんだとほめられにけり  

  息災に祖父のしらがのめでたさよ  岱水

次男曰く、夜の雪は思のほか早く積る。ひとまず家路の心急いだが、このぶんなら大丈夫そうだと腰を落着け、振舞酒にでも与っている様子、と前二句を読めばわかる。

奪って帰りついた「祖父-ぢぢ-」を家人が迎えると作っている。ほめられたよと当人が報告すれば家人も共によろこぶ。「ほめられにけり」の後付に着目して其人のことばに読替えた-奪った-ところに工夫がある。

場も人-ほめる人、めでたさよと喜ぶ人-も別に移し替えられている。「祖父」は其人の孫、子、息子の嫁、さらに老婆のことばであってもよい。場を移せば-家に帰れば-喜びも一入になる、というところにうまみのある付だが、気付いた評家はいないようだ、と。

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August 02, 2009

家を持たない秋がふかうなつた

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―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、10月13日の稿に
10月13日、晴、休業、宿は同前-江夏屋-

とても行乞なんか出来さうもないので、寝ころんで読書する、うれしい一日だつた、のんきな一日だつた。
一日の憂は一日にて足れり-キリストの此言葉はありがたい、今日泊まつて食べるだけのゲルトさへあれば-慾には少し飲むだけのゲルトを加へていただいて-、それでよいではないか、それで安んじてゐるやうでなければ行乞流浪の旅がつづけられるものぢやない。-略-

昨日今日すつかり音信の負債を果したので軽い気になつた、ゲルトの負債も返せると大喜びなのだけれど、その方は当分、或は永久に見込みないらしい。
句もなく苦もなかつた、銭もなく慾もなかつた、かういふ一日が時になければやりきれない。
※表題の句は12日付の日記より

―表象の森― 婆々娘々- Po-po Nyangnyang -!

稽古を昨日に振り替えていたので、今日は終日フリー。連合い殿は琵琶のおさらい会があるとて午後から子連れで出かけたから、子どもから解放されて此方もめずらしく単身行動とて、中之島の国立国際美術館へと出かけた。

「美の宮殿の子どもたち」と副題された「ルーブル美術館展」がまずまずの人気を呼んでいるようだが、此方のお目当てはそれにあらず、B2で開催中の「やなぎみわ-婆々娘々- Po-po Nyangnyang -!」展。先月めでたく満65歳を迎えた私は、420円也の入場料は障害者らとともに無料、初めて高齢者向け福祉施策の恩恵に与ったという次第。

従来作品の写真展示もずらりと並んで、一応作品の系譜らしきものを追えるようになっているが、なんといっても圧巻は、今年6月7日から開催されているヴェネチア・ビエンナーレ日本館で紹介されている新作を、そのまま同じ仕様で公開するといった趣向の一室。異形の女五態が4m×3mの巨大ブロマイドよろしく凄まじい迫真力で空間を圧している。

そして小さなテントを模したような小屋では、「The Old Girls”Troupe 2009”」と題されたモノクロの映像作品-10分-が繰り返し映されている。Troupeとは役者や歌手、アクロバットなど巡業の「一座」のことだから、老女たちの一座か、そのperformanceは奇態にはちがいないが、無音で進行しているだけになにやら懐かしいような臭いも発散している。私には嘗て下北半島の恐山に身を置いたときに想い描いた幻視の光景にも似たものに映った。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.28-
「往還記-OHGENKI-Ⅲ」のFirst stage「WALTZ -輪舞-sculpture.2-WALTZ-輪舞-1」

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August 01, 2009

年貢すんだとほめられにけり

Dancecafe080928160

―世間虚仮― 梅雨明け未だし

8月に入ったというに未だ梅雨は明けぬ、夜更けた今も雨模様、雨雲レーダーを見れば明朝にかけてひどい降りになりそうだ。

記録に残る’51年以降で最も遅かった梅雨明けは今日、8月1日だそうで、記録更新はすでに決まり、あとはどこまで伸ばすかだが、そういえば梅雨が明けぬまま、夏が過ぎ秋来たるらし、という年もあったが、あれは’93-H5-年だったか。その平成5年は、冷害で米も大凶作、農協などの倉庫に米泥棒が出没するなどの騒ぎがあったし、政府はタイ米の緊急輸入までせざるを得ず、平成の米騒動とまで騒がれた。

日頃、スーパーに通い慣れていて、このところ野菜の値が高いのに驚かされている私だが、どうやら今年も平成5年のような騒ぎになる公算が高くなってきているのではないか。

この夏、気象も異常なら、40日間もかけて暑苦しい選挙に明け暮れねばならぬ政情も、これに輪をかけたような異常さで、秋以降、景気のほうも底入れ、持ち直しどころか、底も割れてとんでもない事態が待ちかまえているかも‥。

―四方のたより―今日のYou Tube-vol.28-

嘗て「往還記-OHGENKI-」と名づけた舞台をシリーズで三度行ったことがあった。
初めは’96年で「両頭曼荼羅とKLEE 金色の魚」と副題した。二つ目となる往還記Ⅱは’98年、劇団犯罪友の会が弁天埠頭に浮かべた台船に建てた仮設の芝居小屋で、副題を「鬼小町」としたもの。そし掉尾となった往還記Ⅲは、伊丹のアイ・ホールで演じたもので、この舞台は小嶺由貴が構成した「WALTZ-輪舞-」と私の「洛中鬼譚」の二部構成で、勿論全体の監修は私が務めたが、これが’02年の秋だったから、足かけ7年かけてのこととなるが、当時としてはそれほどお気に入りのタイトルだったとみえる。

今日からは、この「往還記Ⅲ」の舞台記録をupload、ご覧いただこうと思う。
「往還記-OHGENKI-Ⅲ」のFirst stage「WALTZ -輪舞-sculpture.1-TRUST-信頼-」


<連句の世界-安東次男「風狂始末-芭蕉連句評釈」より>

「空豆の巻」-26

  今のまに雪の厚さを指てみる  

   年貢すんだとほめられにけり  芭蕉

次男曰く、江戸時代、年貢は一年2、3度、しばしばそれ以上に分けて納めるのが通例だった。「年貢すんだ」はその一年の貢納もようやく終った、ということだろう。
句は景から其人を看てとった後付で、今のうちに雪の厚さを指し計ってみる人は無事貢納を済せて帰家に就こうとする人物である。

「ほめられにけり」が工夫だ。「すんだ」のは今年の年貢だけで、家に帰ればまた新しい苦労が始まるのが農民の暮しである。それも互の了解事項として、とにもかくにも今はめでたい、と年貢を取立てる側も取立てられる側も共に喜び合う裏には、「雪の厚さを指てみる」手ぶりの軽やかさも自ずと現れ出る、と。

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