日ざかり黄ろい蝶
句は、其中庵の山頭火、昭和8年か。
-表象の森- 彫刻の小径と山田いづみ
14日、昼過ぎからOAP彫刻の小径2008「空と風と水と」を観に出かけた。
OAPプラザを通り抜け大川べりに出ると彫刻の小径がある。8点の彫刻が右に左にと15㍍ほどの間隔かで点在するのを観ながら歩いてゆくと、アートコートギャラリーに出る。その玄関前では出品の作家諸氏と思われる面々が打ち揃ってすでに野外パーティよろしく歓談していた。
栄利秋さんとは二年振りか、今は奈良市となった月ヶ瀬にある倉庫もずいぶんギャラリーらしくなったと云っていたが、その作業などに足繁く通っているものと、よく日焼けした顔から覗えた。
それぞれの作家が、自身の作品について語るのを聞くというのは、此方としてもめずらしい経験で、理論派あり直観派あり、流暢に雄弁をふるう者、訥々と弁ずる者と、その個性が作品とも対照されて、それなりに面白かった。
天神橋商店街へと向かう東西の道は寺町のように寺社が並んでいるが、与力町あたりか、緒方洪庵の墓所との石碑が眼についたかと思えば、さらに少し歩くと今度は山方幡桃の墓所とあった。
次の予定島之内のWF行きには長堀まで地下鉄一本、時間にまだ余裕があるので商店街の喫茶店に入って暫時休憩、安東次男の「芭蕉百五十句」を読む。
山田いづみ公演「そよそよ そより 彩ふ」の客席は10人余りとずいぶん寒いものだった。金曜から日曜、3日間で5ステージに少々無理があったのだろう。
さてその踊り、どうしても越えねばならぬ50歳となる年齢からくる身体的な壁と、生涯一舞踊家としての覚悟を、なにをもって拠り所となしうるか、いわば嶮岨な転回点にあることを示していた。
一見自信家で、旺盛な活動力もある彼女だが、それとてもこの転回はなかなかに至難の業ということだが、今日の踊りに即して、私にすればめずらしく、一点の問題を指摘しておいた。どう受けとめえたか知る由もないが、次の、あるいは次の次の、彼女の踊りに、その応答を見出すしかない。
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