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February 28, 2006

梅の花あかぬ色香もむかしにて‥‥

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-今日の独言- ギリヤーク尼ヶ崎と‥‥

 大道芸人として日本国内だけでなく世界各国も遍歴した孤高の舞踊家ギリヤーク尼ヶ崎が、その若かりし頃、邦正美に舞踊を学んだという事実は意外性に富んでいてまことに興味深いものがある。
邦正美とはわが師・神澤和夫の先師であり、戦前にドイツへ留学、M.ヴィグマンに師事し、L.ラバンの舞踊芸術論や方法論を「創作舞踊」として戦後の日本に定着せしめた人であり、また「教育舞踊」として学校ダンス教育の方法論化をはかり、多くの教育課程の学生や現職体育教員に普及させた人である。

 ギリヤークの略歴をインタビュー記事などから要約すると、
1930年、北海道函館の和洋菓子屋の次男として生まれ、子どもの頃から器械体操が得意な少年として育ち、戦後初の国体では旧制中学4年の北海道の代表選手に選ばれたほどだという。映画俳優になりたくて51年に上京したが、強いお国訛りがことごとく映画会社のオーディションをパスさせなかったらしい。
その後、邦正美舞踊研究所で舞踊を学び、俳優の道をあきらめ、57年に創作舞踊家としてデビューしているが、折悪しくその頃、実家の菓子屋が倒産、東京生活を断念して帰郷する。3年ほど青森の大館で家の手伝いをしながら、大館神明社で創作舞踊を考案しながら過した、という。
ギリヤークの踊りに影響を与えたのは禅思想だ。「一瞬一瞬を生きていく」という鈴木大拙の思想を形にしたいと考え、踊りで表現したいと思った、と言っている。
大道芸人として路上パフォーマンスを誕生させた契機は、知遇を得た故宮本三郎画伯から「青空の下で踊ってみては」と言われたことに発する。踊りに専念しその道で喰うこと、それには細い一筋の道しかなかったのだろう。すでに38歳、人生の一大転換は68年のことだった。

 ところで、神澤和夫は1929年生れで、ギリヤークとは1歳しか違わず、まったく同時代人といっていいが、この二人が相前後して邦正美に師事しながら、その後それぞれに開いて見せた世界は反対の極に位置するほど対照的であり遠いところにあるかに見える。
神澤は先達の邦正美を通して、M.ヴィグマン、L.ラバンへと参入していき、自身をその系譜の正嫡たらしめんと厳密なまでに自己規定し、自らの表現世界を創出してきた。他方、ギリヤークにはかような自己規定も問題意識も皆無というほどに見あたらない。彼の自己規定は、その生涯をひたすら踊る人としてあること、彼の関心はこの一大事に尽きるように思われる。正統も異端もない、一所不在、漂白の芸能民としておのが舞踊を実存せしめた。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-18>
 山城の淀の若薦かりにだに来ぬ人たのむわれぞはかなき
                                  詠み人知らず

古今集、恋五、題知らず。
若薦(わかごも)-若くしなやかなコモ。かりに-「刈りに」と「仮に」を懸けている。
邦雄曰く、眼を閉じれば、掛詞の淀の若薦の淡緑の葉が鮮やかに靡く、薦若ければ刈らず、故に仮初めにも訪れぬ恋人をあてにする儚さを歌う素材ながら、その彼方にまた、利鎌(とかま)を引っ提げて近づく初夏の若者の姿さへ彷彿とするところ、古今集の「詠み人知らず」恋歌のゆかしさであろう、と。

 梅の花あかぬ色香もむかしにておなじ形見の春の夜の月  俊成女

新古今集。春上、千五百番歌合に。
邦雄曰く、新古今集の梅花詠16首中、艶麗な彼女の歌は、皮肉にも嘗ての夫、源通具の「梅の花誰が袖ふれし匂ひぞと春や昔の月に問はばや」と並んでいる。人は変わったが梅も月も昔のままと懐かしむ趣き、言葉を尽くしてなほ余情を湛える。藤原俊成は孫娘の稀なる天分を愛でて養女とし、俊成女を名のらせた。後鳥羽院がもっとも目をかけた当代女流の一人であった、と。

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February 27, 2006

ひさかたの月夜を清み梅の花‥‥

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-今日の独言- 母と娘、それぞれ

 4歳のKは、一昨日、日々世話になっている保育園の生活発見会、いうならば昔の学芸会で、ようやく呪縛型緊張の壁を破った。
人見知りのやや過剰なKは、これまでこの手の催しでは、いざ本番となると一度も普段の稽古どおりにやれたことはなかった。父母たちが多勢集ったその雰囲気に呑まれてしまってか、まったく動けなくなるのが常だった。ハレやヨソイキの場面ともなると自閉気味に緊張の呪縛に取り憑かれたがごときに、固まるというか強張るというか、そんな心-身状態にきまって陥るばかりだったが、この日のKは違った。やっとその呪縛から自らを解き放つことができて、懸命にリズムをとりながら振りどおりに身体を動かしていた、いかにも必死の感がありありと見える体で。

 35歳のJは、2月のアルティ・ブヨウ・フェスと昨日の琵琶の会と踏破すべき山が連なり、それぞれ表現の個有性の課題に挑まざるを得なかったのではないか。
元来なにかと拘りは強いくせに意気地がない、些か分裂型の気質かと思える彼女だが、重なった二つの山は相互に作用したようで、表現の自律と自立、それは自ら能動的に自発的にしか獲得しえぬということが、これまではいくら頭で理解していても、自身の心-身はどこか消極的な振る舞いのうちに身を退いてしまうようなところがあったのだが、やっと彼女なりの<信>を得たのではないか。それは自ずと定まるところの課題の発見でもあるだろう。
今後さらに、彼女の<信>がそうそう揺るぎのないものへと強まっていくことを、見届けていきたいものだ。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-17>
 ひさかたの月夜を清み梅の花心ひらけてわが思(も)える君  紀小鹿

万葉集、巻八、冬の相聞。
生没年未詳、紀朝臣鹿人の娘、安貴王の妻で、紀郎女とも、名を小鹿。万葉集巻四には夫・安貴王が罪に問われ離別する際に歌われたとされる「怨恨歌」がある。また天平12年(740)頃に家持と歌を贈答している。
邦雄曰く、梅の花は現実に咲き匂うその一枝であり同時に万葉少女の心を象徴する。「梅の花心ひらけて」の幼く潔い修辞が、まことに効果的であり、大伴駿河麿の「梅の花散らす冬風(あらし)の音のみに聞きし吾妹を見らくしよしも」と並んでいる。作者のなまえそのものが現代人には詩の香気を持っていて愉しい。「わが思へる君」で突然終る調べの初々しさも格別、と。

 冴えし夜の梢の霜の朝曇りかたへは霞むきさらぎの空  肖柏

春夢草、上、詠百首和歌、春二十首、余寒霜。
邦雄曰く、二月の霜、春寒料峭をそのまま歌にした感がある。名だたる連歌師ゆえに、この一首も上句・下句が発句・脇句の照応を見せ、それがねんごろな味わいを醸している。たとへば「梅薫風」題でも、「梅の花四方のにほひに春の風誘ふも迷ふあけぼのの空」と、第四句の独得の修辞など、一目で連句のはからいに近いことが判る、と。

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February 26, 2006

梅が香におどろかれつつ‥‥

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-今日の独言- 奇妙な集まり

 昨夜は市岡高校OB美術展の打上げ会。
例年のことだが、まずは午後3時頃から会場の現代画廊に出品者が三々五々集って搬出までの時間を懇親会よろしく歓談する。集ったメンバーは17期が他を圧倒して多い。やはりこの会の精神的な紐帯として彼らが中軸なのであり、辻正宏が17期で卒業したことと大きく関わっているのだ。
辻正宏が存命なあいだはこの会の生れる必然はなく、彼が故人となったときはじめて誕生した理由を今更ながら確認させられる。
この会はまったく不思議な集りだ。特定の思潮があるわけでもない。内容はおろか形式さえも多種多様、絵画にかぎらず、彫刻、工芸、書、デザイン、陶芸にいたるまでが、狭い画廊にてんでに居並んで奇妙な空間を生み出している。フリの訪問客がプロもアマを混在した自由な展示がおもしろいと語っていったという、そのことが含んでいる意味は深いところで本質を衝いているのかもしれない。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-16>
 梅が香におどろかれつつ春の夜の闇こそ人はあくがらしけれ
                                    和泉式部

千載集、春上、題知らず。
邦雄曰く、梅の香りを、それとも知らず、誰かの衣の薫香と錯覚して驚き、かつ誘われていく。闇なればこそ夢がある。月光の下では一眼で梅と知れよう。古今集「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる」を逆手に取ったこの一首、出色の響きである。春の夜の闇は人を心もそらにさせるとは、婉曲でしかも艶な発想だ、と。

 鶯の花のねぐらにとまらずは夜深き声をいかで聞かまし  藤原顕輔

左京大夫顕輔卿集、大宮中納言の家の歌合に、鶯。
寛治4年(1090)-久寿2年(1155)、六条藤原家、顕季の三男、正三位左京大夫。藤原基俊没後、歌壇第一人者となり、崇徳院の院宣により「詞花集」を選進。金葉集初出。勅撰入集85首。
邦雄曰く、深夜に鳴く鶯の声を主題にした歌は珍しい。「花のねぐら」というあでやかな言葉に、コロラチュラ・ソプラノの「春鶯伝」を連想する。第三句と結句の、ややアクの強い修辞が、一首の味わいを濃くして、十二世紀半ば、金葉・詞花集時代の特徴を見せる、と。

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February 25, 2006

梅の花にほひをうつす袖のうへに‥‥

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-今日の独言- 「むめ」と「うめ」

 ぐっと冷え込むかと思えば、今日は気温も14℃まであがり、蕾も一気にほころぶほどの春の陽気だ。今日と明日で各地の梅だよりもぐんと加速するだろう。天満宮の梅は和歌山の南部梅林と同じく七分咲きとか。
ところで、歳時記などによれば、平安期以降、梅の表記は「うめ」と「むめ」が併用されていたようで、かの蕪村をして「あら、むつかしの仮名遣そやな」と歎かせたとある。「梅」一字では「mume-むめ」が本来のようで、「烏梅」とか「青梅」とか熟語となると、u-ウ音が際立ったらしい。
山本健吉によれば、承和年間(834-848)に、御所紫宸殿の前庭に橘と並んで植えられていた梅が枯れて、桜に変えられたという故事があるが、これは花に対する好尚が唐風から国風へと変化する一指標、とある。また、他説では、貴族社会はともかく、低層庶民は古来から桜を愛でていたともいわれるから、ようやくこの頃になって、唐風に倣うばかりの趣味志向から貴族たちも脱皮しはじめたにすぎないともいえそうだ。

  灰捨てて白梅うるむ垣根かな   凡兆
  二もとの梅に遅速を愛すかな   蕪村
  梅も一枝死者の仰臥の正しさよ   波郷

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-15>
 春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげに鶯鳴くも  大伴家持

万葉集、巻十九、天平勝宝五年二月二十三日、興に依りて作る歌二首。
邦雄曰く、万葉巻十九中軸の、抒情歌の最高作として聞こえた三首の第一首。涙の膜を隔てて透かし視る春景色と言おうか。燻し銀の微粒子が、鶯の声にも纏わるような清廉な調べは、いつの日も心ある人を詩歌の故郷へ誘うことだろう。この折三十代前半の家持、夕霞の鶯は、彼の心象風景のなかで、現実以上に鮮やかな陰翳をもって生き、ひたに囀りつづけている、と。

 梅の花にほひをうつす袖のうへに軒洩る月の影ぞあらそふ
                                    藤原定家

新古今集、春上、百首歌奉りし時。
邦雄曰く、光と香が「あらそふ」とは、さすが定家の冴えわたった発想だ。天からは月光が軒の隙間を洩れて届く。樹からは梅花の芳香、それも薫香さながら衣に包を移す。伊勢物語「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」の本歌取り、と。

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February 24, 2006

ものおもへば心の春も知らぬ身に‥‥

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Infomation<奥村旭翠とびわの会>

-今日の独言- 筑前琵琶はいかが

 例年春の訪れを告げるように「奥村旭翠とびわの会」の演奏会が催される。
今年は明後日(2/26)の日曜日、会場はいつものごとく日本橋の国立文楽劇場小ホール。
筑前琵琶の奥村旭翠一門会といったところで、新参から中堅・ベテランまで十数名が順々に日頃の研鑽のほどをお披露目する。
旭翠さんは弟子の育成には頗る熱心であるばかりでなく指導も適切で弟子たちの上達も早い。琵琶は弾き語りだから演奏と詠唱の双方を同時にひとりでこなす訳だが、どちらかに偏らずきっちりと押さえていく。だから奏・唱バランスのとれた将来有望な人たちが育つ。
浄瑠璃の語り芸は70歳あたりから芸格も定まり一代の芸として追随を許さぬ本物の芸となると思われるが、琵琶の世界も同様だろう。
旭翠さんはまだ60歳前だが、彼女が教えることに極めて熱心なのはきちんと伝える作業の内に自身の修業があるとはっきり自覚しているからだ。そういう芸への姿勢をのみ私は信ずる。
 連れ合いは入門してから4年、まだまだ新参者の部類だ。それでも石の上にも三年というから、ようやく己が行く道の遥かにのびる果てが霧のなかにも茫と見えてきた頃であろうか。謂わば無我夢中の初歩段階から、やっと些かなりと自覚を有した初期段階へと入りつつあるのだと思う。
彼女がこの会で語るのは「湖水渡」。馬の名手と伝えられた戦国武将明智左馬之助が、秀吉軍の追手を逃れ、琵琶湖東岸粟津野の打出の浜から馬もろともに対岸の唐崎へとうち渡り、坂本城へと落ちのびたという講談にもある一節。唐崎にはこの伝に因んだ碑もあるが、もちろん史実ではなく語り物として伝えられてきた虚構の世界。
 当日の演奏会は17の演目が並び、11:30から16:30頃までたっぷり5時間。手習いおさらいの会だから入場は無料。時に聴き入り、時に心地よく居眠りを繰り返し、時間を過すのも年に一度なればまた一興。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-14>
 ものおもへば心の春も知らぬ身になに鶯の告げに来つらむ
                               建礼門院右京大夫

玉葉集、雑一、思ふこと侍りける頃、鶯の鳴くを聞きて。
生没年不詳。父藤原伊行(これゆき)は藤原の北家、伊尹流に属し、書は世尊寺の流れをひいた。「和漢朗詠集」の見事な写本がある。母は夕霧尼といい箏の名手。建礼門院(中宮徳子・清盛の娘に仕え、やがて重盛の二男資盛との悲運の恋に生きた。「建礼門院右京大夫集」は晩年、定家に選歌のため請われ提出したもの。
邦雄曰く、彼女にとって心の春とは、資盛に愛された二十代前半、平家全盛の日々であった。建礼門院右京大夫集では、この鶯は上巻の半ば、甘美な、そのくせ不安でほろ苦い恋の一齣として現れる。「春も知らぬ」とはむしろ反語に近かろう、と。

 春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる
                                   凡河内躬恒

古今集、春上、春の夜、梅の花を詠める。
生没年不詳。貫之とともに古今集時代の代表的歌人。古今集選者の一人。三十六歌仙。古今集以下に196首。
邦雄曰く、梅の花の芳香は闇といえども包み隠せるものならず、散文にすれば単なることわりに聞こえるが、歌の調べはうららかに、照り出るようや一首に変える。躬恒の天性の詩才でもあろう、と。

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February 23, 2006

思ふどちそことも知らず行き暮れぬ‥‥

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Information<2006 市岡高校OB美術展>
2/19 Sun~2/25 Sat 於/現代画廊・現代クラフトギャラリー

-今日の独言- ナンダヨ、コレ?

 国会議員の国庫負担率2/3というお手盛りの特権的な議員共済年金の廃止論が、昨年から巷間では喧しいほど議論の俎上に上ってきたが、その一方で、平成11年3月末で3232あった市町村が本年3月末時点で1822にまで減ずる平成大合併の結果、地方の市町村議員数も約6万人から3万8千人へと激減し、市町村議員たちの共済年金も平成20年度には積立金0となり完全に破綻するとされ、この救済のために特例として公費負担を増額する法的措置が、今国会で議決されようとしているそうな。既に自民党総務部会には了承されているその内容では、特例措置は15年間とし、その間の上乗せ国庫負担は計887億円に上るという。
 おいおい、ナンダヨ、コレ? さっさと国会議員のお手盛り議員年金を廃止するなり、せめて一般公務員並みにするなどして、地方議員の此方も右へ倣えとすればいいだけのことじゃないか。特例措置期間15年とし、この措置でさしあたり20年間は安泰というが、なんで20年先まで保証しなくちゃならないのか、どうにも納得いかないネェ。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-13>
 思ふどちそことも知らず行き暮れぬ花の宿かせ野べの鶯  藤原家隆

新古今集、春上、摂政太政大臣家百首歌合に、野遊の心を。
歌意は、気の合った者同士がどことも定めず遊び歩いているうちに行き暮れてしまった。今宵はお前の花の宿を貸してくれ、野べの鶯よ。
邦雄曰く、古今集の素性法師「思ふどち春の山べにうち群れてそことも言わぬ旅寝してしが」の本歌取り。鶯への語りかけが、現代人には童話風で愉しい。素性は「野遊」を心に思い描いて終り、家隆はそれを実現して、更にまた、花の宿を求める、と。

 きさらぎや野べの梅が枝をりはへて袖にうつろふ春の淡雪  順徳院

紫禁和歌草、建保元年三月当座、野梅。
邦雄曰く、春たけなわの二月に季節はずれの雪。枝を長く延ばして咲き匂う梅に、人の袖に、ふりかかり、かつたちまち消え失せる。二月-衣更着の語感が鮮やかに伝わってくる。総歌数1300首近く秀作名唱を数多含む紫禁和歌草は建暦元年(1211)で、即位翌年の14歳。この梅花詠も翌々年頃の作で、驚くべき早熟の天才、と。

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February 22, 2006

谷に残るこぞの雪げの‥‥

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Information<2006 市岡高校OB美術展>
2/19 Sun~2/25 Sat 於/現代画廊・現代クラフトギャラリー

-今日の独言- H.ホルン振付「ラーケンハル」を観て

 ドイツ・ダンスの新しい世代という触れ込みで、アルティ・ブヨウ・フェスの特別公演があった。ご招待いただけるというので折角の機会と観に出かけた。出演のフォルクヴァンク・ダンススタジオというカンパニーは何度も来日しているあのビナ・バウシェも’99年から芸術監督を務めるというチーム。
作品「ラーケンハル」とは織物倉庫の意味だそうな。ベルギーのフランドル地方といえば、ネロとパトラッシュの物語でお馴染みのフランダースの犬の舞台となったところだが、中世ヨーロッパでは織物業を中心に栄えた商業的先進地域であった。フランドル楽派と呼ばれるルネッサンス音楽を輩出するという時代を劃した伝統ある文化圏でもあったが、17世紀以降、近代国家化していく時代の波に翻弄され、ヨーロッパ各国の紛争のなかで支配と弾圧の蹂躙を受けつづけてきた。作品の主題とするところは、いわばフランドル地方のこういった歴史であり、この地域に生きつづけてきた人々のアイデンティティというべきか。

 上演時間は60分余り、巧みな構成は長過ぎるとも重過ぎるとも感じさせはしなかった。印象を一言でいえば、1920年代、30年代のドイツ表現主義、その良質な世界を鑑賞したという感覚。もちろんダンス・テクニックは現代の先端的な意匠が随処に散りばめられているのだが、シーンの割付や展開とその演出意図、その構成主義的ありようは、L.ラバンやM.ヴィグマンを輩出したドイツ表現主義とよく響きあっているのではないかと思われるのだ。私がダンスシーンに要請したい、各場面のなかで動きそのものの造形力がどんどん増幅し膨張していくという、そんな表現世界の創出には遠かったとしかいえない。私の勝手な造語で恐縮だが「レーゼドラマ・スケッチ」としての各場面がA.B.Cと連ねられていくだけだ。むろんそこにはドラマトゥルギィはあるのだが、劇的世界は舞踊の論理とはまた別次のことであり、その観点からの評価は舞踊の批評として対象の埒外にあるべき、というのが私のスタンスだ。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-12>
 谷に残る去年(こぞ)の雪げの古巣出て声よりかすむ春のうぐいす
                                    後鳥羽院

後鳥羽院御集、正治二年第二度御百首、鶯。
邦雄曰く、百首ことごとく青春二十歳の華。第四句「声よりかすむ」の水際立った秀句表現にも、怖いものなしの気負いが窺える。「梅が枝の梢をこむる霞よりこぼれて匂ふ鶯のこゑ」がこの歌に続き、同じく第四句が見せ所だ。言葉の華咲き競う13世紀劈頭の、爛漫の春を予告する帝王の、爽やかな歌、と。

 雪の上に照れる月夜に梅の花折りて贈らむ愛(ほ)しき児もがも
                                    大伴家持

万葉集、巻十八、宴席に雪月梅花を詠む歌一首。
邦雄曰く、酒席の趣向に即して創り上げた歌だから、雪月花に愛しい子まで添え、至れり尽くせりの結構づくめだ。祝儀を含めた挨拶の歌としてはまことにめでたい。花が梅ゆえに三者純白で統一され、さらに清麗な眺めとなった。古今集の物名歌と共通する一種の言語遊戯ながら、作者の詩魂を反映して格調は高い、と。

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February 21, 2006

春の夜のかぎりなるべしあひにあひて‥‥

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Information<2006 市岡高校OB美術展>
2/19 Sun~2/25 Sat 於/現代画廊・現代クラフトギャラリー

-今日の独言- 私の作業仮説

 これを書きつつあるいま、私の横では連れ合いが筑前琵琶の弾き語りを一心にしている。近く一門の年に一度のおさらい会ともいうべき公演が迫っているからだ。手は五弦を弾きつつ、その節にのせて語りの世界を表出する伝承芸能の琵琶は、その手も声も師匠の口移し口真似に終始してその芸は伝えられてゆく。

 芸術や芸能における方法論や技法を継承するということは、一般的には、その内懐に深く入り込んで、その内包するものすべてを洩らさず写し取るようにして為されるべきだろう。師資相承とか相伝とかいうものはそういう世界といえる。
だが、もう一つの道があるようにも思う。その懐から脱け出して、対抗論理を得て、その作業仮設のもとに為しうる場合もあるのではないか、ということだ。
このような営為は、ある意味では弁証法的な方法論に通じるのかもしれない。

 私が主宰する四方館では身体表現を基軸としており、それはもっぱらImprovisation-即興-をベースにしていることは先刻ご承知の向きもあろうかと思うが、その作業仮説について簡単に触れておきたい。
一言でいうならば、私がめざす即興表現の地平は蕉風俳諧の「連句」の如きありようにある。
この動機となる根拠を与えてくれたのは、もうずいぶん昔のことだが、安東次男氏の「芭蕉七部集評釈」という著書に偶々めぐりあったことから発している。
連句による「歌仙」を巻くには「連衆」という同好仲間が一堂に会して「座」を組む。その場合、たった二人の場合もあれば、五人、六人となる場合もある。実際、「猿蓑」などに代表される芭蕉七部集では二人から六人で座を組み歌仙が巻かれている。
さしあたり連衆の人数はどうあれ、発句の五七五に始まり、七七と脇句が打ち添えられ、第三句の五七五は相伴の位とされ、転調・変化をはかる、というように打ち連ね、初の折を表六句と裏十二句の十八句、名残りの折ともいわれる二の折は表十二句と裏六句の十八句、計三十六句で成り立つのが「歌仙」の形式で、四つの折からなる百韻連歌・連句の略式ということになる。
約束事はいくつかある。月の句は名残の裏を除く各折の表・裏に一つずつ計三句とされ、花の句は各折の裏に一つずつ計二句とされる。さらには春や秋の句は各々三句以上続け五句までとし、それに対して夏や冬の句は三句を限りとする、などである。
ざっとこのようにして、座に集った連衆が発句に始まり、丁々発止と即吟にて句を付け合い連ねて歌仙を巻くのだが、我々のImprovisation-即興による身体表象が表現世界として成り立つとすれば、この連句作法にも似た営為のうちにあるのではないか、連歌や連句の歌仙を成り立たしめる技法は我々の即興世界の方法論として換骨奪胎しうるのではないか、というのが私の作業仮説の出発点だったということである。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-11>
 春の夜のかぎりなるべしあひにあひて月もおぼろに梅もかをれる
                                   木下長嘯子

挙白集、春、月前梅。
あひにあひて-合ひの強調用法、ぴったり合うこと、嵌まること。
邦雄曰く、春夜は梅に月、これを極限の美と見る宣言する。安土桃山末期に現れた突然変異的歌人長嘯子は若狭小浜の領主で、秀吉の北政所の甥にあたる武人であった。30歳頃世を捨てて京の東山あたりに隠棲、文に生きる。京極為兼や正徹に私淑した歌風は新鮮奔放、と。

 有明の月は涙にくもれども見し世に似たる梅が香ぞする
                                 後鳥羽院下野

新勅撰集、雑一、題知らず。
見し世に似たる-嘗ての在りし世、最愛の人と過したあの時にも似て、ほどの意か。
邦雄曰く、人生のとある春の日を回想して、消え残る月は涙にうるむ。「見し世」とは簡潔で底知れぬ深みを覗かせる歌語だ。後鳥羽院側近の筆頭、源家長の妻である下野は、歌才夫を凌ぎ、院遠島の後も歌合に詠草を奉った。「梅が香」は彼女の最良の歌の一つであろう、と。

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February 20, 2006

難波潟まだうら若き葦の葉を‥‥

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Information<2006 市岡高校OB美術展>
2/19 Sun~2/25 Sat 於/現代画廊・現代クラフトギャラリー

-今日の独言- 承前「市岡OB美術展」-梶野さんあれこれ

昨日はいつもの稽古のあと、夕刻近くになってから現代画廊へ行って、一日遅れの出品設営をした。会場には梶野さんはじめ、世話役の板井君(19期)他、馴染みの数名のOB諸君が居た。
そういえば過日、復活成った新創美展が京都市立美術館で開かれると案内を貰っていたのに、とうとう行けずじまいだったが、梶野さんの談によれば、会員も多勢集まりかなりの盛況だったらしい。
美術教師だった梶野さんは、昭和32年(1957)から58年(1983)まで市岡に在職していたというから、10期生から34期生あたりまでが、市岡の同じ空気のうちに同衾?していたことになる。
梶野さんの初担任が私のクラスで、しかもこちらは新入生だったから、私の市岡時代は彼流の放任主義が良くも悪くも大きく影を落とすことになる。ご念のいったことで2年まで梶野担任となったから、お蔭でずいぶん自由に振る舞わせていただいたし、懐かしい思い出はこの二年間に濃密に凝縮している。
梶野さんの父君が京都大学の著名な美学教授だったことを知ったのは、神澤さんに連れられて京都の下町にひつそりと佇むその父君宅へお邪魔したときだった。同じく京大教授だった井島勉の「美学」という小冊子を読みかじっていた頃だったろうか。遅まきながら近頃になって、梶野家が中世期より京の都で代々つづいた絵師だったか芸能の職能家系だったことを私に教えてくれたのは、博覧強記の谷田君(17期)だ。
私の手許にいまも残る、昭和37年(1967)2月の、神沢和夫第1回創作舞踊リサイタルの公演パンフは、梶野さんのデザインだ。彼曰く「あれは名作だ」と今でも自賛する自信作だが、たしかに当時の観念的抽象世界だった神沢作品によく沿いえた、と私にも思えるレイアウトだ。
神澤さんと梶野さん、市岡教員時代の先輩後輩だった二人のあいだには、当時、兄弟にも似た奇妙な友情が交錯し、惹き合うがゆえにまた反撥もし合う、そんな出来事がいろいろあっただろうし、二人のあいだの糸は、神沢さんと私のあいだに結ばれた糸とも縒れ合って、縺れた糸のつくるその模様は迷宮化つつもいつまでも風化することのない心象風景だ。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-10>
 難波潟まだうら若き葦の葉をいつかは舟の分けわびなし  藤原良経

秋篠月清集、十題百首、草部十首。
難波潟-摂津の国の歌枕、淀川河口をさす。
邦雄曰く、今はまだ幼い白緑の葦、初夏ともなれば茂りに茂り、人の丈を越え、淀川の舟も視界を遮られて、分け入り分け出るのに難渋するだろう、と未来の光景を幻に視る。「いつかは」には、春の三ヶ月、その歳月の彼方を思う溜息が籠る、と。

 君がため山田の沢に恵具採むと雪消の水に裳の裾濡れぬ
                                    作者不詳

万葉集、巻十、春の雑歌、雪を詠む。
恵具採(えぐつ)む-恵具はクワイのことでクログワイとされる。 雪消(ゆきげ)の水-雪解けの水。
邦雄曰く、黒慈姑(クロクワイ)を採りに、裾をからげて、氷雪をさりさりと踏んで沢に下りる人の、熱い息吹が伝わってくる。平安期の宮中行事となった若菜摘みより、万葉の鄙びた心尽しが新鮮で、生き生きと訴えてくる、と。

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February 19, 2006

雪のうちに春は来にけり‥‥

IchiokaOB2006

Information<2006 市岡高校OB美術展>
2/19 Sun~2/25 Sat 於/現代画廊・現代クラフトギャラリー

-今日の独言- 市岡のOB美術展

 ‘98年、辻正宏一周忌の追悼企画からはじまった市岡高校OB美術展も、回を重ねて今年は8回目となるのだろうか。
とっくに人生の折り返しを過ぎたこの身には、年月は坂道を転がるごとく過ぎ去ってゆく。
彼の面影がちらりと脳裡をかすめば、途端に40年余りをスリップして、市岡時代のあれやこれやが甦ってくる。私の市岡とは、なによりも彼と出会った市岡であり、彼の存在がなければ、私の市岡は文字どおり高校時代の三年間を、卒業と同時に一冊のアルバムとして思い出の扉の内にあるがままだったろう。
彼の存在ゆえに私の市岡は、その扉も開け放たれたままに、折りにつけては40年余を一気に駆け戻り、踵を返してまた立ち戻る。思えばこの一年だって、そんな往還を何度したことか。
辻よ、君への追悼の集まりからはじまったこのOB展も、今はもうその俤もほとんどないにひとしい。この会はすでに何年も前から新しい歩みをはじめているが、それはそれでいいのだろうと思う。
けれど、だれかれと私が繋がっている部分、其処はやはり私の市岡そのままに、君はなお生きつづけている。
辻よ、私も去年につづいて、Video-Libraryを出すよ。なんでもありの市岡流だ。まあ、むろん梶野さん流でもある。でもこの参加の仕方も二度までだな。三度目はキツイだろうな、そう思うよ。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-9>
 春風に下ゆく波のかず見えて残るともなき薄氷かな  藤原家隆

六百番歌合、春、春氷。
歌意は、春風が吹く頃ともなれば、氷の張った下を流れてゆく水にさざ波が立つ――その数が透けて見えるほどに、もうほとんど残っているともない薄氷よ。先例類歌に藤原俊成の「石ばしる水のしらたまかず見えて清滝川にすめる月かな」千載集所収がある。
邦雄曰く、玻璃状の氷、その一重下を奔る水流の透観。12世紀末、新古今成立前夜の、冴えわたった技巧の一典型、と。

 雪のうちに春は来にけり鶯の凍れる涙いまや溶くらむ  藤原高子

古今集、春上、二条の后の春のはじめの御歌。
承和9年(842)-延喜10年(910)、藤原冬嗣二男権中納言長良の息女、摂政良房の姪にあたる。9歳下の清和天皇の女御となり、貞明親王(後の陽成天皇)以下三人の子をなす。晩年、東光寺座主善祐との密通を理由に皇太后を廃されるという事件が伝えられる。また、「伊勢物語」によって流布された業平との恋物語もよく知られる。
邦雄曰く、「鶯の凍れる涙」とは、作者高子の運命を暗示する。業平との恋を隔てられて清和帝の後宮に入り、悲劇の帝陽成院を生み、盛りを過ぎてから東光寺僧との密通の廉で后位剥奪、宮中を追われる、というこの悲運の主人公の作と思えば、一首の鋭い響きは、肺腑を刺す。「いまや溶くらむ」と歌ったが、彼女の魂は生涯氷のままであったか、と。

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February 18, 2006

薄き濃き野べのみどりの若草に‥‥

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-今日の独言-  芭蕉と一茶

 和歌には本歌取りがあるが、俳句の場合も本歌取りに似て、先達の句の俤に発想を得て、寄り添いつつも転じるというか、趣向を変えてその人なりの新味を出している。
一茶について加藤楸邨の「一茶秀句」を読んでいると、芭蕉の句を本歌取りしている場合によく出くわして、その換骨奪胎ともいうべきか、芭蕉と一茶の対照がおもしろい。
眼につくままにその書よりいくつか挙げてみる。

  この道を人声帰る秋の暮  芭蕉
  また一人かけぬかれけり秋の暮  一茶

  夏衣いまだ虱をとりつくさず  芭蕉
  蓮の花虱を捨つるばかりなり  一茶

  まづたのむ椎の木もあり夏木立  芭蕉
  門の木もまづつつがなし夕涼み  一茶

  雲の峯いくつ崩れて月の山  芭蕉
  雲の峯見越し見越して安蘇煙  一茶

  藻にすだく白魚や取らば消えぬべき  芭蕉
  白魚の白きが中に青藻かな  一茶

  しほらしき名や小松吹く萩すすき  芭蕉
  手のとどく松に入り日や花すすき  一茶

  鞍壷に小坊主乗るや大根引き  芭蕉
  鞍壷にくくしつけたる雛(ひひな)かな  一茶

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-8>
 薄き濃き野べのみどりの若草に跡まで見ゆる雪のむら消え  宮内卿

新古今集、春上、千五百番歌合に、春歌。
邦雄曰く、増鏡の「おどろの下」には、千五百番歌合にこの歌を引っ提げて登場する天才少女と、彼女の発見者後鳥羽院の感動的な挿話が見える。薄墨と雪白と白緑の、六曲二双一架の大屏風絵の如く。微妙で大胆な着目と修辞は「若草の宮内卿」の呼称さえ生む、と。

 天の原あかねさし出づる光にはいづれの沼か冴え残るべき
                                    菅原道真

新古今集、雑下、日。
邦雄曰く、春到り、凍て返っていた沼がやがて解け初め緑の浮草を漂わす。あまねき陽光の下、氷を張りつめたままである筈があろうかと強い反語で問いかけるのは、太宰府へ左遷されて、なお宇多法皇の寵を頼む道真。氷はついに解けず、配所で失意のまま病死する。時に延喜3年(903)春2月。新古今集の雑歌下は、巻頭から続いて12首、道真の哀訴の歌で占められる、と。

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February 16, 2006

握りしめる手に手のあかぎれ

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ALTI BUYOH FESTIVAL 2006 in Kyoto <辛口評-3>

-第3夜- 2/12 Sun 
◇The Wheel of Life -small tales,inspired by “ZEN”
                 -25分    -Oginos&CORE-兵庫
  構成・演出・振付・音楽・照明Plan:荻野祐史
  出演:鈴木桂 東良沙恵 上川未友 窪田郁音 平屋江梨 
      亀坂祐美子 西香澄
Message “The Wheel of Life” 2006公演予定
      2月 DancePartDigest版 at 兵庫県立芸術文化センター
      2月 shortVersion初演 at 京都府立府民ホール
      8月 Full Length, World Premiere in UK
      12月 Video Installation in Germany

<寸評> 作品のタイトルを「輪廻転生」と解すればよいのかどうかは作者に確認したわけではないので判らない。専門は数学だという作者の、バレエのポジョショニングを基礎に、モダンテクニックで身体の分節化を為し、ラバン・コノテーションを架橋するという、自身の観念上に描かれた方法論が、現実の舞台から見えた印象をできうる限り深読みするにしても、舞踊における可能態としてありうるかどうかは今のところ不明としかいいようがない。
 中学二年生(14歳か)を最年長とする少女たちのユニセックスな身体が、一定の抑制を働かせつつ現前される動きに、ある種の観念の欠片のごときものを感じうるとしても、その体内に深く潜む生命の炎は、鋼鉄の器のなかの燠火のように、固く閉ざされたままだ。’60年前後の多場面形式の報告劇を想い出させるような、短い場面が一節ごとにピリオドを打たれ、点々と繋がれていく構成は、観念の数珠繋ぎにも似ていようか。
 カンパニー結成から10年を経るというに、踊り手たちが未だ少女のままだというのも解せないけれど、やがて彼女たちが否応もなく大人の女としての性的身体を具えてきた時に、彼女らの体内に潜む燠火は、この観念上の方法論を喰い破ってまで、見事な灰神楽を巻き起こすのだろうか。それとも一人ひとりただ静かにその場を立ち去ってゆくのだろうか。

◇ここはわたしの家
                    -18分    -河合美智子-兵庫
  振付:河合美智子
  出演:宮澤由紀子 長井久恵 井上朝美 林かつら 佐野和子
      藤原慶子 河合美智子
Message 緑の草原を、赤に塗ったのは誰
     広い大地を、悲しみに塗ったのは誰
     強い風が、恐れと怒りを運んで
     そして明日を奪っていった

<寸評> この振付者は、動きのcompositionにおいては達者な人と見受ける。多要素を孕みつつ群の動きが2分30秒ほどだが、増幅させつつ展開されていたのは、収穫としたい。
 動きそのもので物が考えられることは、昨今の舞踊現象においては貴重なことだと思う。ところが、振付者自身にはどうやらその自覚はあまりないらしく、観念でイメージを喚起し、盛り沢山にイメージのコラージュを創っていこうとしている。上演18分のうちに12、3、或はそれ以上のシークエンスがあったのではないか。したがって此方は、観念のではなく、動きのイメージの数珠繋ぎとなる。
 達者な、動きのcompositionが、その造形力というか形成力というか、それらにおいてcontinuity-連続性-を獲得し、自身にとって未知の表現領域に歩み出されんことを、期待したい。

◇Sound of Sand    
           -23分   -a-core-dance arts-ニューヨーク
  構成・演出:Ayako Kurakake Yoko Heitami
  振付:Ayako Kurakake Iratxe Ansa Santesteban
  出演:Nohomi Barriuso Iratxe Ansa Santesteban 
      安東真理子 渡辺由美
Message  a-core-dance artsはニューヨークを拠点とするコラボレーション・ダンス・カンパニー。今回のコラボレーションはIratxe Ansa Santesteban、リオン・オペラ・バレエ、ナチョ・デュアート・カンパニーなどで、ダンサーとしてヨーロッパを中心に活躍中。この時代にこそ見つめなおしたミドルイーストの女性を共通テーマとした、彼女との共演となる。ダンサーは彼女のソロ作品も含め、ニューヨークよりNohomi Barriuso、東京より安東真理子・渡辺由美を招いている。

<寸評> ニューヨークからという遠来の、男性舞踊手も女性舞踊手も、よく鍛えこまれた肉体の魅力をいかんなく発揮していたし、それを讃美する客席の拍手も他を圧していた。
 構成は、東京からという女性二人のcontemporary・Danceをあいだに挟んで、男性のsoloと女性のsoloの三景。そのあいだの場面はいささか冗漫に流れた。異心同体か同心異体かは知らぬが、観念的イメージ先行のperformanceで既視感に満ちたものだ。
 さて私は、鍛えこまれた肉体の魅力、と書いた。鍛えこまれた肉体による動きの魅力とは、また少し異なるのではないかというのが、私の問題意識だ。彼らのPerformanceを肉体のダィナミズムと賞することはできても、動きのダィナミズムと賞するべきか、この点において疑問を呈しておきたい。肉体のダイナミズムと動きのそれと、その位相のズレは一見微妙な問題のようだが、彼我の隔たりは意外に大きく深いものだと、私などには思えるのだが‥‥。

◇PLANTATION
               -25分   -浜口慶子舞踊研究所-大阪
  構成・演出・振付:浜口慶子 衣装:伊東義輝
  出演:井下秀子 平山佳子 高島明子 森本裕子 石井与志子 
      中島友紀子 伊東卓家 デカルコ・マリー 中西朔
Message ~異界ざわめく
     道祖の神 わざや いかに~

<寸評> プロローグ冒頭の数十秒間は、即ち妖怪変化か魑魅魍魎か、彼ら一群の物の怪たちが姿をあらわす登場シーンは、奇抜な衣裳の効果もあってなかなかに魅力的だった。ところが群の動きが展開していくに及んで、その新鮮な驚きは掻き消されていく。
 昔からよく知るこの人の振付は、元来、あまりリズミカルなものではない。長所と欠点は裏腹なもので、かなり難しいことではあるが、群によるノン・リズミカルな動きの連鎖が、時に功を奏して、スケールの大きい表現を生み出すことがある。嘗て、そういえる作品をモノしたこともある作家だが、一昨年と今回、どちらもその地点からは遠く隔たっているのは寂しい。
 昨秋、一心寺シアターで演じられた作品を、時間制限のなかでコンパクトにまとめ変えたものというが、そのあたり整理の仕方も荒っぽいというか、大布を使った物の怪たちの大親分(文字通り大きかった)?の登場もアイデア倒れだろう。一群の物の怪たちの動きもまた精彩を欠いたものとしか映らなかったのは、再演に際して、新しく表象への課題を見出せないままに本番を迎えた所為かなどと思われるが、だとすればベテランの踊り手たちを多勢擁するチームらしくない後退ぶりだ。

◇フェルメール「眠る女」より-夢の中-
             25分?-佐々木敏恵テアトル・ド・バレエ-京都
  作・演出:前原和比古 振付:佐々木敏恵 
    バレエマスター:永井康孝 美術:大谷みどり
  出演:三浦美佐 水野英俊 永井康孝 浅田千穂 西村まり
Message 画家フェルメールの「眠る女」は興味深い。中央でうたた寝をしている女の有様は言うまでもなく、テーブルのワイングラスや布、奥の間に続く扉や光の情景など、見て楽しむには有り余る情報量だ。中でも、壁に掛かっている絵に描かれている(目を凝らしてみなければならないが)仮面の存在は非常に示唆的であり、作者の創作意図を空想するには格好の材料だ。今回のバレエ「夢の中」は、この偽りの寓意とされている仮面をヒントにして女の眠りの中に入り込んでみた。はたして聖女の見ている夢とは‥‥。

<寸評> Messageにあるように創作バレエの小品。画家と肖像画モデルの貴婦人、そして大きな絵の額縁の中に夏の夜の夢の妖精パックのごとき仮面をつけた男性と女性二人を配し、この道化たちが絡ん繰りなす男と女のコミカルな夢の中の物語。
 プロローグというより冒頭、一瞬だけ照らし出された、出演者紹介的なワンショットは洒落た演出。すべては貴婦人の夢の中の出来事か、はたまた画家もまた同時に見る夢の交錯か、単純なストーリィにみえて作者の仕掛けは意外にアイロニーたっぷりで複雑な心理劇ともみえる。
 その作者の仕掛けのなか、貴婦人と画家の動きも含めた表情性の、あまり豊かとはいえないこと、とりわけ画家役の踊り手からは、あまりうだつのあがらぬ朴訥を絵に描いたようなキャラクターしか見えてこず、演出が徹底されず曖昧なままに推移する。妖精パックよろしき仮面の男性の狂言廻しぶりだけが際立ち、客席の笑いを誘う。
 画家役の白いシャツとベージュのズボンというまことに地味な衣裳も、作・演出の深謀遠慮あってのことと思われるが、どうやらその狙いは空振りに終ったようで、客席まで届かない。後半繰り返しにも見えて長く感じてしまったのは、貴婦人と画家、この踊り手たちの芸質に、演出の狙いを咀嚼し表象しうる土壌の乏しきが所為だろう。

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February 15, 2006

石ばしる垂水の上のさ蕨の‥‥

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-今日の独言- 脳内汚染

 丁度1ヶ月前、大いに惹かれる書評を読んだ。毎日新聞1/15付「今週の本棚」、鹿島茂氏評の「脳内汚染」。
著者岡田尊司は精神科医だが、医療少年院勤務というから、多発する少年犯罪の苛酷な実態をまさに丸ごと受け止めている存在といえようか。
評者は本書について「日本が直面している社会現象、すなわち、キレやすい子供、不登校、学級崩壊、引きこもり、家庭内暴力、突発的殺人、動物虐待、大人の幼児化、ロリコンなど反社会的変態性欲者の増大、オタク、ニートなどあらゆるネガティヴな現象を作りだした犯人が誰であるかをかなりの精度で突き止めたと信じる」と説いている。
ではその犯人探しの元凶はといえば、コンピューター・ゲームとインターネット、とりわけネット・ゲームとなる。
これらのゲームは「脳内汚染」を進行させる元凶そのもの、というのが本書の結論だ。
ゲームをしていると脳内にドーパミンが大量に放出されて快感が引き起こされ、麻薬と同じような効果がもたらされる。つまりは、やめたくてもやめられなくなる。
本書によれば「毎日長時間にわたってゲームをすることは、麻薬や覚醒剤などへの依存、ギャンブル依存と変わらない依存を生む」のであり、ゲームはLSDやマリファナと同じような、それ以上に危険かもしれない麻薬的な作用を持つ「映像ドラッグ」だという訳である。
さらに戦慄すべきことは、「ゲーム漬けになった脳は薬物中毒の脳と同じように破壊され、元には戻らなくなる」というから、この警鐘の書が広く読まれなければならないと評者は熱くなるほどに記しているのも大いに肯ける話だ。

今月の購入本
 岡田尊司「脳内汚染」文藝春秋
 鴨下信一「誰も「戦後」を覚えていない」文春新書
 A・マアルーフ「アラブが見た十字軍」ちくま学芸文庫
 堀口大学「月下の一群」講談社文芸文庫
 塚本邦雄「世紀末の花伝書」文藝春秋

図書館から借本
 鹿嶋敬「雇用破壊-非正社員という生き方」岩波書店

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-7>
 石ばしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になるにけるかも
                                  志貴皇子

万葉集、巻八、春の雑歌、よろこびの御歌一首。
生年未詳~霊亀2年(716)、天武天皇第7皇子、子に白壁王(光仁天皇)、湯原王など。名は芝基・施基・志紀とも表記されるが、万葉集では志貴に統一されている。万葉集に6首のみだが、いずれも秀歌として評され、万葉を代表する歌人の一人。
石(いは)ばしる垂水-岩にほとばしる滝、流れ落ちる水。
邦雄曰く、春の雑歌の巻頭第一首として聞こえる。草木の萌え出る嬉しさに、人生の春のときめくさえ感じられるのは、しぶきを上げる滝水の光と蕨の淡緑の、柔毛(にこげ)に包まれた芽がありありと浮かんでくるゆえであろう。作者代表歌の一つ。簡潔で意を盡した作風、と。

 粟津野の末黒の薄つのぐめば冬たちなづむ駒ぞいばゆる  静圓

後拾遺集、春上、春駒を詠める。
生没年未詳、11世紀の人、権僧正静圓、伝詳らかならず。
邦雄曰く、近江の粟津野も野火のあとにススキが芽吹く。春野の駒は季節の到来を告げていななく。この春駒の歌を詠んだ時、素性法師が幻に立ち現れ、「いみじくも好もしく感心に堪へず」と賞したという伝説がある、と。

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February 14, 2006

御飯のうまさほろほろこぼれ

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ALTI BUYOH FESTIVAL 2006 in Kyoto <辛口評-2>

-第2夜- 2/11 Sat 
◇片むすび-幽色の気配-      -23分
                     Idumi Dance Company-大阪
   作・構成・振付:山田いづみ 演出:西村文晴 音楽:梅木陽子
   出演:山田いづみ 梅木陽子
Message
 片むすびはグッバイの結びです。片方の紐を引くだけですぐ解ける。人の縁の結びも片方だけでおさらば出来れば、この世の中の半分の悩みは消えて無くなる。片むすびは小気味いい結びです。
 幽は心の底に誰しもが持っている気配の事です。人の心の絡み合いで疲れ果てた人の心に、ふと湧き上がる気配です。色という字は男と女の絡み合う姿を象形化した文字らしく、艶っぽいものです。-以下略-

<寸評> この舞い手と演奏者のコンビによるセッションはもう幾たび為されてきたのだろう。お互いに刺戟しあえる良い関係が続いてきたであろうことを窺がわせる舞台であったことは善しとしたい。
 屏風を9張使って舞台に配置、空間を限定した。無論、舞台機構を利用した段差の変化もあるが、それらによって動きはほとんど平行移動することとなった。
冒頭、下手寄りに配した演奏者の背後から、ゆっくり身を起こして現れる趣向は、演出として成功したが、見るべきはその前後4、5分のあたりまで、演奏者をもう一人の演者の位置にまで高めてしまった演出は、そのこと自体否定されるものではないが、男声と女声を畳みかけるように使い分けた、なかなか見事なVoice-Controlの表現力に、舞い手としての演者は脇方へと化してしまった。
 今日のこの演出を経て、舞い手・山田いづみは、自らをあらためてシテ方へと返り咲かせるべき方途を探り出さなければならない。

◇タバコ-TOBACCO     -25分
              Lee Hwa-Seok DANCE PROJECT-韓国
   構成・振付:Lee Hwa-Seok (大邱芸術大学教授) 
   演出:Mun Chi-Bin
   出演:Seo Seung-Hyo 他13名
Message 振付中心のダンスだけではなく、Balletを基本としてJazz、演劇的で、マイム的な要素も盛り込みながら21世紀に先立つDANCE COMPANYを目指す。今回の作品は現代に生きる人々の葛藤、そして現代社会の不条理を「Tobacco Story」に通して表現し、観客と共に考えたい。

<寸評> 大きいソファを使って群像を配する演出は80年代のダンスシーンでよく用いられた。Tobacco-喫煙行為-を象徴化し、現代文明の頽廃や病巣を浮かび上がらせようという演出の狙いは一応成功しているだろう。赤いヒールはブランドや高級品志向に走らされる大衆の、憧れのモノそのものの象徴だ。
 客席の反応は総じて良く成功した舞台といえるが、私などにはいずれの演出にも既視感がつきまとう。寺山修辞的世界の断片を垣間見るような場面もあったし、やはり80年代ダンスシーンのコラージュ的作品という印象から抜け切れない。

◇見えないつながり        -17分
                    木方今日子ダンスアート空間-岐阜
   構成・演出・振付:木方今日子
   出演:福田晴美 岩田純子 近藤千鶴 横山小百里 木方要
Message 希薄になってしまった人の心
      いつの間にか誰もいなくなってしまった

<寸評> 一言でいえば、かなり未成熟なダンス・コンポジションといった作品。
 舞台にはトラック競技のように白線が平行に何本か走っている。格差社会化が進む日本、その競争レースを勝ち抜こうと、挫折しかかったりなどギクシャクしながらも懸命に走りぬく、悲惨ともいうべき群像を描こうという狙いか。終幕、コース分けされた白線は、演者たちが白のガムテープで走るように床に貼り付けて、倍加される。いくら懸命に走っても、彼らの努力や精進には関係なく、さらに競争は激化したという訳だ。
 女子5名による構成だが、その動きは総じて音との相性もよくない。先述のような設定だから、動きはどこまでも、上手から下手への平行移動が主体となる。一度はそれを崩して波乱を招くような演出が必要だろうがそれもない。
 みんな共通に、衣裳の背中に貼り付けられた大きな×印は、お前たちは落ちこぼれだと社会から断を下されたサインらしいが、この演出もまったくいただけない。

◇砂時計                 -18分
                             うまさきせつこ-兵庫
   構成・演出・振付:うまさきせつこ 映像制作:界外純一
   出演:安藤あい 木村佳江 うまさきせつこ
Message
 砂のように時は流れ、風のように過ぎ去ってゆく。人の魂は時の集合体である。
 流れ過ぎ行く時にまつわる様々な想いを吸収し、魂は肉体を変えて生き続け膨らんでゆく。
 私は一粒の砂に過ぎず、時の流れに溶け込んで行くが、与ええ合い、影響しあう魂として小さな時をつくる。

<寸評> プロローグは舞台天井から糸のように果てしなく落下する砂が一条の光に照らし出されて幻想的な効果。砂時計に託された「時間の呪縛のうちにしか生きえぬ人としての存在」を表象する。
後半の中ほど、起承転結の転とみられる場面は映像を駆使。まず実際の砂時計が映し出され、ボール遊びをするまだ幼い女の子の黒いシルエットと重なり、やがては踊り手本人の現在の踊る姿へと変わり、映像のなかの動きと、同じ動きが踊り手によってなされ同時進行する。これもまた印象度は強く、作者の狙い通りの意味形成を為している。
 指摘しておかなければならない課題は、演出的に成功したプロローグから転の場面に至るまでの、ダンスシーンの形成力がまだかなり弱いという点だ。ダンスとは異なる表象でプロローグや転に値する場面づくりが印象度を強まれば強まるほど、それに拮抗しうるダンスシーンをもって対抗できなければならない、それがダンスを表現主体とすることを選び取った者の本来果たすべき仕事だと覚悟するべきだ。
本来あるべき研鑽を期待したい。

◇Ruby ~Memorial       -21分
                  舞うDance~Heidi S.Durning-京都
   構成・演出・振付:Heidi S.Durning
   音楽作曲:Jean-Francois Laporte
   出演:Heidi S.Durning
Message 大地と母への思い
       自然と命へささげる舞

<寸評> スイス人の父と日本人の母の間に生まれたという彼女は日本で育ったらしく、藤間流日舞の名取でもあり、現在京都精華大の教員を務める国際的に活躍するダンサーでもあるようだ。
作品は阪神大震災の犠牲者たちに捧げられたのレクイエム、それは母への祈りでもあるという。
白い打掛を羽織りその下には赤い襦袢が覗く。動きはどこまでも静、それとコントラストをなすように機械音と旋律がミキシングされた音世界は重く激しい。それは自然を破壊してやまない傲慢なまでの現代文明を表象してでもいるかのようだ。その音の支配下のなかで、舞い手はひたすら祈りを捧げているかのごとくどこまでも静かに動く。何かが起こるわけでもない、祈りの儀式にも似た世界。
 ひとつ大きな異和を感じぜざるを得なかったのは、冒頭近く、羽織っていた打掛を静かに床にひろげ、佇立しつつそれをしばし見つめたあと、あくまでそっとだがその打掛のうえに足を運び、両足で立ったことだ。それからは静かに安らぐかのように仰向けに寝たのだが、この打掛に足を乗せて立つという行為は、祈りの舞であればこそ、いくら虚構の表象世界としても許される所作ではないだろう。もし許容できうるとすれば、唯一、舞い手自身が神の御手に委ね捧げられた生贄としての身体、即ち生の否定としてある場合のみではないか。その視点からこの舞を観るとき、舞い手のありようはどこかギリシア的女神にも似ておおらかに過ぎ、神と人との境界を曖昧なままに揺れ動いているように見えるのだ。

◇Sou-Mon <相聞-Ⅲ>        -23分
                        四方館 Shihohkan-大阪
   構成:林田鉄 演奏:杉谷昌彦 衣裳:法月紀江
   出演:小嶺由貴 末永純子
Message
 われわれにとっての主題とは、身体的表象が<舞踊>へと転移しうる
 その発生の根拠をひたすら尋ねゆく螺旋様の道行きにすぎない。
 -定家恋歌三首-
    散らば散れ露分けゆかむ萩原や濡れてののちの花の形見に
    かきやりしその黒髪のすぢごとにうちふす程はおも影ぞ立つ
    年も経ぬいのるちぎりははつせ山尾上のかねのよその夕ぐれ

<後口上> 自分たちが出品した作品を自ら評する訳にもいかないから、前口上ならぬ後口上として若干記しておくことにする。
 After-Talkでも触れたが、私は20年この方、Improvisation-即興-をもって作品として提出するを旨としてきた。その拠って立つ作業仮設は、一言でいえば、蕉風俳諧の「連句的手法」にある。私はこのことを安東次男氏の著書「芭蕉七部集」で学んだ。といっても私は詩人でもなく句作人でもない。ただ一介の動きでものを考える者にすぎないから、連歌や連句にあるように、座における蓮衆が丁々発止と即吟し一巻を成すありようを、身体の表象をもって為す表現世界へと換骨奪胎したいだけだ。
 私の師・神澤和夫は、邦正美に啓示を受け、M.ヴィグマン、L.ラバンへと深く回帰し、余人を許さぬ舞踊の世界を現出せしめた。少なくとも私はそう確信している。いわば私にとって神澤和夫が示しえた世界は「正風」なのである。その正風世界を私なりに継承したいと考えたとき、どんなに遠かろうと彼の採った方法論を内懐から反芻していくのが弟子たる者の王道であろうが、彼と私は師弟でありつつも同時代を呼吸する者として、現実にはよくあることだが、哀しいかな反撥しあう力学も強く働いてきたのも事実である。私は、彼の正風を真に継承するには、むしろ独自の対抗手段をもって為すべしと思い至ったところから、この作業仮設に邁進するしかない長い旅路へと歩みはじめたのだった。
 いま、この時点で、ささやかなりとも幾許かの確信をもって、この宣を記すことのできる僥倖を、多としたいと思う。

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春の色を飛火の野守たづぬれど‥‥

051127-029-1

-今日の独言- 寒心

 どの局だったか朝のワイドショーで、バレンタインデーは煩わしく迷惑派が圧倒的に多いというアンケートを紹介していた。ホワイトデーのお返し習慣も同様に煩わしいと考えているのが大多数、と。
それでも巷ではここぞとばかり、美装されたチョコは氾濫、飛び交っている。迷惑顔をしながら溜息まじりに、幾つもの義理チョコを買い求める図を想うと、深刻な格差社会が進んでいるというのに、ファッション化されてしまった風俗習慣はまことに根強いと、妙に感心させられる。イヤ、寒心というべきか。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-6>
 春の色を飛火の野守たづぬれどふたばの若葉雪も消えあへず
                                    藤原定家

拾遺愚草、上、院初度百首。
飛火の-飛火野、大和の歌枕、古く春日野は現在よりかなり広い範囲を指し、飛火野はその一角で狭義の春日野、現在の奈良公園一帯か。野守-禁猟の野を守る番人のこと。
「春日野の飛火の野守出でて見よ今幾日(いくか)ありて若菜摘みてし」古今集・詠み人知らずの本歌取り。
邦雄曰く、後鳥羽院に初めてその抜群の歌才を認められた38歳秋の院初度百首中の早春歌。本歌に対し、雪を描いて若菜の芽のさ緑を際立たせ、「飛火」には朱を連想させて「春の色」とした。字余りの初句・結句、野守のもどかしい心を反映させていると考えれば、更に面白かろう、と。

 水籠りに蘆のわかばや萌えぬらむ玉江の沼をあさる春駒
                                    藤原清輔

千載集、春上、崇徳院に百首の歌奉りける時、春駒の歌とて詠める。
長治元年(1104)-安元3年(1177)。顕輔の次男、重家・顕昭の兄。正四位下、太皇太后宮大進。藤原俊成と並び称され、二条院の勅を受けて続詞花集を選んだが、院崩御のため勅撰集にならず。奥義抄・袋草紙など多くの歌学書。千載集以下に94首。
水籠(みごも)りに-水中に隠れて、の意。玉江-本来は美しい入江の意味だが、越前の国や摂津の国の歌枕。この場合は「三島江の玉江」のように摂津の国とされる。
邦雄曰く、早春歌であり牧も近いから、淀の玉江がふさわしい。さ緑の蘆の芽を食む若駒、蹄にかかる浅瀬の濁り、絵になる一首、と。

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February 13, 2006

ほのぼのと春こそ空に来にけらし‥‥

051127-021-1
Information-Aliti Buyoh Festival 2006-

-今日の独言- Alti Buyoh Fes. 第3夜

 昨夕の京都は少し冷え込んでいた。車を京都御所の駐車場へ入れて、外に出たら冷気に包まれ、一瞬ブルッときた。
初日は5作品、二日目は6作品、そしてこの夜は5作品。前回の一昨年もそうだったが、玉石混交の三夜。観る者を魅了してやまぬ作品があったかといえば、それほどのものは皆無。この世にそんなものは滅多と出会えるものではない。
私自身への成果はといえば、ひとつの整理がつきそうだということだが、今後に照らしてこのことは大きい節目となるのかもしれない。いや、そう願いたいものだ。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-5>
 ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たみびく  後鳥羽院

新古今集、春上、春のはじめの歌。         邦雄曰く、新古今集独選の英帝。文武両道に秀で、殊に和歌は20歳の百首詠から抜群の天才振り。人麿「ひさかたの天の香具山このゆふべ霞たなびく春立つらしも」の本歌取り。はるばるとした第二句と、潔い三句切れによって、一首は王侯の風格を具え、立春歌としても二十一代集中屈指の作であろう、と。

 春風の吹くにもまさる涙かなわが水上に氷解くらし  藤原伊尹

新古今集、恋一、正月、雨降り風吹きける日、女に遣はしける。
延長2年(924)-天禄3年(972)。右大臣帥輔の長男、貞信公忠平の孫。28歳で和歌所別当となり後撰集選進を指揮。後に摂政、太政大臣。家集を一条摂政御集という。後撰集以下に37首。
邦雄曰く、正月の恋歌。悲しい恋の涙であろうが、春風につれて溢れまさり、それは心中の源の解氷ゆえと聞けば、むしろ浮き立つような趣きもある、と。

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風のなか米もらひに行く

051127-053-1
Shihohkan HPへLink

 アルティ・ブヨウ・フェスティバルの公募公演シリーズの三日間が昨夜無事終了した。
前回2004年開催と同様に、全演目を客席から観るという苦行にも似た喜悦?を自分に課した。決して私だけではないと思うが、よほどのことがないかぎり他人の舞台には接しないものだ。
例年5日間30団体の公募選抜公演に比して、今回3日間17団体(内、韓国古典舞踊は結果的に参加できず16団体)に絞り込まれた分、全体にどうだったのかといえば、作品世界の多様性という意味では些か寂しかった感は否めないが、かといって低調に終始したわけでもない。
今回の私の寸評はやや抽象的になってしまったきらいがあるので、直接作品に接しなかった人々にとっては、なにを意味しているのか解りにくい面があるだろうが、お許し願いたい。

ALTI BUYOH FESTIVAL 2006 in Kyoto <辛口評-1>

-第1夜- 2/10 Fri 

◇二つの岸辺~カルテット・ヴァージョン~
                    -セレノグラフィカ-京都
 構成・演出・振付:隅地茉歩 衣裳:高橋あきこ
 出演:阿比留修一 指村崇 二軒谷宏美 隅地茉歩
Message
 没頭できる話題の後は、しばらく黙ることもある。
 あいづちを打ちつつ、すき間を探す。
 誰かこの次、口火を切るか。

<寸評>
 作者はコンテンポラリーであれなんであれ既視感に満ちた表象世界からいかに遠ざかりうるかを試みたいらしい。いわばコンテンポラリーの破壊、ダンスの解体作業を行なっているかのごとき世界なのだが、破壊即ち創造とはいかない。破壊は創造への必要条件ではあろうが且つ十分条件ではないことを瞑すべしか。
作者言うところの、ダンスとは無縁な日常の「動作」というフィルターをかけたところから探し出され、紡がれる「身体操作」なるものは、そのフィルターゆえに日常性のなかにあふれるノイズをそのままにそこ-表象-に持ち込むことになる。ノイズを持ち込むなというのではない、ノイズに満ちた身体操作-動き-がありうるとすれば、それをしも日常的私語レベルから非日常的私語へと宙吊りにしなければなるまい。そのように止揚しうる仕掛けは構成や演出にあるのではない。動き-身体表象-そのものに仕掛けられなければならないのだ、と私は断定しておく。

◇Cnntacts ~ひととひととの間で起こること~
                    -MOVE ON-大阪
  構成・演出・振付:竹林典子
  出演:竹林典子 小平奈美子 大野由喜 竹中智子 池田愛 北野万里子 湊智恵美
Message
 Ⅰ.あふれる涙 Ⅱ.楽しいことも悲しいこともあるけれど‥やっぱり
 Ⅲ.you+one  Ⅳ.VOICE&VOICE
 Contacts 誰かに何かを伝え自らの生を実感する。
 ひととひととの間の空間で互いに感じあい存在していることを表現する。
 一人、二人、三人、複数の場合、どのように感じ、生を実感するであろうか。

<寸評>
 バレエテクニックを基礎においてよく訓練されているらしい個々の身体技法は、伸び伸びと素直で快いものであった。構成・演出も女性らしい発想のもとでよく整理されている。自転車とハシゴを使ったSCENE(Ⅱ)も、ステンレスコップとスプーンで音をかき鳴らしたSCENE(Ⅳ)も破綻なく巧みに処理されていた。
いわゆるソフィスティケートされたコンテンポラリー・ダンスとはいえようが、裏返せばお行儀のよい毒にも薬にもならない表現世界ということだ。これはもう作者自身の問題意識、人生観の深まり以外になす術はない。

◇蜜 -Bouche de miel, coeur de fiel-
                    -ビィ・ボディ・モダン-北海道
  構成・演出:坂見和子 振付:宮沢菜々子 伊勢谷朋子
  出演:宮沢菜々子 伊勢谷朋子
Message
 宮沢:どこが変なのかわからないと言われつつ、変な人だと言われつつ、変な人なんだと悩みつつ、どこが変なのか探しつつ、変な人を楽しみつつ、変な人が幻像するサプリメント
 伊勢谷:短大卒業後ジャズダンスと出会い、バレエ・HIP HOP・コンテンポラリー等、様々 なジャンルのダンスを学ぶ。踊ることに魅せられ続けて18年。現在、五感を駆使し身体表現する自己の可能性を模索中。

<寸評>
 副題の仏語の意味するところは「外面菩薩、内面夜叉」ほどのことらしいが、それを聞けばなおさらにこの作品の欠陥は構成・演出の責めに帰するところ大である。
象徴的な小道具として用いられた赤いトゥシューズへのA・B二人の拘りや争い、そして各々の自身内部の相克などが展開されるが、彼女らの身体表象にはバレエ・テクニックが微塵も見受けられず、モダンそのもの、それも心理的表象を前面に出した身体表現だから、小道具の象徴性には異和がつきまとい、ただの観念的裏付けに堕してしまうのだ。
甚だ辛辣ながら、幼児がごっこ遊びのなかでシンボリックなものの存在を無意識に了解していく過程があるが、その象徴遊びを大人がなぞったようなもので、それがなぞりであるだけに救いがたいというものだ。

◇道成寺~桜の中の清姫
                    -古澤侑峯-神奈川
  構成・演出・振付:古澤侑峯 美術:小松沙鬼 演奏:福本卓道 ヤススキー
  出演:古澤侑峯
Message
 「花の他には松ばかり 暮れそめて 鐘や響くらん」
見目良き僧を恋したうら若い清姫は、逃げてゆく僧を必死に追いかけました。行く手を阻む日高川を蛇体になって泳ぎきり、ついに道成寺の鐘を見つけ、蛇体を鐘に巻きつけて、中に隠れる僧もろとも炎を吐いて焼き尽くしてしまいました。やがて清姫は血に涙を流して去ってゆきました。後には桜が舞い散っておりました。幻想的な昔物語を、地唄舞と尺八に、アフリカンハープ、ギター、カリンバという取り合せで表現していきます。

<寸評>
 舞い手は地唄舞の人だという。構成を二部に分けた。前ジテと後ジテよろしく、前段は春や春幼な恋、恋する乙女清姫の心象風景、後段は衣裳も代えて、蛇身となって恋する男を追いかけ追いつめ、鐘巻き焼き尽くす。
尺八の演奏はなかなかのものと見えた。民俗楽器の奏者は中央奥と上下前の三台のSPで音場を動かしてゆくのだが、この工夫が煩く過剰。和洋の音のセッションとしてはかなり面白く聞けるが、此方を面白がっていると舞のほうが沈み込んでしまって際立つことがない。日舞特有の残心の技も重ねれど、音場に吸収されていくから、印象形成がない。展開する時間のなかで形成力がもがれるということはただひたすら間延びする羽目に陥ることだ。
形成力を削いだもう一つの原因は、舞い手が与えられた広い舞台空間をその広いままに埋めようとしたことだ。和洋に限らずsoloの舞踊たるもの、与えられた空間が広ければ広いほど、求心力を強め、上下方向の超越性へと向かわざるをえないのだが、その視点を欠いていたのではないか。

◇春の詩
              -Lee Jung-Ⅱ Ballet Company-韓国
  構成・演出・振付:Lee Jung-Ⅱ(啓明大学教授)
  出演:Lee Tae~Hyun 他9名
Message
 春の風は愛を運ぶ、心地よい風に包まれて愛の花が咲く
 春の風は愛を運ぶ、私の心も鮮やかな花の色に染めてゆく
 暖かい春の色に染めてゆく

<寸評>
 大邱の啓明大学で舞踊を学んだOBたちで構成されたカンパニーと聞く。作者はオーストラリアでバレエを学んだと。
4つの場面構成、音楽にJazz曲を使用していたのがシーンによって功罪半ばした。前半の1、2曲目ではプラス効果だが、後半の3、4曲目は曲調がハードで重く、振付と違和が大きく残りマイナス効果夥しい。振付はいかにも定番というしかないバレエである。音楽を目新しいものにしたからといって、振付に相応の工夫がなければ装いが新たになる道理もない。プリマドンナはじめ身体技術は一応の水準と見えるが、振付や技法は国際的レベルから遠く古色蒼然といったところか。

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February 12, 2006

夕月夜おぼつかなきを雲間より‥‥

051129-074-1
Information-Aliti Buyoh Festival 2006-

-今日の独言- Alti Buyoh Fes. 第2夜

 少し寒気が緩んだか、夕暮れ時の京都も底冷えの感はない。
Alti Buyoh Fes.第2夜のプログラムは6作品各々形式に特徴もありバラエティに富んだ内容で結果オーライ。
トリとなった我が演目にはカーテンコールの幕が上がると「ブラボー」と一声飛んだ。外人客が何人か居たから、そのなかの一人だろう。たった一人といえど大向こうから声が掛かったのはこの時だけだからよしとしよう。
市岡美術部OB連が若干名、同期の友人が2名、古い付き合いの顔ぶれだ。14期の中原氏夫妻は帰り際に「他のとまるでレベルが違うよ」と言って握手。晩年の神澤作品をよく知る二人だけにこの言葉はありがたい。
埼玉からわざわざ出向いてくれた友人と、近くで食事をして宿舎まで送って別れたら、もう日が変りかけていた。舞台を務めた母親に一日中付き合わされた幼な児は、よほどストレスが溜まっていたとみえて、車中で激しく愚図っていたが、ほどなくぐったりと沈没。
ふたりは顔を見合わせて、おつかれさん。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<恋-20>
 夕月夜おぼつかなきを雲間よりほのかに見えしそれかあらぬか
                                    源実朝

金塊和歌集、恋、恋歌の中に。
邦雄曰く、源氏物語「花宴」の朧月夜内侍以来、あるいはそれ以前から、夕月に一目見た人への思慕は幾度繰り返されたか。実朝はその人のことに毫も触れず、「それかあらぬか」と問うて口を閉ざす。その訥弁の美しさゆえにこの歌は輝く、と。

 今来むと契りしことは夢ながら見し夜に似たる有明の月  源通具

新古今集、恋四、千五百番歌合に。
承安元年(1171)-安貞元年(1227)。村上源氏、内大臣源通親の二男、正二位大納言、藤原俊成女を妻としたが、後に幼帝土御門の乳母按察局を迎え、まもなく俊成女とは別居したとされる。後鳥羽院に新古今集撰者に任ぜられた。新古今集初出、17首。
邦雄曰く、約束では今すぐ行こうとのことであった。それも夢の中のこと、うつつにはもはや暁近く、月が残っているのみ、だがその月影は、あなたを見た夜そっくり。女人転身詠、幾分かは土御門家への挨拶も含んでいる、と。

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February 11, 2006

わが背子を大和へやるとさ夜ふけて‥‥

051129-061-1
Information-Aliti Buyoh Festival 2006-

-今日の独言- Alti Buyoh Fes. 第1夜

 夕刻近く単身京都へ。アルティ・ブヨウ・フェスの第1夜を観る。客席の淋しいのが明日は我が身かといささか気にかかる。
傾向も異なる5つのグループの作品を観るのは、いつものことながら芯が疲れる。アフタートークには新田博衛・上念省三と新参加の菘(すずな)あつこの三氏。相変わらず新田さんの舌鋒が冴えるが、全体的には話題も低調気味。
なんとか日が変らないうちに帰宅。遅い食事のあと講評書き作業。三夜まとめ他日あらためて掲載する。
今夜は我々も出演するが計6作品である。しかも出番はトリになつているから、客席の長時間にわたる心理的疲れが問題だ。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<恋-19>
 わが背子を大和へやるとさ夜ふけて暁露にわが立ち濡れし
                                    大伯皇女

万葉集、巻二、相聞。
斉明7年(661)-大宝元年(701)、大来皇女とも、天武天皇の皇女、大津皇子同母弟、13歳で伊勢斎宮。大津皇子謀反の疑いで賜死した朱鳥元年(686)11月、斎宮を辞して帰京。万葉集に残る6首の歌はすべて大津を思い偲んだ歌。
邦雄曰く、伊勢へと秘かに訪ねて来た弟大津に、継母持統の張る陰謀の網を、二人はひしひしと見に感じていたであろう。帰したくない、これが生き別れとなる予感に、恋人にも等しい姉は暗然と声を呑んで立ち盡す。「わが立ち濡れし」、この終ろうとして終らぬ結句にも、作者の心緒が濃く滲んでいる、と。

 暁の涙ばかりを形見にて別るる袖にしたふ月影  土御門院

続後撰集、恋三、後朝恋の心を。
建久6年(1195)-寛喜3年(1231)。後鳥羽院第一皇子、4歳で即位、16歳で皇太弟順徳院に譲位、承久の乱に関与することはなかったが、後鳥羽院が隠岐、順徳院が佐渡へ配流に及び、自ら配流を望んで土佐に遷幸、後に阿波に移り、37歳で崩御。続後撰集初出、勅撰入集154首。
邦雄曰く、後朝の悲しみを実に婉曲に、曲線的な詞の駆使で表現しおおせたところ、殊に「別るる袖にしたふ月影」あたりは見事な技倆である。弟順徳院の歌才の蔭に隠れた形だが、勅選入集は157首。承久の乱では父帝に従わなかった気骨、進んで流された阿波での崩御が痛ましい、と。

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February 10, 2006

暮れにけり天飛ぶ雲の往き来にも‥‥

051127-106-1
Information-Aliti Buyoh Festival 2006-

-今日の独言- 嗅覚と記憶

 嗅覚を刺激すれば記憶が鮮明に蘇らせることができるという。
人はだれでも、視覚・聴覚・味覚・触覚・嗅覚の五感を介し、なんらかの刺激をきっかけに、ふと遠い過去の記憶をまざまざと蘇らせているのだが、なかでも嗅覚による記憶の想起力は、他の感覚よりすぐれて強いらしいのだ。これを専門用語で「プルースト効果」と呼んでいるそうな。あの「失われた時を求めて」の作家プルーストに因んだ命名らしく、その作品中、マドレーヌを紅茶に浸し、その香りによって記憶が蘇ったという一節があるため、こう名付けられたそうである。
ある学者によれば、嗅覚によって想起される記憶はより情動的であり、また他の感覚によって想起される記憶よりも正確であるとも。この説、嗅覚の鋭敏さに人それぞれ個人差はあろうが、自身の経験に照らしても肯けそうな説ではある。
かほどに嗅覚による刺激が我々の脳にもたらす影響は大きく、癒し効果や睡眠導入、或は逆の覚醒効果にと、日常を香りによって演出するさまざまな商品開発が注目を集めているようだが、なかでも「アロマジュール」という商品は、PCとUSBで繋いで、いろんな香りをブレンドして楽しめるという装置とかで、NTTコミュニケーションズなどですでに販売されているというので、些か驚きもしたのだが、その商品の高価格設定にはさらに驚かされた次第である。

 ――参照:http://hotwired.goo.ne.jp/p-monkey/003/01/index.html
 http://www.coden-mall.ntt.com/shopping/shop/coden/category/category.aspx?category=53

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<恋-18>
 吾を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを
                                    石川郎女

万葉集、巻二、相聞。伝不詳。
邦雄曰く、天武帝に愛された大津皇子は、雄弁であり文武に秀でた堂々たる美丈夫として聞こえていた。才媛石川郎女はその愛人。彼の贈った恋歌「あしひきの山のしづくに妹待つとわれ立ち濡れぬ山のしづくに」に対する返歌であるが、鸚鵡返しに似つつ、緊張した美しい調べをもっておのが愛をも告白した、と。

 暮れにけり天飛ぶ雲の往き来にも今宵いかにと伝へしがな
                                    永福門院

風雅集、恋二、恋の歌とて。
邦雄曰く、初句切れ「暮れにけり」の太刀で斜にそいだような、きっぱりした調べが、まづ待恋の、常套的な湿潤性を拒んでいて快い。天を仰いで、雲の去来をうち眺め、今夜お越しになりますかと伝言して欲しい、とむしろその朗らかな口調は、他の歌群とは類を絶する。風雅集入集71首、そのうち恋は半数近い38首を占め、なかでもこの一首は抜群、と。

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February 09, 2006

宵の間にほのかに人を三日月の‥‥

051129-035-1
Information-Aliti Buyoh Festival 2006-

-今日の独言- 景気回復と雇用破壊

 少し古くなるが、毎日新聞1月15日付今週の本棚に、鹿嶋敬著「雇用破壊-非正社員という生き方」を紹介した中村達也氏の書評に、ずいぶん肯かせてくれるものが多かったので書き留めておきたい。
昨年の秋ごろから、政府も財界も景気の先行きに明るい兆しが見えてきたとし、現に株価の推移も上昇気運、加えて大手企業らは大幅増収益、今年の経済はほぼ順調に景気回復の軌道に乗るだろうとされているが、この景気回復の下支えには「雇用破壊」の蔓延的な進行があるというのが実相だ。
パートやアルバイト、さらに派遣社員や請負社員、これら非正社員の数は、この十年ほどの間に状況が激変、今や雇用者全体のほぼ1/3にまで膨らんでいるという。非正社員は正社員に比べてかなりの程度賃金が安いのは常識だが、男性正社員の時間当たり賃金に比べて、男性パートのそれはほぼ4割ほどであり、非正社員の比率が1%高まれば、企業の利益率が何%高まるかという興味深い統計が、本書で紹介されているそうな。
 雇用破壊をどこまでも進行させつつ景気回復を図っていくという日本経済の構造下、努力が報われることのない仕組みのなかで増えつづける若年フリーターが、どのような希望を見出すことができるのか。非正社員が、職業能力を蓄積することなしに漂流する先にある経済とは、果たしてどのようなものなのか。著者が投げかけるこの問いが、胸に突き刺さる、と評者は結んでいる。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<恋-17>
 夜半の月見ざらましかば絶えはてしその面影もまたはあらじを
                                    亀山院

亀山院御集、詠十首和歌、月驚絶恋。
邦雄曰く、なまじ深夜の月を見たばかりに、忘れていた嘗ての愛人をまた思い出してしまった。月さえ見なければ、あの面影も決して蘇りはしなかったろうにと悔いる。同集「月顧忍恋」には「曇りなくて忍び果つべき契りかはそらおそろしき月の光に」と歌い、作者の技巧は後嵯峨院譲りの奔放華麗な一面もある、と。

 宵の間にほのかに人を三日月のあかで入りにし影ぞ恋しき
                                    藤原為忠

金葉集、恋上、寄三日月恋を詠める。
生年不詳-保延二年(1136)。藤原知信の子。丹後守朝臣、想空と号す。大原三寂と謳われた寂超(為経)・寂念(為業)の・寂然(頼業)の父。常盤の里(現京都市右京区)に住み、藤原俊成や源頼政は歌仲間として親しく、家集に「為忠朝臣集」がある。
邦雄曰く、今一目見たい、暫くは隠れずに居てくれと願ったのに、その人はたちまち姿を消した。あたかも新月が宵のひとときだけしか見られないように。人を見、三日月を見たのか、その逆か。三日月はたんなる縁語であろう、と。

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February 08, 2006

雪もまだたえだえまよふ‥‥

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Information-Aliti Buyoh Festival 2006-

-今日の独言- Rehearsal

 昨日(2/7)は、11日に迫ったアルティ・ブヨウ・フェス出演のリハーサル。阪神高速・名神を乗り継いで午後3時半、烏丸通に面した御所西横の京都府民ホールに着。
二年前とは違って楽屋は地下一階だった。リハの時間まで、出演者は衣装合せやメイクなどに専念すれど、私はすることもなく手持ち無沙汰。一時間ほどロビーの喫茶サロンにて読書。
6時10分、リハ開始。簡単に場当たりをしたあと、一気に踊り通す。所要時間23分弱でほぼ目算どおりだが、舞台全面をフラットにしているため下手ピアノ位置と舞踊空間の近接感がどうにも気にかかる。劇場スタッフには気の毒だが予定変更して、段差を付けることにする。間口8m×奥行7mの舞踊空間のみ周囲より25cmの浮き。僅かな段差のようだがこれで印象はずいぶんと異なるものなのだ。
今日のリハは照明のプランニングのためでもある。時間もあることだし、ならば一度ならず再度見せておいたほうがプランナーに対しても親切というもの。と云う訳で、再び通し稽古。二度目の所要時間は1分ほど短かった。あらましは想定しているし何度も合せ稽古をしてきているものの、演奏も即興なら踊り手も即興のことゆえ、どうしても一、二分は相前後するのは致し方ない。
踊り手については前半の10分ほどはほぼ及第点だが、後半は構想もイメージもなお掴みきれておらず不満が残る。必ずしも序破急という訳でもないのだが、三つのシーン設定のそれぞれの特徴あるいは質的な落差がいまだきわだってこない。アクセルを踏むにせよブレーキをかけるにせよ、よほど意識的にコントロールしなければならないのだが、頭ではわかっているつもりでも肉体を限界にまで酷使すればこそ、そのぎりぎりの弾みはついつい心象を裏切り単純化してしまうものなのだ。まったくどこまでも課題は尽きない‥‥。
タイムアウトは7時30分。楽屋へ戻って帰り支度をして8時にはホールにサヨナラ。帰路は1号線をひた走り。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-4>
 雪もまだたえだえまよふ草の上に霰みだれてかすむ春風  肖柏

春夢草、中、春上、早春。
邦雄曰く、雪・霰・霞・風が、若萌えの草生の上で、眼に見えぬ渦を巻く。言葉のみが創り出す早春の心象風景。「たえだえまよふ」に連歌師ならではの工夫を見る。牡丹を熱愛して庭に集め、またの名、牡丹花肖柏。家集春夢草二千余首には、師・宗祇を超えて新しく、照り翳りきわやかな作が残る、と。

 朝まだき霞やおもき松の葉は濡るるばかりの春の淡雪  心敬

十体和歌、有心体、春雪。
邦雄曰く、松の葉に積もる間もない春雪。黒緑の針葉からしたたる冷たい雫が眼に見えるようだ。目立たぬ二句切れ以外は各句あやうく繋がり、あたかも、松の葉の水滴の連なりと、そのかすかな響きを思わす。他に「残雪」題で、「山深み苔の雫の声ぞ添ふ梢の雪や春になるらむ」もある。第三句が見どころ、と。

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February 07, 2006

とけのこる石間の春の朝氷‥‥

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Information-Aliti Buyoh Festival 2006-

-今日の独言- 合縁奇縁なりや

 昨夕は、石田博個展のOpeningPartyにと出かける。
ひさしぶりに覗いたマサゴ画廊は、アレ、こんなに細長く狭い空間だったかと、感を狂わせられた。それほどに、壁面には絵画、テーブルには陶器が、ところ狭しと居並んでいた。
富山県久利須のスミヤキスト美谷君の幼馴染みのU君と一瞥以来の再会。神戸・原田の森ギャラリーでのパフォーマンス以来だったからちょうど二年ぶりか。あらためて石田君から引き合わせて貰わなければお互い気がつかなかった。席上、そのU君から紹介された建築士のI氏なる御仁、維新派の昔話が出るに及んで話題は空中戦のごとく飛び交う。勢いあまって、U君とI氏と三人で氷雨そぼ降る梅田界隈へと繰り出して呑み会となってしまった。
これも合縁奇縁というものか。それにしても人というものは我知らず見えない糸でつながっているものだ。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-3>
 さやかなる日影も消たず春冴えてこまかに薄き庭の淡雪  正徹

草根集、二、永享二年正月二日の朝。
淡雪の積りようを「こまかに薄き」とねんごろに表現したのが見どころ。水墨の密画を見るような冷え侘びた景色だ。正徹は15世紀前半の傑出した歌人だが、二十一代集最後の新続古今集には、嫌われて一首も採られていない。だが、家集「草根集」には定家を憧憬してやまない詩魂と歌才が、ただならふ光を放っている、と。

 とけのこる石間の春の朝氷かげ見し水の月かあらぬか  貞常親王

後大通院殿御詠、春冰。
応永32年(1425)-文明6年(1474)、後崇光院の二男、後花園院の同母弟、後大通院は号、和歌を堯孝・飛鳥井雅世・雅親に学ぶ。
邦雄曰く、幻覚の朝氷。春まだ寒い寝覚めに見るあの鋭い光は、あるいは昨夜水に映っていた月ではないのか。「かげ見し水の月」で記憶を一瞬に照らし出す技量は見事。飛鳥井雅世に学んで出藍の誉れ高く、御詠は700余首残る、と。

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February 05, 2006

春も見る氷室のわたり気を寒み‥‥

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-今日の独言- 強制退去と国際バラ会議・緑化フェア

 大阪市が靱公園と大阪城公園のホームレスたちに強制退去を実施したのは先週の月曜日(1/30)だった。行政代執行法に基づいてのことだから、無論合法的処置ではある。また、昨年10月から12月にかけて、都合6回にわたり退去勧告と自立支援センター等への入所を勧めてきた経緯もあるから、市側にすれば已むに已まれぬ最終手段という訳だろう。
だが、それでもなお私などには割り切れない不快感が残る。いずれの公園も、5月の国際バラ会議、3月の緑化フェアと国際・国内イベントを控え、整備工事の日程が差し迫っての挙行という行政事情にもすんなりとは肯きがたいものを感じてしまう。
報道によれば、靭公園が17人分計16物件と大阪城公園が4人分計12物件とあった。それがどれほどの量感をなすかおよそ見当はつくつもりだが、あくまでも粘り強く勧告と説得を繰り返しつつ、その一方で粛々と整備工事を進めればよいではないか、と思うのは私ひとりだろうか。
だいいち、ホームレスたちのテントはこの二公園だけでなくあちらこちらになお山とあるのが現状だろう。かりに、大阪市の意志が、開催イベントのため外聞の悪い一切の恥部を排除したいというところにあるならば、そんな欺瞞に満ちた取り繕いはやめておけ、というのが私の意見だ。国際イベントであれなんであれ、たとえテント生活者の彼らの姿が、遠来の来園者たちの視界に曝されることになろうとも、それがこの街の現実の姿ならば致し方ないと腹を括ったほうが、よほど潔いというものだ。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<春-2>
 なほ冴ゆる嵐は雪を吹きまぜて夕暮さむき春雨の空  永福門院

玉葉集、春上、春の御歌の中に。
邦雄曰く、こまやかに潤んだ丈高い調べは、名勅撰集の聞こえ高い玉葉を代表する歌風。朝からの雨が夕暮には雪混じりになり、春とはいえ身も心も震えるひととき、余寒への恨みが屈折した美を生み出す。14世紀に到って、古歌の不可思議が、このようないぶし銀の世界を見せる。

 春も見る氷室のわたり気を寒みこや栗栖野の雪のむら消え  源経信

大納言経信集、野外春雪。
氷室-冬に切り出した天然氷を夏まで貯えておくための穴倉。栗栖野-くるすの、山城の国の歌枕、京都市北区西賀茂の南辺りの野、栗野とも。
邦雄曰く、詩歌・管弦・有職に長じていた貴公子経信の技巧を尽した早春歌。氷室をまだまことの雪の残る早春に見る、総毛立つような冷やかさが第三句に簡潔に尽された珍しい春雪の歌、と。

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February 04, 2006

冬の夢のおどろきはつる曙に‥‥

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-今日の独言- 石田博、絵と陶器の個展

 陶芸家であり画家でもありつづける石田博が「大自然を臨書する」と銘打った個展をする。
来週の月曜(2/6)から11日(祝)まで、大阪は西天満、裁判所西横のマサゴ画廊にて。
 彼と私は同年だが、育ちも経歴も異なり、直接言葉を交し合うようになったのは40歳も過ぎてからである。ところが初めて会った時から、彼は私のことを子どもの頃からの愛称である「テッチャン」と呼んでいた。私がまだ二十歳前後の頃の舞台をいくつか観ていたというし、私は私で、親しいスタッフとして付き合ってきた仲間内のような友人に彼は深くつながっていたのである。お互い直接見知りあうことはなかったが、まったく同時期に京都で学生をしていたし、60年代という同じ時代を同じ環境で生きており、そこから派生する共有域は意外に深く濃密なものであり、お互い自分たちの背後に遠くひろがる共通の過去を蘇らせつつ、話を弾ませものだ。
 彼は長らく寝屋川高校の美術教員をしながら、地域の文化活動において仕掛け人の一人としてリーダー的存在であった。府の教員を辞して、陶芸家として専念するようになったのは十年余り前だろうか。彼は自分の作品を焼く釜にサン・イシドロ窯という耳慣れない名を冠せているが、その名の由来は、どうやら彼が昔、半年ほど滞在したというスペインに発するらしい。サン・イシドロとは自然や農耕の恵みに関して多くの奇跡をもたらしたという伝説の農業守護神であるという。また、スペインといえば闘牛だが、一番の権威ある著名なものがマドリッドのサン・イシドロ祭とのことで、成程、彼らしい名づけだと頷かされる。
 個展の案内ハガキに刷られていた写真の絵は唐古遺跡と但書きされている。
今なお陶芸と絵画の二河両道をゆく、驚くほどの繊細さと大胆さを併せもつ奇異なるアーティストである。
陶器と絵画の作品たちによるコラボレーションが、訪れる者たちにきっと後出「おどろきはつる曙」の効を発することだろう。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>
 春立ちぬ、またも強い寒波到来だが暦のうえではすでに春である。この頁も今日からは春の歌を採ってゆくことにしよう。

<春-1>
 冬の夢のおどろきはつる曙に春のうつつのまづ見ゆるかな
                                    藤原良経

秋篠月清集、百首愚草、西洞隠士百首、春二十首。
西洞隠士とは摂政良経の雅号、他に、南海漁夫、式部史生秋篠月清、の号あり。おどろきはつる-眼を覚ますの意を有する。
邦雄曰く、新古今集仮名序作者、摂政良経20代の作。冬・春・夢・うつつの照応鮮やかに、迎春のときめきをうたった。だがこの春は必ずしも爛漫の時を暗示していないところに、作者の特徴あり、と。

 うつりにほふ雪の梢の朝日影いまこそ花の春はおぼゆれ  光厳院

光厳院御集、冬、朝雪。
邦雄曰く、「朝雪」、陽に照り映える雪景色に一瞬花盛りの頃の眺めを幻覚する。三句切れから「花」にかかるあたり、一首が淡紅を刷いたように匂い立つ。品位と陰翳を併せもつ歌風は出色、と。

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February 03, 2006

月もいかに須磨の関守ながむらむ‥‥

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-今日の独言- 禰舞多-ねぶた

 東北を旅したのはもう何年も前のこと。都合3回行ったがいずれも夏の旅。
下北半島の恐山から津軽の青森へと移動して、棟方志功の美術館を観て、ねぶた会館へも立ち寄った。ねぶた祭りは残念ながら青森では見られず、代わって秋田のねぶたを見ることができた。
その郷土のねぶたをいくつも板画に描いた棟方志功の一文がある。ねぶたの世界を伝えてあまりある彼ならではの表現だ。

 男も女もない。老いも若いもない。幼も稚もない。
そんなものは禰舞多(ねぶた)の世界にはネッからハッから無いにきまっているのだ。
――前にかぶさり、カブサリ、左面はなびき、ナビキ、右はしなだり、シナダリ、後ろはかなしい、カナシイ――。なんとも言えない。
禰舞多は春-右面、夏-正面、秋-左面、冬-後面の宗教だ。禰舞多はそういう宗教になってしまった。
 そういう四季を連れづれにして運行連々されている。
春めき、夏めき、秋めき、冬になってこそ、禰舞多の魂ざらいがあるのだ。
 かぶさって重なるかぶさる正面があり、ほのぼのの左面があり、愁いの秋に深み、愛しい遠のいて行く冬裏があってこそ、禰舞多の身上なのだ。禰舞多の風流なのだ。
 何十挺の笛が、何台の太鼓が、出動全部の跳人の腰の鉦が、みんな鳴る。
吹く、打つ、叩くではなく、諸調子に鳴るのだ。
そういう、なんとも語り切れない本当の有様が遠ざかって行くのだ。
それを見送るというのか、見送らなくてはならない不思議なシーンとした、真空がなくてはならない。
地から、しのんで来るモノがこころにも身にも、沁み沁みして来るのだ。
淋しい、哀しいやり切れないいわゆる愛しい時、時だ。
真暗闇になったこの具戴天、足下からひろげられた倶跳地、その中間のただならない暗闇に、
あの禰舞多のうなりの様なオドロオドロが伝わって来る。
     ――棟方志功「ヨロコビノウタ」より

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<冬-28>
 淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば情もしのに古思ほゆ  柿本人麿

万葉集、巻三、雑歌。持統・文武朝の宮廷歌人。大和に生まれ石見国(島根県)に死んだといわれるが、詳らかにしない。万葉集に長歌18首、短歌約70首。人丸集があるが真偽の疑わしい歌も少なくない。
邦雄曰く、現代人がはっと眼を瞠るような新鮮さを感じるのは「夕波千鳥」なる一種の造語風歌詞であろう。簡潔でしかも溢れる情趣は言い尽くし難い味わい。「古-いにしえ」一語にも、天智帝大津宮の面影をこめている、と。

 月もいかに須磨の関守ながむらむ夢は千鳥の声にまかせて
                                    藤原家隆

壬二集、堀河院題百首、雑二十首、関。
邦雄曰く、須磨の関と千鳥も、源氏物語・須磨の「友千鳥もろ声に鳴く暁はひとり寝覚の床も頼もし」から、さまざまに詠われてきたが、家隆の新古今的技法を盡した一首は、すべての先蹤を捻じ伏せるかに妖艶である。初句6音の構えも、結句の断念に似た儚さも、ほとほと感に堪えぬ、と。

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February 02, 2006

名にし負はばいざ言問はむ‥‥

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-今日の独言- オドロイテモ

 ひさしぶりに棟方志功の言葉を引く。

アイシテモ、あいしきれない
オドロイテモ、おどろききれない
ヨロコンデモ、よろこびきれない
カナシンデモ、かなしみきれない
それが板画です
            ――棟方志功

愛、歓、悲、とともに、驚を用いるのがいかにも棟方らしい世界だ。
「オドロイテモ、おどろききれない」
この一行によって生命の躍動感は一気に強まり、
森羅万象ことごとく始原の交響楽を奏でる。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<冬-27>
 名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
                                    在原業平

古今集、羇旅。天長2年(825)-元慶4年(880)。阿保親王の第五子。行平の異母弟。母は桓武天皇の女伊登内親王。右近衞中将にいたる。伊勢物語の主人公に擬せられ、古今集以下に87首。六歌仙・三十六歌仙。
いわずと知れた伊勢物語第9段、隅田川渡しの場面。隅田川にはこの歌に因んだ言問橋が架かっている。都鳥はユリカモメ。
邦雄曰く、旅の順路をたどれば季節は夏になるが、都鳥は冬季のみの鳥、と。

 風ふけばよそになるみのかた思ひ思はぬ波に鳴く千鳥かな
                                    藤原秀能

新古今集、冬、詞書に、最勝四天王院の障子に、鳴海の浦かきたるところ。
鳴海の浦は尾張の国の歌枕、現在の名古屋市緑区鳴海町あたり。鳴海潟、鳴海の海などとも。
邦雄曰く、鳴海潟と「なる身の片思ひ」の懸詞は先蹤に乏しくはないが、畳みかけるように「思はぬ波に鳴く千鳥」を配したところ、その切迫した調べとともに、雌雄の千鳥が風に吹き分けられて、思いもかけぬ波間で、互いに恋い、鳴海潟を偲んで鳴き交わすという、絵には描けぬあはれが感じられる、と。

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February 01, 2006

山里はやもめ烏の鳴く声に‥‥

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-今日の独言- ある印象批評

 Netの友、ある若い女性の書いた小説の原稿が送られてきた。作品は100枚ほどの短編。
批評というにはほど遠く、まあ読後の感想めいたものを書いてお返しとした。以下はその要旨。

 ずいぶん昔、中村真一郎だったか、小説作法についての本を読んだことがあるのを思い出した。
所謂、小説の構想の仕方、シノプシスをどう作るかなどを本人の実践に基づいて書いてあったと記憶する。
 掌編といったほうが相応しいような「T」と題されたこの短編にも、小説の骨格、シノプシスが明瞭にある、否、読後の第一感としてはむしろ構成の骨組みそのもの、プロットの組み立てばかりが印象に残る。
 読む前は作者個有の文体とはどういうものなのかな、とあてどもない予想をなにがしか抱きながら向かったのだが、冒頭20行ほどでそのアプローチはこの場合不適切なようだと思わされた。この作品は人物の設定や、プロットの展開などがどれほど破綻なく紡がれているか、その面から読み解いていかなければならないのだと気づかされたのだ。
 もうひとつの読後感としては、なにか一篇の劇画を読んだ感覚に近いということ。
なぜその印象が残るのかと考えれば、各プロット、各シーンにおけるディテールは、どれもそれぞれ、たしかにありそうなことではあるが、かといってリアリティはそれほど感じられない。ディテールとその現実感のあいだには、なにか皮膜のようなものが介在して、ある種もどかしいような痛痒感がつきまとうという感じ。とくにYという女の子にまつわる昔の事件などエピソードの挿入が何箇所もあるけれど、これらの存在は作者のご都合主義というより他になく、必然性からはかなり遠い。

 要素A- いつも変名を使ってゆきずりの男とセックスを重ねるヒロインY、その情事やいくつかの事件ともいうべき危うい出来事。
 要素B- オカマのTクンとヒロインYとの奇妙な友情関係。
 要素C- 潔癖な理想家肌のサラリーマン詩人とヒロインYの出逢いと別れ。

A.B.Cの三つの要素が入り組み絡まりあってプロットを緻密に形成しているのは咎められるべきことではないが、短いなかで一篇の小説としての完結性を求めすぎたのではないかと思われる。
100枚程度の短編なら、要素を絞り込んで、それ自体を濃密に膨らませることを課題にしたほうが、よほど可能性のある仕事になるのではないか。その分、書くことの呻吟、産みの苦闘は数倍増すだろうけれど‥‥。

<歌詠みの世界-「清唱千首」塚本邦雄選より>

<冬-26>
 狩りごろも雪はうち散る夕暮の鳥立ちの原を思ひすてめや  肖柏

春夢集、上、詠百首和歌、冬十五首。
嘉吉3年(1443)-大永7年(1527)。村上源氏源通親の末裔、若くして建仁寺に入り出家。宗祇より古今伝授を受ける。
鳥立ちの原-トダちのハラ、狩場に鳥の集るように設えた沼や沢の草地。
邦雄曰く、冬の鷹狩は折から雪の降ってくる頃。狩装束に粉雪の吹き散るさまを、上句で絵画風に描き、忘れがたい眺めとして、下句では情を盡した、と。

 山里はやもめ烏の鳴く声に霜夜の月の影を知るかな  心敬

十体和歌、写古体、山家冬月。
応永13年(1406)-文明7年(1475)。紀伊の国に生まれ、3歳にして上洛し、出家。権大僧都に至る。和歌を正徹に学び、門弟に宗祇・兼戴らを輩出。将軍足利義教の時代、和歌・連歌界に活躍。家集に「十体和歌」、歌論に「ささめごと」。
近世和歌の俳諧味といおうか、題材に「やもめ烏」とは、俗に通じた、一歩過てば滑稽に堕する危うい趣向は、そのかみ山家集に散見する面白さ、新しさであった。下句はさすがに至極尋常、それゆえに夜烏にも凄みが加わり、一首は立ち直っている、と。

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