« August 2005 | Main | October 2005 »

September 30, 2005

歩きつづける彼岸花咲きつづける

<風聞往来>


moonbaseさんの「阪神優勝と楽天の黒字に見る野球経営」にトラックバックしています。


<岡田阪神優勝-黄金期の幕開け。‥‥デモ、ネ?>

 成程、甲子園球場での優勝は格別なものだった。
一昨年の優勝も甲子園での胴上げだったが、
ディゲームのあと、夜までファンが待ち焦がれての瞬間だった。
この一戦で必ずもぎ取る、
選手もスタンドのファンも、確信に満ちているその雰囲気が
テレビの画面からも伝わってくるほどだった。
9回表の守備についた選手たちのひとりひとり、
刻一刻と近づくその瞬間にどうしようもなく込み上げてくるそれぞれの思いが、
画面に映るアップの表情から、手に取るように感じられた。
野球という一年をかけたお祭り騒ぎのクライマックスに相応しい瞬間。

星野監督による奇蹟のぶっちぎり優勝から、岡田阪神の実力でもぎ取った優勝へ。
これで阪神はほぼ完全にイメチェンを果たしたといえそうだ。
この誉れで岡田監督は名宰相の名乗りをあげえた。
チーム作りにトータルイメージがしっかりと持てるのだろう。
来季より三年から五年は、連覇はともかくとしても、阪神の黄金時代がつづくだろう。
プロ野球が往時の活況を取り戻すとすれば、しばらくは阪神を軸にしてのことになる。

感極まるその頂点を過ぎれば、祭りのあとの浮かれ騒ぎ。
日本中のここかしこで繰りひろげられるバカ騒ぎが、TV各局で夜通し映し出されていた。
それにしても、優勝を決める一戦の、それも阪神-巨人の最終戦が、
地元関西で、ローカル局SUNTVとNHK-BS2のみの試合中継なのは、なぜ?
中継のなかったTV各局が、優勝に酔いしれるビールかけやらなにやら、
あとの祭りの特番オンパレードに血道をあげているのは、なぜ?
試合中継そのものに、金をかけ、撮影技術を駆使し、
演出を工夫するのが、本来の使命だろうに。
彼らはどうやら、あとの祭りの、国民的バカ騒ぎや浮かれぶりを演出したかった?

TV各局の、この付和雷同ぶりは、先程の総選挙結果とそのあとの騒ぎぶり、
とりわけ新人議員たちを追う過熱報道と、なにやらつながってはいないか。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 27, 2005

ぶらさがつている烏瓜は二つ

4582760163

<古今東西-書畫往還> 

<愛は生物学的な事実-
     D.モリス「ふれあい-愛のコミュニケーション」

 昔、動物行動学者デズモンド・モリスの「裸のサル」を読んだのはいつのことだったか。おそらく30年くらいは遡るのだろう。このほど些か気まぐれを起こして同じ著者の「ふれあい-愛のコミュニケーション」と「ボディウォッチング」を気楽に走り読みしてみたのだが、結構たのしく気晴らしにはなった。
白川静氏の常用字解によれば、誕生の「誕」という字の本来の意味は「あざむく、いつわる」だそうである。されば、母親の胎内に守られ、至福とよぶに相応しい子宮内から生れ出ることは、赤ん坊にとってはもっとも苛酷な受苦であり、外傷的体験であることに符合するかのごとく、生物としての出産・誕生とは、胎児の側にとってみれば「あざむかれ、いつわられる」ことに他ならないということになろうか。

 「愛は生物学的な事実」とする著者は、動物行動学者としてのアプローチから、親密であるということ、ヒトとしての母と子のあいだや大人としての男と女のあいだに交わされるさまざまなふれあいのうちに、それぞれのシグナルを読み解き、何が起こっているのか、いわゆるボディタッチの本質を解き明かしてくれる。
章立ては、1-「親密性の根底にあるもの」、2-「性的親密性への誘い」、3-「性的親密性」、4-「特殊な親密性」、5-「親密性の代替物」、6-「物への親密性」、7-「自己親密性」、8-「親密性への回帰」と8章に構成されるが、その2章において著者は、「人間の自然な寿命はおそらく40歳から50歳の間であって、それ以上ではない」という。霊長類としての人間の体重やその他ライフサイクルにおけるさまざまな特徴から、動物行動学者としての著者はそう断じている訳だが、ならばわれわれ人間社会は、現代医学の奇蹟によって、その寿命を生物学的にはきわめて不自然なまでに伸ばしてしまっていることになる。40代で自然な死を迎えられるのなら、自分の子を育てそして消え去っていくのにまさしく手頃な時間なのだが、高度な現代文明にどっぷりと浸ってしまっているわれわれの社会ではすでにそこからずいぶんと遠ざかってしまっているうことになる。親の責務を卒業した男女-夫婦がさらに半世紀近くもの時間を生き延びなければならない現代の姿は、まことに深刻な問題を孕んでいる、という訳だ。

 3章において著者は「複雑化したヒトの性行為の起源は何か」を問う。男と女における恋愛期間のやさしい躊躇いがちなタッチや握手をはじめ、もろもろの前戯の情熱的かつ刺激的行為は、どこに由来しているのかということに対し、それらの行為はほとんんどすべて、母と子の関係における親密性に跡づけることができるというのが、その答えである。ヒトとしてのわれわれの「愛し合うことは幼児期への回帰にきわめて類似している」ということ。「ヒト科の動物にとっての結合は、成熟した霊長類の交合行為プラス幼児期に立ち返った抱擁行為で成り立っている」というその二重性にあること。そしてむしろその後者=幼児期への回帰が、「初めの求愛の段階から最後の瞬間にいたる性のすべてのプロセスに深く浸透している」のだと導いている。

 とかく現代における人間関係が互いに疎外的であればあるほど、肉体的な結びつきの必要をよけいに感じるのも自然な成り行きではあろう。また、ヒトとして同じ人格のなかに冷酷無比の残忍性と愛情深い感情が並列的に存在していることも厳然たる事実ならば、というのも残忍性の起源は誕生時の苛酷な外傷体験であり、そして愛情の深さは母親の胎内におけるあの親和力がその起源なのだが、われわれはその残忍性と愛情深さという矛盾しあう二相を自身の内部に折り合いをつけ共存させなければならないことになる。そうしながらわれわれは常に人間の本性を再確認していかねば、絶えず自身の破滅、破壊的行為に突き進む危機にさらされつづけることになるだろう。
 「人間は肉体を所有しているのではない。肉体そのものなのだ。」と終章を結ぶ著者は、「人間関係の結びつきで、とかく性的な要素が過大に評価されがちなのが現代の通弊である。ボディ・コンタクトと親密性への希求が現代社会の内部にどんなに激しい炎となって燃えさかっているか。」と警鐘を鳴らす。ここでわれわれが再確認すべきは、親と子のあいだの親密性に性的な意味がまったく含まれていないように、或は母性愛-父性愛や、子の親に対する愛情が性的な愛とは異質なものであるように、さまざまな人間関係、男性同士であれ、女性同士であれ、ときに男と女であれ、そのいずれの関係も、とくに性-セックスと結びつける必要はなく、親しさや愛情はあくまでそれそのものであり、お互いを分かちがたく結びつける精神的な絆であること。そこに性への衝動が含まれているかどうかは、あくまでも二次的な問題にすぎないのだということ、を徹底して自覚することだ。

 つけくわえれば、コトバもまたボディ・コンタクトの延長であり、象徴性豊かなふれあいなのだ、ということを忘れてはなるまい。ましてや肉声による会話、声の交し合いはお互いの想像力を駆使したボディ・コンタクトそのものであり、親密さにあふれた空間であることをしかと銘すべきだろう。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 26, 2005

水に雲かげもおちつかせないものがある

sDSC04695

<日々余話>

sDSC04675

<Viva! Campオフin 岡山-二次報告>

sDSC04680

 先の19日、岡山県「たけべの森」キャンプ場で催された、
エコー仲間の西風さん流のアウトドア世界に愉しく遊ばせていただいたことについては20日付で紹介したが、
その折の写真を同じく参加していたNaoさんからお送りいただいたので、
遅ればせながらここに掲載紹介させていただく。
なお、Naoさんのホームページでは、愉しく大いに盛り上がったキャンプでの模様を伝えてくれているので、
よろしければこちらをご覧下されたし。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 24, 2005

松風すずしく人も食べ馬も食べ

041219-033-1

<芸能考-或は-芸談>-03

<盆踊りと口説-くどき>

 儀式化、行事化した念仏踊りは中世・近世を経て大規模となり、祖霊供養や精霊送りの「大念仏」と呼ばれるようになるが、いつしかその合い間には盆踊りをともなうようになる。より娯楽的な要素の挿入である。その背景からみても、本来、盆踊りというものは二重性を有する。天-浄土にあこがれ、霊の浄化を願いつつ、地上をのたうちまわるが如く生を燃焼するひとときが、盆踊りといえようか。
 この盆踊りの歌には<口説-くどき>という長詩形の物語歌謡が多い。謡曲や浄瑠璃では人物の思いの丈などを述べる語りの部分を口説きというがもとは同根である。説教節や祭文も瞽女歌も、古くは平曲も口説きといえるだろう。しかし、謡曲や浄瑠璃などの芸では洗練され節回しも複雑に難しくなりすぎる。そこで短い節を一節憶えれば、それを繰り返してどんな長篇も唄えるようにしたのが一般化してひろまっていく。「嬉遊笑覧」という書では、道念山三郎なる者が貞享(1684-1688)の頃、盆踊口説をはじめた、と五来重は紹介している。初めの頃の盆踊口説きは中世説話を「くどき」化したものが多く、「小栗判官照手姫」「石童丸刈萱道心」「俊徳丸」「信太森葛の葉」「中将姫」などが主流だったとされ、やがて当世物の演目「八百屋お七」や「二十四孝」、「先代萩」などへ移っていき、さらには大衆の講談的嗜好に応えたものや諷刺物、物づくしへと変わっていくことになるが、こうなると「チョンガレ」そして浪花節へとストレートにつながってもゆくのである。
八木節も、江州音頭や河内音頭も、口説きの末流というわけである。

     ――参照 五来重「踊り念仏」 平凡社ライブラリー刊

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 22, 2005

百舌鳥啼いて身の捨てどころなし

uvs050420-072-1

<古今東西-書畫往還> 

<ことばあそびうた-生と死のマンダラ図>

   いちのいのちはちりまする
   にいのいのちはにげまする
   さんのいのちはさんざんで
   よんのいのちはよっぱらい
   ごうのいのちはごうよくで
   ろくのいのちはろくでなし
   しちのいのちはしちにいれ
   はちのいのちははったりで
   くうのいのちはくうのくう
   とうのいのちはとうにした
   じゅういちのいのちのいちがたつ

 谷川俊太郎のことばあそび歌にある「いのち」と題された詩篇。
一から十一へと連なる語群のその背後には、男と女のエロスのあらゆる経緯が暗喩されているとも読めそうな、数え唄を体したこの<生と死のマンダラ図>のごとき詩を、子守唄のように三歳や四歳の幼な児に聞かせるとすると、どんな響きをもって伝わるのだろう。
自分の両親というものが、父であり母であるばかりでなく、男でもあり女でもあるということ、なにやらそんな秘密めいた世界が、無意識に感じとられるのだろうか。
 生命体としての人は、だれでも、それは無意識にではあるが、-記憶にないところへ遡りたい-と希っているにちがいない。
そして詩人は、文字以前のことばへ、ことば以前の音へ、音以前の声へ、声以前の胎内の生動へ、とめざしてコトバを紡ぎだしている。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (6) | TrackBack (1)

September 21, 2005

まことお彼岸入りの彼岸花

N-040828-076-1

<身体・表象> -12

<芭蕉、蕪村、一茶の三様態>

 加藤楸邨氏は著書「一茶集句」のなかで、芭蕉、蕪村、一茶の句の世界を対照して、詩人の発想を三つの型に分類している。
芭蕉には「滲透」型、蕪村には「構成」型、そして一茶には「反射」型とそれぞれ冠している。

 「松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」といった芭蕉の言を引いて、門人の土芳が「習へといふは、物に入りてその徴の顕れて情感ずるや、句となる所なり」と言っているが、その意は「対象に立ち向かったら、その真実に感合滲透せよ」ということだと楸邨はこれを観る。「物に入る」というのは、対象と一つになること、この場合そうして燃焼することかと思われるが、「感合」という語は辞書にもない。字面からその意味するところは自ずと立ち上がってはくるが、楸邨独自の造語だろうか。対象に向かいあい、対象と一つとなれば、自ずとその真実は「徴-きざし」として表に顕れてくるものだ。そこに作者の詩情が感合し、句は生れ出るということになろうか。
楸邨は人口に膾炙した著名な句
  秋深き隣は何をする人ぞ   芭蕉
を引いて、これを素直に味わってみれば芭蕉の「滲透」型というのも肯けるだろう、とする。

 楸邨曰く、芭蕉の「情」は、ひたおしに明日に向かって探究の歩みをつづける途上にあった。しかし蕪村の「情」は、顕わにおしすすめるにはあまりにも濁った時代を拒否していた、と。元禄期の芭蕉と天明期の蕪村には百年の年月に隔てられている。俳諧蕉風の完成へひたすら歩みつづける芭蕉の時代とは歴然と異なっていたのだ。蕪村は弟子の召波に向かって「離俗」を説いた言葉に、「多ク書ヲ読マバ、書巻ノ気上升シ、市俗ノ気下降セン」と教えている、と楸邨は引く。この言は、絵画も能くした蕪村が、当時の画法論としてあった「去俗」から採ったものと思われる。俗を離れるために、書物の高雅な世界に浸れば、上に清らかな気が澄み、濁った世俗の気は下に沈んでしまう、というような意であろうか。楸邨は蕪村の句について、市俗のなかに終始するのではなく、そこから脱出して感覚を支えとした美の世界を構築するもの、と特色づけ、
  白梅に明くる夜ばかりとなりにけり   蕪村
  冬鶯昔王維が垣根かな          々
は、蕪村臨終に近い句であるが、俗を離れて構成されたかぎりない美しさがある、とする。

 さて最後に一茶だが、その時代は芭蕉に遅れること百五十年、蕪村に遅れること五十年、農民や町人文化の栄えたいわゆる化政期である。芭蕉に倣い、蕪村に倣いと、いくら先人に倣ったとしても、時代の刻印はあまりにも異なり、もはや芭蕉にも蕪村にもなる訳にいかないのも自明である。一茶の発想は滲透型にも構成型にも該当しえないし、する訳にもいかないということだ。楸邨曰くは、芭蕉風も蕪村風も、一茶の数多い作品のなかから数え上げることは可能だ。しかし、それは多くの場合、学んで得たもので、彼本来のものではない。一茶本来の発想は、軽快な口拍子に乗せた反射的なものだ、としさらにつづけて、一つの句を徹底的に追いつめていく芭蕉の推敲とは違って、一茶の改案過程は、その時その場で完了してしまうものなのである。明日の世界への現実での感合滲透や、脱出による美の世界の構成などもてなかった一茶には、偏った我の強い感情と無垢な童心との分裂したままの形で、一事一物、反射的に受容し、そこにばらばらに自己を封じ込めるほかはなかったのだ、と解する。
晩年、ようやく手に入れた故郷の家が焼失した時の句、
  焼け土のほかりほかりや蚤さわぐ     一茶
を挙げて、そうして辿りついた世界のほのかな明りなのだろう、と締める。

 さて、「滲透」、「構成」、「反射」と三様の発想タイプに分類されたのだが、類似の分類法としてたとえば「直観」型、「論理」型、「感覚」型、「感情」型など挙げられるかもしれないが、この場合あくまで、芭蕉、蕪村、一茶の三者を対照しての前提からあまり遠くへと抽象、普遍化しないほうがよいのだろうと思われる。どこまでも彼ら三様の句世界に即しつつ、三様のタイプとして受容観照するというに止めるのが肝要だろう。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

September 20, 2005

れいろうとして水鳥はつるむ

<日々余話>


<西風さん流のアウトドア世界満喫>

 エコーで知り合った西風さんが主体となってお友達同士が寄り合ったアウトドア会が18・19日の両日、岡山県建部町にあるたけべの森にて1泊2日の日程で行われた。
私も企画段階からお誘いを戴いていたのだが、折悪しく18日は滋賀県立近代美術館でのイベントが予定されていたので、19日のみ日帰り参加させていただくことにしていた。
 我が家から目的地たけべの森までは200キロ弱。昨日のイベントの疲れを残していたのだろう、まだ眠っている連れ合いと幼な児を叩き起こすようにして軽い朝食をかけ込み、とるものもとりあえず家を出たのが午前8時過ぎだった。阪神高速-中国道-山陽道を走り継いで、山陽インターから途中旭川沿いにしばらく走ると建部町となる。所要時間約3時間で午前11時過ぎ着。小高い山一体をキャンプ場としたたけべの森の細い参道の両脇にはずっと紫陽花が植えられていたが、花の時期ではないので枯れた花の名残りを抱いた緑ばかりが居並んでいるのを些か残念な思いを抱いて眺めながら急な坂道を走らせていると、ほぼ山頂付近に達したあたりで急カーブとなってなだらかな勾配を少し行くと、左の広場で円卓を囲んで団欒しているグループが居た。と、唯一の顔見知りであるはーさんが此方を覗き込むようにして近寄ってくるので、車の中から手を振ってご挨拶を送る。
 車を降りると、まずは初見のご挨拶。西風さん一家、Naoさん一家とともうにょさん、Hoshiさん一家、それにはーさん。さらにそれぞれの愛犬3頭たちも居た。昨日からの宿泊で、和気藹々、豪華な食と酒と談林に、大いに盛り上がったろう雰囲気の残り香が強く此方に伝わってくるのだが、なにしろ家の幼な児は筋金入りの人見知りゆえ母親にしがみつくようにしていっかな車から降りようとはしない。仕方なく場慣らしのためにと先ずは親子で付近を散策することにした。キャンプ地から少し歩くと瀟洒なホテルがある。その横手の細い道に沿った山腹にはキャビンが幾つか建ち並んでいる。昨夜は各々家族がこのキャビンに泊まったらしく、一つ二つドアも開け放たれたままに、人の温もりを仄かに伝えている。30分ほども時間をつぶしたろうか、みなさんの居るキャンプ地に戻ると、なんと私たち用に円卓が整えられ、テーブルには西風さん丹精のリブ付き肉や焼肉が盛られ、傍らには炭焼き道具がセットされて、「さあ、家族水入らずで心置きなく召し上がれ」と促されるままに腰を下ろす。今日のみ参加の番外の我々にわざわざ取って置いてくれたのだろう。あまりの至れり付くせりに恐縮至極で此方は冷や汗ものなのだが、西風さんたちはすでに十年二十年の知己とばかりに、豪放磊落意に介せず「さあ、どうぞ、どうぞ」とお薦めくださる。いやいや畏れ入りましたと観念(?)して、みなさんのご歓待、ご相伴に与らせて戴いたのだが、その美味しかった事、たらふく堪能してめずらしく昼日中から満腹状態とあいなりました。
 エコーの記事からのみ知る西風さんは、真面目と繊細さ、気配りの長けた几帳面な人と、私には映っていたのだが、そこはアウトドアに悠々遊ぶ大地自然のなかでこそなのか、豪放さを備えたリーダーシップぶりと速射砲のように繰り出す当意即妙のジョークが冴えわたり、百聞は一見に如かず、エコーのなかの文章のみでは計り知れない生身の人の全体像に一気に触れえた感がしました。彼のアウトドア精神はなによりも心の贅沢に満ち溢れているのでしょう。大地自然に身を置いてその風雅を心ゆくまで堪能するには、どれほどの用意周到さと自分たちを律するマナーの細心さが必要であることか。短いひとときの出逢いでしたが、この一事に思い至るに充分な一日ではあったかと思われます。
 ご参加のみなさんにも心からお礼を申し上げねばなりません。
愉しいひとときでした。みなさん、感謝々々です。

Viva! Campオフin岡山。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 19, 2005

うしろから月のかげする水をわたる

<古今東西-書畫往還>

4104369039

<歴史に隠れた地下茎-「阿片王-満州の夜と霧」

 ノンフィクション、資料とそれに基づく取材や調査、さらには推理を絡ませながら歴史の裏面によく肉薄した力作といえる。
 満州の夜と霧とでもいうべき深い闇に溶け込んで容易に姿を見せない甘粕正彦と、里見甫という二人の男。
甘粕は大正12(1923)年9月の関東大震災直後、無政府主義者の大杉栄とその家族を扼殺したとして検挙され、仮出獄後、満州に渡って数々の謀略に加わった。最後は満州映画協会(満映)の理事長におさまって、関東軍をもしのぐ実力をふるい、満州の夜の帝王と怖れられた。
一方、里見は中国各地のメディア統合を図って、満州国通信社(国通)のトップに君臨した後、魔都上海を根城にアヘン密売に関わり阿片王の名をほしいままにした。
この二人は阿片という満州最深部の地下茎でつながりあっていた、というのが着想の主軸。
 著者に言わせれば、日本は、敗戦後十数年足らずで高度経済成長の足がかりをつかんだ。それは我が国がいち早くアメリカの傘のなかに入って戦後世界に君臨した察国家にその安全保障を任せっぱなしにし、経済分野に一意専心することができたからに他ならないが、昭和25年(1950)年に勃発した朝鮮戦争による特需景気はその先駆けをなすものだった。だが、そうした側面もさることながら、日本の高度経済成長のグランドデザインは、かつての人造国家-満州国を下敷きにしてなされたような気がする。昭和35(1960)年の安保改定をなした時の総理岸信介は、戦前、産業部次長として満州に赴任し、満州開発五ヶ年計画を立て、満州国の経済政策の背骨をつくって、後に「満州国は私の作品」と述べたのはあまりに有名である。世界史的にも類をみない戦後の高度経済成長は、失われた満州を日本国内に取り戻す壮大な実験だったのではないか。高度成長の象徴である夢の超特急-新幹線も合理的な集合住宅もアジア初の水洗式便所も、すべて満州で実験ずみだった、というわけだ。

 里見甫が旧満州の土地をはじめて踏んだのは、いまから七十数年前のこと。たいした要職についたわけでもなく、政治の表舞台で活躍したわけでもない。あくまでも一人の民間人として中国大陸で生きていたにすぎない。にもかかわらず、阿片という嘗て中国の闇世界を支配しつづけたモノを媒介することで、彼は裏から歴史を動かし、日本の進路を変える働きもなした。
歴史の濁流に呑み込まれた男の足跡をたどるのは困難をきわめたことだろう。きっかけとなったのは一枚の人名リスト。昭和四十年三月、里見甫が新宿の自宅で急逝するが、その二ヵ月後、関係者が里見甫の幼い遺児のために、奨学基金の寄付を呼びかけた。百七十六名にのぼる発起人が網羅されていたが、そのなかに、岸信介、児玉誉士夫、笹川良一や佐藤栄作など、政財界の要人や裏世界に暗躍した者たちが名を連ねていた。この人名リストを手がかりに、著者は気が遠くなるような、過去への調査の旅に出かけたのである。驚異的な粘り強い取材によって、驚くべきことが次々と明るみに出て、半世紀以上も前に起きた歴史上の出来事の裏面が浮かび上がってきた。 
詳細な資料調査や関係者のインタビューを通して見えてきたのは、 関東軍がアヘンの取引と深くかかわっていた実態である。軍部が戦線不拡大の意見を押しのけ、日中戦争に踏み切らせた心理的な要因の一つに、中国の軍閥たちが独占するアヘンの利権を武力で収奪することがあったという事実。
著者曰く、日中戦争は二十世紀の「アヘン戦争」でもあった、というわけだ。
 歴史はたんに蒼白な「過去」としてではなく、つねに現在と関連させながら明らかにされていかねばならないとする著者のスタンスは、徹底した調査と取材姿勢でよく裏打ちされている。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

September 17, 2005

いつも一人で赤とんぼ

Nakahara050918-posta
「四方館 Dance Performance」

<言の葉の記>

<爽やか-澄む>

 やっと秋らしくなってきた。
昼下がり暑気はのこるものの朝夕の風は爽やか、
晴れた空の大気は清澄さを増してきた。

春は「麗らか-うららか」「長閑-のどか」に対し
秋は「爽か-さわやか」「澄む-すむ」「身に入む-みにしむ」「冷じ-すさまじ」などが
主観的形容の季語といえようか。
漢字の「爽」には、明らかの意味と、さっぱりした、すがすがしいの意味と。
爽涼、爽気、秋爽、爽涼などの熟語がある
動詞としての「爽やぐ」となると、多くは病気の快復の意味に使われることになる。

 爽やかな大地に咲きぬ花ほつほつ  零余子
 夢のあと追うて晴なり爽やかに    みどり女

「澄む」、秋澄む、秋の澄んだ大気、自然現象でいえば、大陸からの移動性高気圧が張り出せば、周辺は下降気流となって、上空からの清澄な空気が流れ込んできて、大気が澄むわけである。空気が澄めば、ものみなその姿形がはっきりと見える。月や星もさやかに見えるようになる。心なしか音さえも、樹々のそよぎ、虫の声なども澄みとおるようになる。

 地と水と人をわかちて秋日澄む    蛇笏
 秋澄むやせり上り咲く蔓の花     鉄太郎

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 15, 2005

秋となつた雑草にすわる

N-040828-021-1
「四方館 Dance Performance」

<日々余話>

<エコログ一周年の記念日>

 昨年の今日、9月15日にエコログをはじめた。
一周年の記念日を無事迎えたわけだ。
因みに、ココログに併載をはじめたのは遅れること一週間、9月22日となっており、
gooには10月26日、はてなには今年の3月11日からだ。
この一年365日で、289の記事を書いたことになるが、
この頻度は一週間に5.54平均となるが、
そのペースが多いのか少ないのか、
それは個人差もあろうから一概にはいえない。
コンスタントであることをできるだけ自分に課しているつもりだが、
時によって調子を乱すこともある。

四国遍路の八十八箇所めぐりが、近年また盛んになっているようだが、
私にとってはこのブログという営みもまた遍路行といえるのかもしれない。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 13, 2005

へうへうとして水を味ふ

Nakahara050918-posta
「四方館 Dance Performance」

<日々余話>

<我が家のご用達温泉>

 昨日、久しぶりに我が家の御用達温泉、神戸市灘区の「灘温泉」へと足を運んだ。
30℃あまりの源泉風呂とよく工夫された4種のジャクジーもありがたいが、特筆ものは直径3/4分(2cm)管ほどの二本のパイプから豊富な湯量が勢いよく直下する打たせ湯である。
高さもほどよく身体を打つ水圧が、肩であれ腰であれ、効果満点のほぐしとなる。
たっぷり小一時間堪能したが、性悪の首根あたりの凝りの芯はやや残ったものの、あとは身体じゅうがほぐれた感あり。これで380円也、駐車場も無料である。ありがたやの善哉、善哉。
 帰路、芦屋の友人T宅へこれまたひさしぶりに立ち寄ってゆつくりさせていただいた。
歓談すること3時間余りか。冷やしうどんの馳走までいただくなどお世話をかけてしまって、まことに申し訳なし。

今月の購入本
 E.W.サイード「オリエンタリズム -下」平凡社ライブラリー
 上山春平「日本の思想-土着と欧化の系譜」岩波同時代ライブラリー
 佐野眞一「阿片王-満州の夜と霧」新潮社
 渡辺公三「現代思想の冒険者たち-レヴィ・ストロース」講談社
 D.モリス「ふれあいー愛のコミュニケーション」平凡社ライブラリー
図書館からの借本
 菅谷規矩雄「詩とメーロス」思潮社
 小内一「日本語表現大辞典」講談社

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 11, 2005

投げだしてまだ陽のある脚

N-040828-041-1

「四方館-DancePerformance」

<日々余話>

<戦後60年、9.11の選択は?>

 9月11日、小泉流郵政解散による総選挙の投票日である。
すでに陽はとっぷりと落ちきっている。
やがてTV各局はとりどりの仕方で選挙速報をはじめるだろう。
下馬評では、参院で自民党造反組によって否決となった郵政改革法案の是非を直接国民に問うとした異例の小泉手法の単純明快なわかりやすが大衆受けし、自民・公明の与党大勝ムードであるが、はたして国民の審判はどういう結果を招くのだろうか、気にかかるところだ。
 気にはなるが、二週間の選挙戦を通じた世論の流れは、解散を宣した小泉を狂乱じみた「烏滸の人」と断じた私の予想を大きく裏切って、議院内閣制にもかかわらず国民投票的な形で信を問うとした、いかにも大統領型選挙を標榜したかのような小泉手法に国民の大半は乗せられてきている。
 三年前の9.11、グランド・ゼロに、偶々であるとしても重ねあわされたこの日本の9.11衆院選は、小泉流の愚民政治的手法が功を奏するのか否か、戦後60年という節目も重なり合わさって、この国の行く末に深く関わってしまうことは間違いあるまい。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 09, 2005

地図一枚捨てゝ心かろく去る

N-040828-011-1

<身体・表象> -11

<菅谷規矩雄の「詩的リズム
 ――音数律に関するノート」からのメモ-4>

「発生の原基」-承前

06、拍手-加速型リズム
たとえば政治集会などでの拍手は、発言に賛同するものの数だけ、まず自由なる主観として、いっせいに、且つてんでに発せられる。最初にここで表出されるのは、より空間的な同一性、共同的なる場面であるが<構成>としての時間は獲得されていない――それゆえなりやまぬ拍手はひたすら場面を持続させているのである。そのうちだれからともなく、手拍子は大きくゆるやかに波動のような拍をうちはじめる――全員がそろって、規則的に。そしてこの拍はしだいにテンポをはやめ、あたうかぎり加速されたあげく、ついにはまたバラバラの拍手となり‥‥ふたたび大きくゆるやかに拍をうちはじめ、規則的に加速され‥‥と、くりかえす。
拍と拍との間はすなわち共同的なる空間をとらえ、テンポを加速するにしたがってこの空間は圧縮・強化されて時間へと転移し、その時間の局限に見いだされるのは、ひとつの根源的な共同意志の成立である。
この加速的な拍手を、手拍子の表出形式の原型のひとつにかぞえることができる――(c)
この形式には、表出としての手拍子がふくむ自然さのごときものがみられる――いいかえれば等時的反覆よりは加速形式のほうが、いっそう原型的であることを示す、と。
07、拍と律――俳句のリズム構成
<拍-Takt=等時拍>と<リズム-音数律>の次元をできるかぎり明確に区別しておく必要がある。
わたしが詩の<リズム>というとき、それは<国=語>の発生-等時拍と、その現存(表現)-音数律との交点に描き出される言語の本質をさしている。
(例) ニワノ/サクラガ/ミンナ/チッテ/シマッタ/――この十七音の等時的拍音と、俳句の十七音とはいったいなにがちがうのか。
――(例)の文が、1-五つの文節からなること、2-どの文節も三ないし四音からなること。
ところで、リズムに重点をおくかぎり、この例文はある種のくどさを否定できないが、それは1の文節が五つあるためである。
ニワノ/サクラモ/ミンナ/チッタヨ/――あるいは
サクラモ/ミンナ/チッテ/シマッタ/――とでもすれば、そうしたくどさはのぞくことができる。
(例)の五文節十七音がうまくリズムをなさないのは、四文節十五音(拍にして16拍)が日本語におけるリズム構成の最大値であることに起因している。――そしてこの構成とさきにあげたa、bの手拍子の形式との一致は、偶然ではなくふかい必然であることはいうまでもない。
俳句の五七五-十七音は、そのリズムが<二部構成>とならざるをえない最少の音数律を示している。
――発句を連歌から独立した詩形として確立しようとした芭蕉は、おそらくこの<二部構成>を深く直観していたにちがいない。
リズムが<二部構成>だということは、十七音が三十二の拍を原理的な可能性として含んでいることにひとしく、したがって十五拍分もの無音の拍を<間>としてもちきれるか――という問いは不可避であった。初期の芭蕉の句はそうした事情を如実に物語っている。
芭蕉野分して-<1> 盥に雨を聞夜哉-<2>
櫓の声波ヲうつて-<1> 腸氷る夜やなみだ-<2>
これらを字余りとか破格とか、はたまた漢詩の影響とか、奇異とみなしているかぎり俳句はいつまでも<泰平の歌>にすぎないだろう。
08、等時性の成立
「ヒ!-火」と「キ!-木」から「ヒノキ-檜」へ
「ヒ!-火」や「キ!-木」それ自体は<拍=音=語=文>のように表出の全体性と不可分であったろう。その場合<場面>は心的にも時枝の考えるような<型>として表出に先行する時間性ではありえず、表出の瞬間(拍)に不可逆的に完了してしまうだろう。
それぞれが表出の全体性を内部で完結してしまう不連続の「ヒ!」と「キ!」を、たとえば「ヒ・キ(火の木)」という連続性へとおしあげていくには、いわば空間に点在しているようなひとつひとつの<音=語>を、あたうかぎり局限へむかって加速される<拍>の反覆にのせる――という経験のながい累積が必要であっただろう。そのはてでヒとキとは、もはや分離することなく結合した、ひとつのあらたな意識=観念として固定される――いいかえれば<ヒ・ノ・キ-(火の木=檜)>という等時拍形式が成立するのである。
ここにいたってようやく、一回ごとに不連続に完了してしまう表出の全体性から、つまり<語>としての言語から、言語の部分(条件)としての<語>へ、全体性の表出へと、自覚-対象化の転位がおこりえたと思うのである。
09、「唱える」「語る」「歌う」――折口説
折口信夫は文学の発生-起源を呪詞にもとめた――折口が起源に想像しているところをよみかえれば、言語の表出(発声)自体、とりわけ発声の等時的連続が、もっともつよく規範的威力をなしえた場面、表出の水準の尖端が同時に規範の上限をなすような、原初的な言語であるだろう。
<祝詞・宣命>などが、語るというよりもっと間の遅い、等速の拍をリズムとし、歌うよりはずっと節のおおまかな、わずかに高低アクセントを強調することで、節の変化をつけた<発声>の原型がかんがえられる。
一音語から二音語・三音語へと、概念の重層拡大は、拍の等速反復を土台とし指示性の分化を基軸として進んだであろう――それに対して、時枝のいう<ゼロ記号の陳述>こそが本質的に<辞>の発声を示唆しているごとく、言語の自己表出性は<間>に根ざしていてもっとも<語>としての分化をとげにくい、という進化のずれが存在する。
アキツミカミトアメノシタシロスヤマトノスメラガノル‥‥といったとなえかたには、等時拍定式のゆきついたはての様式化が象徴されている。
一語一語つまり一音一音、あたうかぎり等時拍的な正確さでたえまなく波うつように拍を持続させてゆく。なによりもその等時性が、もっともつよい規範=威力の基盤であったろう。その基盤-沈黙のはるか深みに<無言>がめざめていったであろう。
沈黙と無言――対位と循環はそこにものみこまれてある。沈黙から失語へ、さらに死語へ、そして饒舌へといたる循環がある。しかしまた沈黙から無言へ、無言から発語にいたる対位がある。
神の告ることばにたいして、土民は拍手をうたなかったか。パン‥‥パン‥‥と――ふたつの拍はひとつの無言をとびこえ、そしてすべての沈黙にいたる。
10、展開のプロセス
aの3・3・3・1‥‥の手拍子からいわば等時拍リズムと呼びうるものの原型を考えることができる。
bの三三七拍子は、<国=語>における最初の音数律リズムの成立を暗示しているだろう。
そしてcの加速的拍子とでもよぶへきものが示しているのは、それら双方に共通する祖型のごときものである。
これらをもとに、加速→等速→変速→重層‥‥という基本的な展開のプロセスを描いてみることができるのである。
aの形式を現存する<国=語>からとりだすことはほとんど不可能である。それは前=言語的なるままに<土俗-儀式>の領域を恒常的に循環している<黙契>の、最低限の外化形式となってわたしたちの社会の内部に棲みついている。――「それではみなさん、お手を拝借」というしだいである。

付記
本書の第三章「発生の原基」の後半要約部分は、
菅谷の「詩的リズム」論におけるもっとも核心をなしている箇所と、
私などには見受けられる。
とりわけ、07における、
日本語におけるリズム構成の最大値が四文節十五音(拍にして16拍)、
となる必然を導き出し、
発句=俳句の、五七五の十七音が、
リズム構成の最大値たる十五音(拍にして16拍)を越え出ているがゆえに、
<二部構成>への可能性を孕まざるをえない最少の音数律を示していること。
此処に至って、われわれの<国=語>が短詩型文学の最たるものとして
五七五、十七音の俳句へと結晶する構造的な必然が、
みごとに解き明かされているのではないか。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 08, 2005

とんぼにとんぼがひなたぼつこ

Nakahara050918-posta

<四方の風だより>

<ダンス・パフォーマンス予告、中原喜郎個展にて>

 昨年につづいて今年も
滋賀県立近代美術館にて開催される
日本画家、中原喜郎氏の個展において
四方館のダンス・パフォーマンスを行なう。
個展開催は来週、9月13日(火)から19日(祝)までの一週間。
「我ら何処より来たりて」
と題されたシリーズ六回目の個展となる。
聖書や神話世界を髣髴とさせる
叙事詩的あるいは劇的な宇宙ともいえる中原喜郎氏独特の画業に
即興の身体表現を重ね合せてみたいという実験的試みである。
ダンス・パフォーマンスを行なうのは
18日(日)のみ、pm2:00から。

詳細は下記HPをご覧願います。
http://homepage2.nifty.com/shihohkan/htm/link_htm/Nakahara050918.htm

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 06, 2005

風の中声はりあげて南無観世音菩薩

N-040828-086-1

<身体・表象> -10

<菅谷規矩雄の「詩的リズム
 ――音数律に関するノート」からのメモ-3>

「発生の原基」
01、前=言語あるいは場面
吉本隆明が韻律の本質にふれて、言語の条件の底辺に想定した<非言語時代の感覚的母斑>に対応するものを、現存における非言語的表出の形態のうちにさぐりもとめてゆくとき、非=言語的であるとともにかならず前=
言語的であるようなひとつの恒常的な発生領域にゆきあたるだろう。
その発生領域とは、手拍子や打器や叫び声やの音声反応の場面に、言語の発生過程と同様に、音楽や舞踏や劇の発生=本質をみることもできるだろう。
02、手拍子
<場面><リズム><構成>
X-フラメンコの手拍子-○○◎○○◎○◎○◎○◎
a-手締め-3.3.3.1の手拍子
前者Xに関していえばふたつの側面を指摘することができる。
第一に手拍子が、言語(詩)・音楽・舞踏という、表現としてはすでにそれぞれ固有の水準と位相へ分化し発達をとげた三様の形式を、ひとつの共通の根源へむかって結合しようとする機能をもつことである。
外化され<時=空>に定着するものは、それじたい表現であるところの<リズム=場面>である。この場合、時枝誠記のかんがえた<言語の場面としてのリズム>という概念にほぼ対応している。時枝のリズム観に対する吉本の批判は、この<場面>が本質的に意識の外化としての<構成>をふくんでいる、とみるところに発していると思われる。
第二に、根源に対する局限ともいうべきもの、表現としてのそのリズム特性である。
フラメンコの基本リズムは、12拍を単位として三拍子二小節に二拍子三小節をあわせ、かつ強迫が後ろにくる特徴をもっている。
ところで、なぜ日本民族は言語的にも音楽的にも、固有の表現として三拍子をもたなかったのか。
原型において問題するかぎり、日本的なる<拍>も、かならず明確な二拍子あるいは四拍子を構成しているし、本質的にそれ以外ではない。――唯一、西欧的な三拍子に相当するものがないことにおいて独自なのである。
この問題を解く鍵は、<間=無音の拍>である。
この<無音の拍>に、等時拍を音数律へと構成するリズムの原理=本質がかけられている。
03、構成的なるもの
手締め=aの3.3.3.1の手拍子は、西洋流にかぞえれば四拍子四小節からなる16拍である。
a=○○○●/○○○●/○○○●/○●●●
よくいわれる三三七拍子=bもまた四拍子四小節の16拍構成である。
b=○○○●/○○○●/○○○○○○○●
手締めaにおける3.3.3.1の最後の一拍が意味しているのは、それがはたす終止の機能によってはじめて運動過程のインテグラル=積分が<構成>へと媒介され、リズム表出が成立する――この場合、<リズム>とはどんな単位概念でもなく、一篇の<作品>としてのリズムというトータルな概念=構成力をあらかじめ含んでいるのである。
04、仮構としての反覆
日本語のリズムが等時的拍音形式のうえに成立するものであることは定説であるが、
では等時拍のもつ<等時性>とはなにかと問いを遡行せねばならない。
等時的反覆とは、それじたいがすでに<人間>的意識からすれば高度に自覚された仮構性である。
わたしたちは人間の身体をも含めて自然的現象のうちに無数といってよいほど多様な等時的反覆を識別することができる。たとえば心臓の鼓動もその一種として表象されている――けれどもわたしが心臓の鼓動を意識するやいなや、その鼓動はけっして等時的には反覆しない。意識されたものとして脈動は、かならず速くなったり遅くなったり、強くなったり弱くなったり、あげくのはては結滞したりまた脈うちはじめたり――つねに変化していて、等時的反覆を自覚して保とうとするかぎり、逆に意識自体を消して心臓を自然的現象たるわたしの身体に還元する以外にないことがわかる。
ここからわたしたちは人類史のある原始的な段階を想像することができる――<人間>が最初に獲得した<心臓の意識>とでもよぶべきものは、それがかならず停止せずにはいないものだという自覚からなっており、したがって最初の仮構の契機は<反覆>というより持続=連続への欲求に発していたはずだ。つまり自然的反覆の等時性を自覚すればするほど、逆に<人間>はそれにシンクロナイズしえない存在だという意識の深化がもたらされる――この発生=本質は仮構としての等時的反覆からつねに失われることがないだろう。
あらゆる反覆が仮構されるためには、まず<構成>が獲得されねばならなかった――<人間>的意識の外化においては<構成としての時間>を本源的場面とする仮構がなされており、リズムとはこの仮構された時間の<構造>である、とひとまず定義しうるだろう。
手締めaにおいては反覆の停止が構成の原理であることを示しており、bでは反覆の重層=拡大が原理であることを示している。Xもまた原理的にはbと共通する側面を示しているといえよう。
05、間(ま)とはなにか
a、bとXとをリズムの表出として決定的に隔てているものは、ほかならぬ<間>である。
<リズム>という西欧的概念に相当する、日本的なる意識が<間>におかれてきたことはいうまでもない。
中世から近世にかけてあらゆる芸術的表現の尖端は、間を基軸として展開し、いっさいの表現は間のとりかたに集約されてきた。
<意識とは意識された存在以外のものでは決してありえない>とする<ドイツ・イデオロギー>の定式を、存在を外化とよみかえてあてはめるならば、間の意識はそれに対するもっとも根深いアンチテーゼをなすといえるだろう。間はついに外化されないがゆえにどこまでも個体の主観に委ねなければならない。
表現とは<型>を超えることであり、しかも<型>を超えるのは<間>であるというところに、<国=語>におけるリズム表現のアポリアがひそんでいる。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

September 05, 2005

年とれば故郷こひしいつくつくぼうし

uvs050420-096-1

<四方の風だより>

<小劇場、芝居小屋をつくろう>

 9月4日、K師の三回忌に集う会が夫人主催の形で行なわれた。
奈良学園前の稽古場にて午後1時に5分ほど遅れたが、なんとか開始には間に合った。
大勢すぎる、6間×7間の稽古場に人、人があふれかえっている。
百二三十、いや百五十人ちかく集まったかもしれない。
いざ案内を出していくと、あの人もこの人もと、当初予想よりずいぶんとふくれあがったのだろう。
日高テルさんも来た。7期の竹田さんが同期生3名を伴っていた。上柴さん、金子夫人、中原喜郎夫妻、それに時さんと雅子夫婦。松田智恵さんは帰りがけに「山頭火、よかつた」と声をかけてくれた。昨年の市岡のに来てくれていたのだ。常連スタッフ連は、建築の安原秀、染色の千葉綾子、照明の新田三郎、それに野方君、山城武、矢野君、伊藤茂、升田光信、藤井君。研究生の古いところは、浜口慶子とその一統は森島栄子と平山佳子、高山明美、神原(梯)栄子、奥田(波種)房子。こうしてみると名前と顔が結びつくのは意外に少ない。
まずは、40分間ほどの研究生たちによる作品の鑑賞。
室内に入ると息苦しいほどの混みようだから、外から眺めることにした。そのほうがよほどリラックスできるというもの。
前2曲は研究生の作品、最後におなじみ「出かけるシンフォニー」。
演目が終わると、矢野君準備の料理が持ち込まれて、宴のはじまり。
山城君がK師生前の映像を会場に流す。つづいて延々と古い作品や稽古場風景などが映し出される。それを観ながらあちこちで談笑の渦、渦。
中締めが3時半頃だったか、ぼつぼつと去りゆく者あれど、半減するのに一時間はかかったろう。片付けにかかりだしたのはもう5時近かった。
茂子夫人に古書で手に入れた田辺聖子の「ひねくれ一茶」を手渡してお別れ、伊藤一家を学園前の駅まで乗せて、家路に着いた。

 席上、ひとつだけ大きな収穫があった。伊藤君がいよいよ小劇場をやりたいと本気で言い出してきた。いろいろ話しているうちに、安原さん関係の「都住創」の小空間が有力候補としてもちあがってきた。所有者側にとっては持ち腐れの経費負担ばかりとなっているらしいから、どうやら渡りに船のこととなりそう。スペースは30坪位、手ごろな広さではあるが、たしか少し異形だったような気がする。現場を再確認する必要はあるが、とても現実味のある話だ。伊藤君は主要スタッフにスペースゼロをやっていた古賀・宮本ラインを想定しているから、彼らをメインに据えればスタッフにはこと欠かないし、運営上の不安も小さい。小劇場を仕掛けていく必要条件は十全といえないまでもかなりのネットワークを形成できるだろう。3年で一応の軌道に乗せて、5年で関西の演劇拠点の一つにつくりあげることは可能ではある。実年・初老世代の叛乱としてもおもしろいではないか。
この話、イケイケドンで進めるべし。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 04, 2005

かさりこそり音させて鳴かぬ虫が来た

N-040828-061-1

<世間虚仮>

<40兆円と40億円>

 MBS(TBS系)のニュース番組、ブロードキャスターを観ていたら、ハリケーン・カトリーナ被災で脱出できなかったニューオリンズ市民たちの、連邦政府による救援活動の立ち遅れに不平不満を爆発させている姿が映し出されていた。被災から5日目にやっと救援活動が本格化したというのだからあまりに遅すぎる。暴力や略奪を決して正当化することなどできないが、これでは一部市民が暴徒化するのも致し方ない一面があるだろう。

 この放送のなかで、皮肉をこめて一言触れられていたのが表題とした「40兆円と40億円」。
なんのことかというと、40兆円とは米国の国防費予算のこと、40億円のほうは自然災害対策予算のことだそうで、なんと自然災害対策費は国防費の1000分の1。この数字のギャップに驚きもしたが、ブッシュ・アメリカのこととてさもありなんかと納得したりもした。

 ところが、念の為、ググって調べてみると、実際の国防費はそれどころではなかった。「2006年ブッシュ政権予算教書の分析」というページによれば、国防総省予算のみで4,190億ドル、国防総省以外の軍事関係予算を加えると約二倍の8,400億ドル。ところがこの数字にはイラク・アフガニスタンでの戦費が計上されていない。というのはあとから補正予算で組まれる仕組みになっているからだとのこと。この戦費が昨年実績から計数すれば約1,000億ドル、したがって計約9,400億ドルがブッシュ政権の年間総軍事費ということになる。最近の円相場1ドル110円として換算すれば、なんと103兆4000億円。

 ブッシュよ、治安に問題ありとてヘリで上空から視察などと隔靴掻痒の類で慰めにもなるまいに、せめてニューオリンズの被災難民たちに直かに向き合うべきだろう。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 02, 2005

めつきりふえた白髪剃りおとす

uvs050420-086-1

<古今東西-書畫往還>

<茂木健一郎「脳と仮想」が小林秀雄賞に>

 <クオリア>-意識のなかで立ち上がる、数量化できない微妙な質感-をキーワードに脳と心の関係を探究しつづけているという脳科学者、茂木健一郎の「脳と仮想」に本年の「小林秀雄賞」が与えられたという。著者の茂木健一郎は1962年生まれというから43歳、昨今注目の人である。「クオリア日記」というブログを彼自身が日々の報告記として書いている。
受賞の「脳と仮想」は昨秋出版され、私も11月頃に読んだものだが、評論エッセイとして独自のクオリアという科学的知を文芸の世界へと解き放ち横断してみせるその手際が些か洗練の行き届いたかにみえて、私などには以前の著書「意識とはなにか-<私>を生成する脳」(ちくま新書)のほうが知見の新鮮さと魅力がストレートに伝わったと思われたが、それにしてもひろく読者を得るに足る書ではある。
その意味では受賞という栄誉はまことに喜ばしいことである。

 新潮社主催の小林秀雄賞の選考委員構成は、加藤典洋、河合隼雄、関川夏央、堀江敏幸、養老孟司の五氏となっているが、面白いことに選考対象となる候補作について事前に公開することなく選考会議に諮られ決定されるらしい。ということはノミネートされていることを著者本人たちはいっさい知らないから、やぶからぼうに受賞の報せを聞くことになる。突然の報せを受けて驚きや悦びが錯綜する受賞者の対応ぶりに人間臭さもあらわれて、このあり方も一興かと思わされた。

 本書がどんな世界を開示しているか、ひとつの章をメモ的に要約紹介すれば以下のようなものである。
<生きること、仮想すること>
-考えることと感じること-アメリカ在住のある認知発達の研究者は、時に「科学者としてではなく芸術家として」考えるということをモットーとしている。考えることと感じることは、原理的に必ずしも対立しているわけではないが、実際にはしばしば、科学的方法を通して世界を把握することと、感じることを通して世界と出会うことの間には、主観的体験としての断絶がある。
-傷つけられ得ること-個別性に寄り添って生きるということは、時に傷つけられることが避けられないということを意味する。傷つけられてしまった事実から逃れられない状況の中で、生きつづけなければならないことを意味する。実際に傷つくことと同様に、傷つけられる可能性自体が、生きるうえでの切なさに通じることがある。
-芸術は、人の心を傷つけることで感動させる-一見逆説的なことに、すぐれた芸術作品は、どこか、人の心を傷つけるところがある。
-傷を受けての脳の再編成-ある体験から心に傷を受ける、それはその体験によって生じた脳のなかの神経細胞の活動によって、脳が大規模な再編成を余儀なくされることである。記憶の対象の取捨選択は、脳の扁桃体を中心とする情動系と、海馬を中心とする記憶系の相互作用によって行われていると考えられる。適当な形で心-脳-が傷つけられることで、その治癒の過程としての創造のプロセスがはじまる。脳は傷つけられることがなければ、創造することもできないのである。
-心が受けた傷から放射される仮想-人間は、なぜ「平和」という仮想を生み出さなくてはならなかったのか。「愛」という仮想は、「極楽浄土」というヴィジョンは、どのような生の必然性から生み出されたのか。私たちの意識のなかで生み出されるさまざまな仮想は、このうえなく厳しい人間の生存条件のなかで、私たちの心が傷つき、その傷が治癒される際に放射される光のようなものではなかったか。
-救済の問題-仮想によって支えられる、魂の自由があって、はじめて私たちは過酷な現実に向かい合うことができるのである。それは意識を持ってしまった人間の本性というものなのだ。

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 01, 2005

ひとりで蚊にくはれてゐる

050826-024-001

<世間虚仮>

<水道の民営化がまねく悲劇>

 些か旧聞に属するが、8月20日の土曜日の夜、偶々だがNHKでウォータークライシスという特番をしていたのを観た。シリーズ第1回は「狙われる水道水」と題されていた。
世界では水道事業の民営化が進められているという事態そのものに驚きを禁じえなかった。
番組では、フィリピンの首都マニラの民営化された水道事業の破綻への推移、アメリカの小さな村がいったん民営化された村の水道をグローバル企業傘下の水道会社から村民の公営事業へと取り戻す運動の経緯、イギリスのサーチャー時代にすべて民営化された水道事業をNPO方式で運営しているウェールズ地方のありかた、の三つのケースを紹介していた。

 悲惨をきわめているのはフィリピン・マニラのケースである。
後進地域や途上国など自国の経済力で水道事業などインフラ整備をできない国は、世界銀行や国際通貨基金(IMF)などに融資をうけるわけだが、その場合に貸付条件として水道事業にかかる全コストの回収や水道事業の民営化を要求しており、1200万人が住むというマニラの場合も都市を東西二分して、二つのグローバル化した水企業と契約、水道のインフラ整備から供給まで委託したという。
これが悲劇の始まりである。
水道といえば公共事業しかありえぬという日本に住む我々の常識感覚では考えられないことだが、独立採算でなおかつ利潤をうみだすことを必須とするのだから、料金が高騰するのは当然で、すぐさま庶民の生活を圧迫するほどの事態となる。数年の間に何倍にもはねあがって、取材を受けて話していた輪タクで生計をなす一市民は、水道料金が生活費の2割以上にまでなると嘆いていた。そこで貧しい市民たちは背に腹はかえられないとばかり、こっそり水道管に手製のパイプを取り付けて我が家へ引くという挙にでる。いわゆる水泥棒だが、これがどんどん横行する。供給会社は取締りを強化し、水泥棒探しに躍起となる。見つかれば水は当然止められるが、その上に月収の何倍かの罰金が科せられる。これではイタチごっこだろうが、見つかって御用となった家は悲惨このうえない。テレビでもこのケースを放映していたが見るに忍びないような映像だった。
このような制度環境ではただでさえスラム化している大都市マニラは、さらに加速して大多数の市民がスラムの住民と化すのにさして時間はかからないだろう。

 南米ボリビアでの水道問題に端を発した騒動はさらに悲惨な状況だと各所で伝えられているというのに、世界銀行やIMFは多国籍企業による水道事業の独占化を推進するような融資制度をあらためる意志はまるでないらしい。後進地域や途上国はすでに巨額の債務を抱えており、世界銀行やIMFのいいなりにならざるをえない。2001年11月時点ですでに世界人口約60億人のうち4億人が、民営化された水道事業のもとに供給されており、2015年には10億人に増大すると予想されている、というから恐ろしい事態ではないか。
グローバリズムの自由経済、国際的な民営化への流れとは、貧困をなくせないどころか最貧へ極貧へと落とし込み、世界人口の大半を貧困化へ追い落としていく危険を大いに孕んでいるものなのだ。
アメリカ・ブッシュにおもねる小泉流郵政民営化もこの伝でないことを望みたいものだが‥‥。

<参考サイト>
NHK-ウォータークライシス「狙われる水道水」
水の民営化とWTO

⇒⇒⇒ この記事を読まれた方は此処をクリック。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« August 2005 | Main | October 2005 »