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May 27, 2005

逢へば別れるよしきりのおしやべり

N-040828-028-1
   「In Nakahara Yoshirou Koten」

<古今東西> 

<マルクスの愛・贈与論>

はじめにことわりおくが、恥ずかしながら、私はこの年に至るまで、マルクスの著作を直かに読んだことはない。すべて誰かの書を通して、ということはその書き手の批評や解説の類、鑑識の眼を通してであり、その書き手の数も十指に余りあろうが、それらの集積のなかでマルクス像を結んできたにすぎない。いくら振り返っても、遠い昔に、誰でも知っているエンゲルスとの共著「共産党宣言」を読みかじったくらいの体たらくなのだが‥‥。

初期マルクスの「経哲草稿」には、愛に触れたこんな一節があるとは些か不意をつかれた感がした。
「きみが愛することがあっても、それにこたえる愛をよび起すことがないならば、換言すればきみの愛が愛として、それにこたえる愛を生み出すことがないならば、きみが愛する人間としてのきみの生活表現によって、きみ自身を、愛された人間たらしめることがないならば、きみの愛は無力であり、一つの不幸なのである。」

この言を引いていたのは、中沢新一氏のカイエソバーシュ-3の「愛と経済のロゴス」
これはまさしく愛の互酬性、贈与としての愛の言説ではないか、と。
自分自身を愛するのではなく、他者を愛することによって、かえって自分自身が愛される人間になるという、愛についてのこの謂いが格別特殊なものでもなく、ごく自明の言質というべきなのだが、マルクスの言というだけで、私が抱いてきたマルクスへの既視感を逸脱して、私にはかなり新鮮に映るのだから奇妙なことではある。

本書で中沢は「資本論」に結実していくマルクスの思考は、その出発の時点では贈与論の思考をあらわに表に出しながら展開されていたものとし、マルクスは最後まで贈与論的な思考に支えられていたと想定したうえで、
マルクスの思考の背景に流れる、愛の互酬性、贈与としての愛を読み解き、貨幣の交換原理に互酬と純粋贈与の贈与論を対置させ、すでにグローバル化してしまった資本主義社会に対抗し、これを突き抜けうる人間世界の理論を構築しようとする。


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May 25, 2005

田植唄もうたはず植ゑている

<言の葉の記>

<早苗とる-田植え>

   白河の関こえて
 風流のはじめや奥の田植うた 芭蕉

日本列島はいま田植えの真っ盛りだろう。
彼方此方からの田植えニュースがひつきりなしにある。
古歌では田植えのことを「早苗とる」と言っている場合が多いようで、
その古意の面影を宿して芭蕉の詠んだであろう句が

 早苗とる手もとや昔しのぶ摺  芭蕉

田植えが村挙げての行事であり、神事でもあった頃の田植えの指揮者は、
祭りの故実に通じ、数百章もの田植え歌をそらんじていなければ勤まらなかった、
というから今の世では想像しがたいような話だ。

 つれよりも跡へあとへと田植かな  千代女

 勿体なや昼寝して聞く田植唄  一茶

今に残る田植え歌を聞かせてくれるサイトを探してみた。
都会のコンクリートジャングルの中で、
ひととき田植え風景を連想しながらお聴きになっては如何。

「鹿児島・喜界島の田植え歌」
「広島・安芸地方の原田はやし田の半掛という田植え歌」


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May 24, 2005

源平などの名のある人の事を、花鳥風月に作り寄せて

N-040828-035-1
    「In Nakahara Yoshirou Koten」

風姿花伝にまねぶ-<15>

<物学(ものまね)条々-修羅>

 これ又、一体の物なり。よくすれども、面白き所稀なり。さのみにはすまじき也。
 但、源平などの名のある人の事を、花鳥風月に作り寄せて、能よければ、何よりもまた面白し。
 是、殊に花やかなる所ありたし。これ体なる修羅の狂ひ、やゝもすれば、鬼の振舞になる也。
 又は、舞の手にもなる也。それも、曲舞懸りあらば、少し舞懸りの手遣ひ、よろしかるべし。
 弓・箭(やな)ぐひを携へて、打物をもて厳(かざり)とす。その持ち様・使ひ様を、よくよく伺ひて、その本意を働くべし。
 相構(かまえて)々、鬼の働き、又舞の手になる所を、用心すべし。

阿修羅-asura-、略して修羅は、六道説において、地獄・餓鬼・畜生の三悪道に対し、修羅・人・天の三善道と配され、元来、善神を意味していたが、帝釈天などの登場とともに彼らの敵と見做されるようになり、常に彼らに戦いを挑む悪魔・鬼神の類へと墜とされてゆく。
ある仏説では、帝釈天宮に攻め上った阿修羅王が日月をつかみ、手で覆うことから日蝕・月蝕が発生するのだと説かれている。

修羅物とは、世阿弥の父観阿弥の頃より、「よくすれども、面白き所稀なり。さのみにはすまじき也」とあるように、曲は多彩を誇り、数々演じられるけれど、あまり評価は高くなかったようである。
しかし、世阿弥は、修羅物としての「軍体」の新しき創出を次々と世に送り出す。
それは、南北朝内乱の余波なお鎮まらぬ「太平記」的な背景からくる時代的要請であったろうし、
討死にという不覚の一瞬に凝固する、あり余る生への執着を残したまま冥界に去っていった死者たちの無念の思いへの関心は、多くの人々の共有するところ故であろう。
今日残されている修羅能の名曲には、世阿弥の作が多い。
世阿弥の発見は、「源平などの名のある人の事を、花鳥風月に作り寄せて、能よければ、何よりもまた面白し」によく顕れている。
世阿弥はのちに「三道」の中でも、軍体の能は「殊に殊に、平家の物語のまゝに書くべし」とまで言っている。
「忠度」「実盛」「頼政」「清経」「敦盛」などは世阿弥の自信作であったろう。
なかでも「忠度」を自ら「上花」(秀作の意)と評価しているあたり、世阿弥の自負のほどが覗える。

「これ体なる修羅の狂ひ‥‥」以下、
とかく「修羅の狂ひ」は「鬼の振舞」にもなりやすく、また、逆に花やかにしようとすると「舞の手」になりやすく、とちらかへ偏りがちなものだ。装束に弓箭や太刀長刀を帯びているから、その持ち方や使い方をよほど熟練して働かせなければ、曲舞がかりの拍子に乗る動きもなかなか難しく、少し舞懸りの手の工夫が加味されるのがよいだろう。よくよく注意して、鬼の働きにも偏らず、舞の風流にも偏らず、工夫せよ。
というほどの意か。

この修羅能における「軍体」の演技について、のちの世阿弥は、「砕動」と「力動」という対照的な語を用いて、より深まりをみせる
砕動とは、心を砕いた所作、人間的な心をその動きにしっかりと込めた所作とでもいうべきか。
鬼の所作として大仰な派手々々しい表現の力動に対置し、砕動を用いて芸の工夫とする。
さらには、後日の鬼の段に再出しようが、鬼の一風体としての「砕動風鬼」をも生み出すことになる。

――参照「風姿花伝-古典を読む-」馬場あき子著、岩波現代文庫


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May 21, 2005

ひよいと穴からとかげかよ

靖国問題


<古今東西> 


<靖国問題を根源から問う>

中国や韓国から歴史認識問題や首相の靖国神社公式参拝で厳しくも激しい批判を浴びるなか、就任以来の高支持率も低落の一途をたどり今やただのガンコおやじに成り下がりつつある小泉首相は、なおも参拝の継続に意欲を滲ませている。
そんな時期にタイミングよく発刊(4/10付)され、朝日新聞や毎日新聞の書評で採り上げられていたのが、
ちくま新書「靖国問題」である。
本書を読了して「靖国」」のあまねく日本国民の心性への呪縛の深さがいやというほど思い知らされる。
著者高橋哲哉の専門は哲学、20世紀西欧哲学を研究し、政治・社会・歴史の諸問題を論究。最近、「NPO前夜」を共同代表として立上げ、季刊「前夜」(第1期1号~3号既刊)において主筆的立場で健筆を奮っているようだ。
本書「靖国問題」をひもとけば、靖国神社とは如何なる存在か、その歴史的背景、日本国内を布置とした場合と東アジア全体を布置とした場合との差異など、「靖国」を具体的な歴史の場に置き直しつつ、その機能と役割を徹底的に明らかにした上で、著者流の哲学的論理で解決の地平を示そうとしている。
朝日書評で野口武彦氏は「ナショナリズムと国際感覚のはざまで考えあぐみ、正直なところ、戦死者を祀るのは自然だが、自分が祀られる事態は迎えたくないと感じているごく平均的な日本人が、各自と靖国とのスタンスをさぐるのに便利な一冊である」と。また毎日の書評子は「靖国問題がいかに感情的な問題かを述べたあと、著者は極めて論理的に、靖国がどのような装置であるかを明らかにしてくれる。難しい複雑な問題だ、と思われている靖国問題が、こんなにすっきりわかるのは不思議なくらいだ」と書くように、骨太な労作の書である。
本書を案内するには、冒頭の「はじめに」において本書構成の各章について著者が示してくれているのが役立つだろう。
以下引用する。

第一章の「感情の問題」では、靖国神社が「感情の錬金術」によって戦死の悲哀を幸福に転化していく装置にほかならないこと、戦死者の「追悼」ではなく「顕彰」こそがその本質的役割であること、などを論じる。
第二章の「歴史認識の問題」では、「A級戦犯」分祀論はたとえそれが実現したとしても、中国や韓国との間の一種の政治的決着にしかならないこと、靖国神社に対すね歴史認識は戦争責任を超えて植民地主義の問題として捉えられるべきこと、などを論じる。
第三章の「宗教の問題」では、憲法上の政教分離問題の展開を踏まえた上で、靖国信仰と国家神道の確立に「神社非宗教」のカラクリがどのような役割を果たしたのかを検証し、靖国神社の非宗教化は不可能であること、特殊法人化は「神社非宗教」の復活にもつながる危険な道であること、などを論じる。
第四章の「文化の問題」では、江藤淳の文化論的靖国論を批判的に検証するとともに、文化論的靖国論一般の問題点を明らかにする。
第五章の「国立追悼施設の問題」では、靖国神社の代替施設として議論されている「無宗教の新国立追悼施設」のさまざまなタイプを検討する。不戦の誓いと戦争責任を明示する新追悼施設案はどのような問題を抱えているのか、千鳥ヶ淵戦没者墓苑や平和の礎をどう評価するか、などを論じる。

著者の反植民地主義思想は本書において徹底して貫かれている。

朝日新聞書評-2005.05.15付 評者:野口武彦
毎日新聞書評-2005.05.15
NPO「前夜」HP


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May 20, 2005

はれたりふつたり青田になつた

biwa-1 
「奥村旭翠さんの琵琶演奏」

<四方の風だより>

<プレ花の宴:筑前琵琶の弾き語り>

大阪文化団体連合会(略称・大文連)が、加盟参加の邦楽・邦舞団体の協力のもとに、「花の宴」と題する伝統芸能の祭典ともいうべきイベントが6月11(土)、12(日)の両日、豊中市のアクア文化ホールで行われる。在阪の邦舞・邦楽界で活躍している団体が大挙して出演、華やかに艶を競う。毎年この時期に開催されもう30年近く続けられている年期のいった行事でもある。
ここで紹介するのはこの「花の宴」のプレ企画として、今夕(5/20)開催される
「筑前琵琶の楽しみ」と題された琵琶の演奏会
会場は、豊中市立伝統芸能館 Tel 06-6949-4646
阪急宝塚線「岡町」駅から徒歩3分。大石塚・小石塚古墳の手前にある。
開演は、午後6時30分  入場は無料
出演は奥村旭翠と琵琶の会
演目を列挙しておくと
 1.「湖水渡り」   新家旭桜
 2.「大楠公」    田中旭謡
 3.「間垣平九郎」  奥村旭翠栄
 4.「衣川」     野田旭勝
 5.「敦盛」     奥村旭翠

琵琶界の人間国宝・山崎旭翠の後継と目される奥村旭翠の弾き語り芸は必見の価値あり。
お近くにて心惹かれる方はどうぞお出かけあれ。


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May 19, 2005

水音とほくちかくおのれをあゆます

N-040828-046-1 「In Nakahara Yoshirou Koten」

<身体・表象> -6

<身分け、錯綜体としての身>
       引用抜粋:市川浩・著「身体論集成」岩波現代文庫 P7~P12

生き身である<身>は、自然の一部でありながら、動的均衡を保ちつつ自己組織化する固有のシステムとして自然のうちに生起する。
<身>は相対的に<閉ざされ>、まとまりをもったシステムだが、自己組織化はたえまない<外>との相互作用のなかではじめて可能となるのだから、<開かれた>システムでもある。
<身>の組織化に応じて、自然は分節化され、意味と価値をもった有意味的な環境が生ずる。
その意味で<身>の生成は、<身>が自然を分節化することであり、また歴史のはじまりであるとともに、すでに分節化された文化的世界を受け入れつつ、それを再分節化することにほかならない。
しかし<身>は、一つのレベル、一つの相においてのみ生きるのではない。<身>の自己組織化には、生理的レベルから、家族的社会的関係を含む感覚-運動的レベル、さらに複雑な社会関係のなかでの再組織化の諸段階を経た意識的-行動的自己組織化にいたるさまざまのレベルがある。
また、これらの自己組織化は、記号や用具や制度など、人間が歴史的に産み出したものを媒介にした文化的自己組織化と切り離すことができない。<身>の個人的自己組織化は、文化的・集団的自己組織化の形態によって変化しうるのである。

こうして<身>はさまざまのレベルで有意味な環境をもち、環境のもろもろの意味を指向しつつ生きるが、そのとき同時に、<身>それ自身がさまざまの意味をもつものとして、前意識的なレベルで分節化されている。意味や価値は、<身>が環境に与えるものであるとともに、環境によって<身>に与えられる。つまり環境の分節化は、逆にいえば<身>の分節化であり、両者は循環している。
いうならば、自然-というより歴史のはじまりとともに、すでに分節化された世界-を受け入れつつ、それを再分節化するとき、世界の分節化の反照として、同時に<身>みずからが分節化されるのである。

われわれが生き、行動するさい、われわれは、<身>で分けた世界を意識している。しかし、反射的な反応のように、意識する必要のない、あるいは意識されない<身>による世界の分節化のレベルがあり、われわれは意識レベルはもちろん、前意識レベルでも、<身>で分けた世界の文節的風景を生きているのである。それは同時に<身>みずからが、潜在的に分節化され、世界の姿を介して<身>が分けられることにほかならない。それは一つの共起的な出来事であり、一つの事態の両面である。
このような事態を<身分け>と呼ぶ。
世界をパースペクティヴのうちにおさめることは、暗黙のうちに、<身>をパースペクティヴの原点におくことである。遠近法が、ある視点から見られた構図であるとともに、構図そのものが、虚点としての潜在的消点をもつように、<身>は世界を把握する顕在的な原点であるとともに、世界の秩序が反照的に浮かび上がらせる潜在的消点でもある、という二重性をもっている。

<身>の概念が、われわれの生の現実にとってどれほど身近であるかは「身」を含む熟語がきわめて豊富であることによくあらわれている。
中国からの漢字が渡来する以前、大和ことばとしての<み>は、「身」であり「実」でもあったろう。
「身」と「実」は同じ語源とされる説が有力であるが、このこと自体<み>のひろがりを示している。

「身が入る」といえば、生理的レベルと同時に精神的レベルの意味にもなる。
「栄養が身につく」のは生理的レベルだが、「教養が身につく」となれば、その<身>は精神的自己にも近い。
「心に沁みる」というよりも、「身に沁みる」といったほうが、却って真に切実さを感じさせさえする。
「身がまえ」は、身体のあり方やよそおい、行動の準備態勢であるとともに、心のかまえでもあり、「身だしなみ」などと同様、精神的・倫理的ニュアンスをおびてくる。
「身を立てる」とは生計を立てることであるとともに、社会的に認められる存在として「身を起こす」ことでもある。しかし「身を起こす」という表現は、単に起き上がるという即物的な動作の意味でもあり、<身>のあり方は相貌的特徴に結ばれた類比的な層構造をなしている。
「わが身」は自称だが「おん身」は他称である。「身内」は拡大した自己であり、「身のほど」といえば社会的地位・境遇ともなり、「ひとの身になる」は他者の立場になることであるが、ニュアンスとしては少なからずより親身に、「身を入れて」考えていると感じられるだろう。

こうして人間は、もろもろの<身>のレベルを多様な仕方でたえず統合しながら生きる全体存在として「身をたどる」、つまり<身>の処し方に応じてさまざまな仕方で<身>を統合する。
しかしその全体は実体的な統一ではない。<身>は、<他>とのかかわりのなかで、多極分解する可能性につねにさらされた錯綜体としての危うい統一なのだ。
統合化された錯綜体としての<身>は当然<こころ>のレベルをも統合しているから、<身>は心をも意味する。「こころ」は「み」と根本的に対立したものではなく、活動する生き身のはたらきが「凝り集まった中心」であり、つねに此処である身の原点の在り処だろう。

こうした<身>の諸相が、<常>の<身>であるとすれば、<稀>あるいは<奇>のあり方としての<身>というべきものがある。
「身変わり」は、元来祭りの前の物忌みのため、常人と異なった状態となり、神事にあずかる身となることだが、このことを広くとれば、<常>の状態でし潜在化している身の異なった形態化への可能性を孕むものとして受けとめられよう。
<身>は他者をふくめた世界とのかかわりにおいてある関係的存在だが、そのかかわりはさまざまのレベルでの拒否的な関係の可能性をふくむものであり、またその統合は、多重人称性が暗示するような多極分解的な形態化の可能性を孕んでいる。
<身>がかようにあやうい存在であるならば、いかなる人間にも<身変わり>の可能性は存在する。ハレとケのあり方はもちろん、憑依をはじめとするいわゆる狂気の状態のあり方も、<身>が本来、世界とのかかわりの転換可能性を孕んだ不安定な動的統合であるかぎり、<身>の潜在的な統合ないし形態化の可能性として存在するのである。

自己組織化にはその<図と地>あるいは<表と裏>ともいうべきものがあり、支配的・意識的な自己組織化の裏には、その逆相ともいうべき世界があり、可能態としての多極分解的なアモルフな形態化が潜在しているが、これはさまざまの<身変わり>においてあらわにされ、あるいは象徴的に表現されるだろう。
図と地あるいは順相と逆相というのは、支配的意識(常識的分節化)に中心化した捉え方であるから、中心の移動や逆転が可能であり、その全体はたえず<他>へ脱出し、非全体化する可能性を孕んでいる。かようなあやういあり方が、<身>の自己組織化の実態である。
つまりは<身変わり>において身分けされる世界の異相というものもあるわけだ。
こうした多重的な意味発生が重層化し、記号や用具やもろもろの文化的産物を通じて、それらの意味が共有され、伝承されているのが、われわれが体験する現実世界なのだ。


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May 18, 2005

あうたりわかれたりさみだるる

水底の歌―柿本人麿論 (下)                                                                                                                                                                    <古今東西> 

くうママさんの「和歌」にトラックバックしています。

<相聞の歌に隠された悲劇>

嘗て、梅原猛氏が「柿本人麿の死は、賜れた死、すなわち刑死であった」と、
かなり衝撃的な説を述べた長大な書「水底の歌」を読んだ。
もう20年以上遡ることで、その頃の集英社発行の季刊「すばる」誌上だった筈。
枝葉末節はほとんどすでに忘却の彼方だが、
万葉集巻二の、石見の国にて人麿が臨終の折に詠んだ歌一首に、
妻依羅娘子が人麿の死を偲んで詠んだ歌二首、
さらに、丹比真人なる者が人麿の代わりに応えて詠んだ歌一首と、
何故か昔よりここに添えられているという作者不詳の歌一首、
この五首構成からなる件をどう読み解くかが、論の中心だったと記憶する。
以下、その件を万葉集巻二より引用転載するが、
そこからどんな悲劇の面影が立ち顕れてくるか、とくとご鑑賞を。

   柿本朝臣人麿の石見国に在りて臨死(みまか)らむとせし時に、
   自ら傷みて作れる歌一首
鴨山の岩根し枕(ま)けるわれをかも知らにと妹が待ちつつあるらむ

   柿本朝臣人麿の死(みまか)りし時に、
   妻の依羅娘子(よさみのおとめ)の作れる歌二首
今日今日とわが待つ君は石川の貝に交じりてありといはずやも

直(ただ)の逢ひは逢ひかつましじ石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ

   丹比真人の柿本朝臣人麿の意(こころ)に擬(なぞ)へて
   報(こた)へたる歌一首
荒波に寄りくる玉を枕に置きわれここにありと誰か告げなむ

   或る本の歌に曰く
天離(あまざか)る夷(ひな)の荒野に君を置きて思ひつつあれば生けりともなし
   右の一首の歌は作者いまだ詳らかならず。
   ただ、古本、この歌をもちてこの次に戴す。


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May 17, 2005

あたたかなれば木かげ人かげ

今すぐできる体質改善の新常識


<日々余話>

<ありがたやの足湯処情報>

15日の<七栗の湯詣で>を読んで、
友人T氏から早速の丁重なFAXが届けられた。
120km離れた榊原温泉への月通いも幼な児のアトピーゆえなのだが、
近頃、T氏在住の芦屋の海浜公園近くに、「潮芦屋げンき足湯」がオープン、無料開放されているそうな。
泉質はナトリウム塩化物高温泉、源泉42℃。
源泉かけ流しだが、体感は温めで快適とのこと。
二面対抗式の木製ベンチには30人程度が座してゆっくりできるようだ。
タイムは午前10時~午後4時まで、季節点検以外は年中無休とあるのも善哉。
ご近所だからと、わざわざ実地探訪に及んだうえでの情報である。
有り難いことこのうえなし。
幼な児がゆったりのんびりと浸っていてくれればのことだが、足湯の効果のほどは大塔村ですでに実証済みだから、近場でもあるし、これはどうでも試さずばなるまい。

もう一つのお薦めが、新潮選書の「今すぐできる体質改善の新常識」という書。
小山内博、高木亜由子の共著とある。
入浴法や食事療法、体幹筋トレなどで、アレルギーや糖尿、腰痛、肥満など生活習慣病を克服する、「小山内式健康法」の奨め。
自身の免疫能力を高め体質改善を図ることが万病への根本的な対策である、という考えは私自身もその信奉するところであるから、読んでみて実践できることはこれに倣ってみようと思う。


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May 16, 2005

影もはつきりと若葉

IMG_0134-1 「身は三歳の幼な児」

<風聞往来>

Hoshiさんの「英語の授業」にトラックバックしています。

<ローマ字の氏名表記が変わっている>

かつての常識が時代の推移のなかで非常識になってしまっていることに、ふとしたことで今更ながら気づかされて驚かされることが時々あるものだ。
迂闊ながらローマ字の氏名表記がいつのまにやら変わっていたらしい。
現在の英語授業では「姓-名」の順で教えているのが通常だそうだ。
5月8日付毎日新聞の「はてなの玉手箱」記事によれば、
英語の教科書を出している7社中6社が「姓-名」順で、「名-姓」順の1社も「どちらでもよい」と注釈を付けており、大半の教科書が「姓-名」を採用し始めたのは02年度からというから、今の中学生は、ほとんどが「姓-名」順で習っている、ということだ。
また、この記事によれば、そもそもは00年12月に出された国語審議会の答申による、という。
答申では、「名前というのは使われる社会の文化や歴史を背景として成立したもの」で、「日本人の姓名については、ローマ字表記においても「姓-名」の順(例えばYamada Haruo)とすることが望ましい」とされているそうな。
しかし、日本で発行される日刊英字紙は、いずれも日本人の名を「名-姓」順で記載しており、歴史的人物や江戸時代以前の人名などは、「Toyotomi Hideyoshi(豊臣秀吉)」のように「姓-名」順となり、混乱状態にあるし、政府機関でも表記はばらばらだそうな。
官邸や外務省、経済産業省などはいずれもトップの表記は「名-姓」で、条約の調印などの場合、町村信孝外相は、英語やフランス語 の文書では「Nobutaka Machimura」と署名する。
一方、最高裁は国語審議会の答申を尊重しているのか、「姓-名」を採用している、と。

ケースバイケースで使い分けするなど、こんな不徹底ぶりでは混乱を招くばかりだろう。
変更するならするで、なぜもっと周知徹底しないのか大いに疑問だ。
時間をかけてごく自然に浸透していけばよいではないかと考えているなら、そりゃ考え違いというものだろう。
このあたり、日本政府の外交姿勢とも通底しているいい加減さかもしれない。


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May 15, 2005

山のふかさはみな芽吹く

IMG_0156-1 「身は三歳の幼な児」

<日々余話>

<七栗の湯詣で>

清少納言の枕草子に「湯は七栗の湯、有馬の湯、玉造の湯」と謳われた、
七栗の湯こと榊原温泉へ。
大阪市内から西名阪を経て片道120km。
昨年9月から日帰り入浴で詣でること今日で7度目か8度目か。
榊原館元湯の源泉は32℃。
この源泉をそのままの温度でかけ流しにしている湯船にゆっくりと浸かるのがお目当ての客は多い。
入湯料大人1000円、子どもは3歳から500円。
近在の日帰り入浴施設は700円が相場だから、少し高めの設定だ。
これはいにしえから知られた名湯ゆえか、この源泉の愛好家が多い故か。
相場どおりの設定なら、殺到して施設が容量オーバーになるとみたのだろう。
我が家では幼な児のアトピー改善に少しでも効能があるかと期待され、こうして月行事ともなったのだが、近頃はその効能もどうやら覚束なくなってきたようだ。
はてさて、この月行事となった七栗の湯詣で、
続けるべきか否か、そろそろ思案のしどころのようだ。


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May 14, 2005

空へ若竹のなやみなし

N-040828-012-1
   「In Nakahara Yoshirou Koten」

<日々余話>

<エコー!ユーザー会が翼をひろげている>

四月から退会者が続出している
みんなのコミュニティー広場であるエコーが
このままジリ貧状態で環境劣化を招いていくのを
ただ手を拱いて見過ごす訳にはいかない、と
5月7日、ユーザー有志たちが立ち上がった
その名は<エコー!ユーザー会>

「エコー!が好きだから
 もっと居心地のいい場所にしていきたい
 <エコー!ユーザー会>は
 そんな私たちユーザーの気持ちや言葉が集まる場所です
 ユーザーの、ユーザーによる、ユーザーのための場所
 そしてそれらの声を運営事務局に届けることができるグループを目指します」
と謳って、グループは誕生した

そして一週間が経過
只今、14日午前0時ジャスト
現時点でグループへの参加会員は99名となった
グループ掲示板への足跡数は6142人を数えている
この広場の会員たちに着実に浸透してきている
会員たちの関心はすこぶる高いといえるだろう
問題意識を共有していこうとする姿勢が堅調で真摯だから
関心を呼び、浸透もしてきているのだろう

<エコー!ユーザー会>は
その翼をひろげはじめているのだ
逞しいエネルギーを蓄えつつ


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May 13, 2005

若葉のしづくで笠のしづくで

uvs050420-056-1 「Lesson Photo in Asoka」

<四方の風だより>


<performanceとTalkの一夜、Dance Cafe Report>


昨日は珍しく小降りの雨模様だったが、夕刻からはなんとか雨もあがったようで、
出足に棹差すほどのことはなかったようだ。
来客は、performance後のTalkにしか間に合わなかったMさん親娘とI君を含め26名。
20から30名とふんだ当初予測からいえば、一応過不足なしといえようか。
だが、3月の自演連合同公演に絡んだ劇団関係者については全滅。
この結果には些か落胆せざるをえない。
彼らは他ジャンルに刺戟をもとめる志向の温度が低いことに今更ながら驚かされた。
明瞭な社会的意義、例えばやや政治的な行動など、「ねばならない」ことには、
B・ブレヒトの「第三帝国の恐怖と貧困」のなかの一エピソードに出てくる、
「ケツの穴に何かを突っ込まれたような外部から無理強いされた自発性」というヤツには弱いが、こうしたことは趣味嗜好の範囲と捉えてしまっているのではないかなどと、
またぞろ少しばかり落ち込んでしまった。

一夜の会としては運びもまんざらでもなく可としなければなるまい。
我々の有する表現からすれば、パフォーマンス空間として高さと広さにおいて狭小に過ぎるのだが、とりわけ広さに妥協しえても高さがないことは致命的なほどに悩ましいのだ。

PerformanceのあとのTalk-Timeは心配されたほどもなく、意外にいい内容のものができたように思う。
これは参加した客質、構成メンバーに負うところが大きい。
照明家のN君、PerformerのD君、美術教員のK君、或は同窓のU君などが、
一石を投じてくれて、初めて観た人たちへの参考にかなりなったのではと思われる。
Host役の私としてはアクチュアルな話ができたし、少しばかりは本気の話もできた。

何回か継続してやってみようと思っているのだが、空間の特性、条件からみて、つづけるからには手法の検討も必要だ。頑なに最近のあり方を通したいのだが、そうもいかないか。

それにしても、あと一人のDancerが欲しい。
二人のDancerの、もうこの段階となっては、私の考えていることの立証はすぐ手の届くところにあるというのに、あと一人の不在に押しとどめられているのがいかにも口惜しい。
昨夜は、またしてもそのことを痛感してしまった。

最後に、遠方からわざわざの到来、
エコー仲間のtosikiさん、小牧から駆けつけてくれてありがとう。
くうママさん、西明石なんですね、どうもありがとう。
そして、はーさん、やっと会えましたね、ありがとうございました。


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May 11, 2005

青葉の奥へなほ径があつて墓

N-040828-038-1
  「In Nakahara Yoshirou Koten」

<世間虚仮>


回復運転という哀しくもいかがわしい用語>

「回復運転」という言葉が昨日あたりからマスコミで躍っている。
本来なら疾病などの回復や、原状回復などと用い、言祝ぐべき現象を表すのに、
ここでは正常ダイヤに戻すこと、そのために制限時速いっぱいの危険を顧みず運転せよ、
ということらしい。
こんな哀しくもいかがわしい残酷な用語を、人はかくも平気で造りだし、ノルマの如く課すのだろうか。
こんな言葉を造り出し、マニュアルとして社内を跋扈する、そんな組織っていったい何者だ。
どうやら、ひとりJR西日本ばかりではないようだ。
鉄道ばかりではない、飛行機も。
これが人間の組織か、これが人間の社会か、これが我々の生きる日本という国か。
こんな言葉を造語してしまう社会構造こそ重い病根であり、
現代に生きる我々の身体に固着してやまぬ瘡蓋だ。


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いよいよ明日の夜です。


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ここまで来てこの樹に倚る

uvs050420-067-1  「Lesson Photo in Asoka」

<身体・表象> -5


<まなざし-視線> -P・ヴァレリーの断章より-

視線。
視線が出会うとき、奇妙な関係が生まれる。
だれだって自分の視線をずっと追ってくる他人の視線から目を離せないと、自由にものが考えられなくなるだろう。
視線が互いにからみあうとき、ふたりはもはや完全に<ふたり>でいることはできなくなり、
<ひとり>のままでいることもむずかしくなる。

<交じりあう>視線について。
この交じりあいは、ごく短かいあいだ、ふたつの<運命>、ふたつのものの見方のあいだで、
入れ替え、置き換え、移し替えを実現する。
その結果、ある種の相互規制がそこに生じる。
あなたはわたしのイメージ、風貌を帯びてきて、わたしはあなたの風貌を帯びてくる。
あなたは<わたし>ではない、というのもあなたはわたしを見ているからだし、わたしは自分が見えないから。
わたしに欠けているのは、この、あなたの見ているわたしだ。
そしてあなたの方に欠けているのは、わたしが見ているあなただ。

わたしがおなたを見るのは、あなたにならないためだ。
わたしは<あなた>じゃないから。

この種の分析は、自己と自己自身との関係の分析にも応用することができるだろう。


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May 10, 2005

お墓したしさの雨となつた

N-040828-038-1
    「in Nakahara Yoshirou Koten」より

<世間虚仮>


<天皇は退位すべきだった>

60年前の敗戦で、昭和天皇は退位すべきだった」と、民主党前代表の菅直人氏が8日のTV番組で発言したそうな。
近頃の中国・韓国における、戦後処理及び侵略戦争の反省が充分でないとの対日批判の嵐が吹き荒れているのを意識するあまり口に出たのだろうが、それにしてもなんとも驚くような大胆発言が飛び出したものだ。
いや、この発言、本意が字句どおりならば、私は異議なしなのだ。
象徴的な意味合いでにしろ、昭和天皇も戦争責任を果たすべきだったし、そのためには退位すべきであった、と。
ならば、当然、現天皇はまだ幼な児であったし、昭和天皇は退位するも、なお幼帝を立てるとする選択は客観情勢からみても困難であったろうし、当然、天皇制そのものの廃止をすべきであったという論旨を潜在させた発言になろう。
憲法改定問題が自民党ばかりでなく、「創憲」などという言葉で飾りたて、民主党もその動きに呼応しようとしているというなかで、菅氏のこの「天皇制廃止論」に結びつく大胆発言は、相当物議をかもすのではないか。
その波紋の行方に、些か野次馬的にではあるが、いたく関心をそそられるのは、私ひとりなのだろうか。


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此道の、第一の面白尽くの芸能なり

uvs050420-068-1 「Lesson Photo in Asoka」より

風姿花伝にまねぶ-<14>


物学(ものまね)条々-物狂(ものぐるひ)

 此道の、第一の面白尽くの芸能なり。
 物狂の品々多ければ、この一道に得たらん達者は、十方へ渡るべし。
 繰り返し繰り返し公案の入るべき嗜みなり。
 仮令(けりょう)、憑き物の品々、神・仏・生霊・死霊の咎めなどは、その憑き物の体を学べば、易く、便りあるべし。
 親に別れ、子を尋ね、夫に捨てられ、妻に後るる、かやうの思ひに狂乱する物狂、一大事なり。
 よき程の為手(シテ)も、ここを心に分けずして、たゝ一偏に狂ひ働くほどに、見る人の感もなし。
 思ひ故の物狂をば、いかにも物思ふ気色を本意に当てゝ、狂ふ所を花に当てゝ、心を入れて狂へば、感も面白き見所も、定めてあるべし。
 かやうなる手柄にて、人を泣かする所あらば、無上の上手と知るべし。
 これを心底によくよく思ひ分くべし。

能において物狂いは、演者にとっても観客にとっても一番面白い芸だ、という。
物狂いにもいろいろなものがある。
野上豊一郎氏の「物狂考」においては、
1.恩愛の情からの物狂い 2.恋慕の情からの物狂い 3.主従の情義からの物狂い 4.憑き物からの物狂い 5.境遇等からの物狂い と分類している。
ことほどに物狂いの役柄、風体はまことに多様で、この道に「得たらん達者」はあらゆる風体に通じる者といえるだろう。また、「繰り返し公案」して物狂いの面白さを極めていくことが大事だろう。
世阿弥が一大事と強調するのは、同じ物狂いでも、親子や夫婦などの人情に発する物狂いの演技についてである。
達者と世間で評判のシテでも、なにゆえの狂気かとその心情をしっかりと分別もしないで、どれもこれもただ一様に面白く狂って見せるのは、技はあっても観る者に感動を与え得ない。
思いゆえに心乱れた者を演じるには、その心の内の懊悩をばなによりも大事に捉え、狂いの所作を面白味として加え、しっかりと心を込め工夫して演ずれば、感動も面白味もふたつながら備わった演技となる、というのだ。
主題としての愛別離苦の人としての悲哀と、面白味としての狂いの芸を、いかに調和させるかを世阿弥は一大事とし、それを為しうるシテを「無上の上手」とした。

「面白う狂うて見せ候へ」との求めに応じて、狂乱の演技へと入っていける狂気の自己肯定には、それがいかに悲劇的状況にあってもその悲劇性をあからさまに表立てないで、しかも観る者の人情に訴えうる力を信じた、自然な方法としての自己救済があった、と見える。
それゆえに、これら物狂いの人々は、契機さえ得ればおのずから逃れでて常人に回帰することが可能な狂気ともいえよう

――参照「風姿花伝-古典を読む-」馬場あき子著、岩波現代文庫


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May 07, 2005

はじめてあうてはだか

<日々余話>


くうママさんの「エコーユーザー会」にトラックバックしています。
エコーが好きだから、もっと居心地のいい場所に戻したいから
私達は私達の声を事務局に届ける為に
「エコー!ユーザー会」
というグループを作る事にしました。


<エコー!ユーザー会、グループ参加を>


「近頃のエコーは淋しいネ」
「ウン、とっても淋しいネ」
「どんどん、人が減っているみたいだ」
「どんどん、記事も減っているさ」
「なぜ、こうなっちまったんだ」
「さあ、どうしてかネ、イロイロあったみたいだから‥‥」
「イロイロって、アレ?」
「アレも、コレも、イロイロさ」
「でも、よくわかんないよ、アレも、コレも」
「うん、わかんないね、なんでそうなるんだか」
「事務局のお知らせなんてさ、読んでみたってチンプンカンプンだしさ」
「まあ、大本営発表みたいなヤツだからネ、テキトウなんだよ」
「みんなちがって、みんないい、なんてさ、なんでならないのかネ」
「ウン? 金子みすずかい、そりゃ、むずかしいだろうヨ、やつぱり事務局がさ」
「大本営様みたいじゃネ、って訳?」
「ま、そういうとこかな」
「困ったネ」
「ウン、困ったもんだネ」
「‥‥」
「‥‥」
「これから、どうなっていくのかネ」
「さあ、どうなるんだろうネ」
「まだまだ、減っていくんだろうか‥‥ネ」
「だろう、ネ」
「淋しい、ネ」
「ウン、淋しい、ネ」
「‥‥」
「‥‥」


つい先日、<Echoo!よ、何処へゆく>と題して一文をUPしたのだが、
引き続き、<エコー!ユーザーの会>立上げに呼応して
グループ参加を呼びかけたい。

それぞれ徒手空拳の一ユーザーにしか過ぎないだろうが、
それも広く大きく集えば相応の力となるだろう。
4月の新制度への改革より、去りゆく者後を絶たず、枯渇しつつあるこのエコー空間が、
たんに往時の活況を取り戻すだけでなく、愉しく実りある会話が飛び交い、深き交友の結縁の場となることを望む。


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May 06, 2005

張りかへた障子の中の一人

uvs050420-021-1 「Lesson Photo in Asoka」より

<身体・表象> -4


<身>の現象学

<身ごもられ>から<身二つ>へ
人がまだ胎児の時、即ち母の胎内に<身ごもられている状態>である時、その胎児は、生理的にも、心理的にも、母体と未分化なまま共生している、といえよう。
それが出産によって、身(胎児)が身(母体)から分かれ、身二つとなる。
つまりは、胎児は、母体と<共生>していると同時に、<身分け>(身二つとなる)の直前にあるという訳だ。

非可逆的な<自己中心化>過程
乳幼児が、母親に依存しつつ、しだいに独立性をつよめていく過程は、まさにドラマそのものだといってもよい。
ピアジェのいう癒合的な感覚-運動的レベル(0~2歳)では、知覚し、行動するという循環的な過程によって活動の図式(シェマ)が形づくられ、このシェマと相関的に世界が秩序づけられ、構造化される。
しかしこの時期には象徴機能が未発達であるため、身のパースペクティヴは、<いま・ここ>に癒着的に中心化されており、視点の交換や転移の可能性をもたない。
したがって癒合的な感覚-運動的レベルでの活動には、すでに可逆性の芽生えはみられるものの、基本的には非可逆的である。

<脱-中心化>過程
乳幼児にとってあたらしい段階は、<意味するもの>(シニフィァン)と<意味されるもの>(シニフィエ)の分離を特徴とする記号的機能があらわれる表象的水準からはじまる(2~6.7歳)。
身ははじめ行動によって、自己中心性を脱却し、仮設された他者へと<脱-中心化>する。
しだいに子どもは、人の身になってみることができるようになる。主客の立場や役割を交換し、「ごっこ遊び」をとおして、相互所属性としての自己を把握するようになる。

<社会的自己形成への原型>
これははじめの中心化のうえに重ねられる再中心化の体験として、自己に対する関係の前意識的な把握でもある。
この二重化は、<脱-中心化>という他者への関係を媒介にしている。即ち、身の自己自身に対する関係は、身の他者自信に対する関係を内包しているのである。
さらにルールをもった遊びでは、ルールという、モノでもヒトでもない、非人称的なシステムが内面化され、システムの内にある身がより明確に<身分け>される。
これは社会の組織や制度、掟や法が内面化されるモデルとしてはたらき、人としての、非人称的な社会的自己が形成される原型となるだろう。

<具体的操作レベル>から<形式的操作レベル>へ
さらに事物に対する現実の活動の具体的内容と結びついた具体的操作レベルの過程を経て、形式的操作レベル(11.12~14.15歳)にいたると、操作が事物との具体的な結びつきから解放される。
操作の内容と形式が分化し、言語によって表された仮説にすぎない命題にもとづく、純粋に可能的な操作が行われるようになる。
こうして操作は、身と身のはたらきに癒着し、身に中心化したあり方から表象的に<脱-中心化>される。
これは同時に、表象のうえで身みずからを、コミュニケーションによって拡大された間主体的世界の内に位置づけることでもある。
このような<脱-中心化>は、モノの世界との関係での脱-中心化のみではない。それは感応的同調や、言語的イコール、非言語的コミュニケーションを通して、他者や他者の集団に役割的に同調し、その視点や操作を交換しうる<社会的・脱-中心化>でもある。

<外部-社会的存在>としての自己
自我の形成は、前操作的な諸活動の非可逆性と、操作的活動の可逆性の、互いに補いあう循環にもとづき、中心化と脱-中心化、および<非-中心化>との動的な均衡のうえに成り立っている。
自己は、操作的レベルで、より関係的、より可換的な役割存在として脱-中心化されるが、同時にその自己は、感覚-運動的な非可換性の感覚に支えられている。
他方、身の可換性と脱-中心化は、人称化を可能にする条件であるとともに、非人称化への傾向をはらんでいる。とりわけそれらが非人称的な制度や、制度のうちにある機械系や記号系を介してはたらくとき、身は極度に脱-中心化され、身は身のはたらきのうちに制度や機械系や記号系を組み込む。というよりは、そのはたらきのうちに組み込まれる。
身は<外部>の論理によって身分けされ、たんなる人として非人称化される。

<自-他>の集合的共生
それはまた、互いに補いあう形で集合的な<内部>への共生的な関係を呼びさますだろう。
集合的無意識に対する捉え方も、ア・プリオリに前提されるのではなく、<非人称化>の一種の構造として認めることができるのではないか。とすれば必ずしも神秘的なものと考える必要はないだろう。
これは人間的現実の多重構造と、それらの層のすべてにわたって意識している必要はない、ということを意味する。

    参照-市川浩・著「身体論集成」岩波現代文庫


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May 04, 2005

この道をたどるほかない草のふかくも

ichibun98-1127-039  「うしろすがたの山頭火」より

<古今東西>


Tedさんの「Life's Speeding Up at Higher Ages (歳とともに人生は速くなる)」にトラックバックしています。

<年をとると記憶は一枚の絵に近づく>

或る書によれば、
英国の作家M.フォースターが語った言葉「年をとると記憶は一枚の絵に近づく」を引いて
記憶は、徐々に縦並びから横並びにかわってゆくといってよいだろう。
年とともに人生はクロノロジー(年代記)からパースペクティブ(遠近法)になり、
最後は一枚のピクチュァ(絵)になるということだ、とある。

生きるということは、常に現在と過去との緊張関係にあるものだ。
ライプニッツに倣えば、未来の先取りによって「現在は過去を担い、未来をも孕む」という構造をもっている。
<現在>とは、このようなカイロス的(現在中心の同心円的な構造)と、クロノス的(暦としての通時間的な構造)な二重構造なのだ。
過去の記憶は生きてゆく過程でその比重と意味とディテールをも変えるだけではない。
クロノス的な遠近法は社会生活に欠かせないものだが、時間の順序を無視した第二の遠近法(横並び)
と重ねあわされ、次第にそれへと道を譲ってゆき、最後はその人にとっての重要性による遠近法が一枚の絵画をつくることになるのだろう。
だが、この過程は幸福な人生の場合といえるのでないか。
同じ、英国の著名な作家、サマセット・モームは
「人を殺すのは記憶の重みである」という言葉を遺して、89歳で自殺したそうな。
記憶はふつうならば忘れ去られやすいことが問題なのに、彼には忘れられないことの積み重なりが問題だったようだ。


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May 03, 2005

かすんでかさなつて山がふるさと

ichibun98-1127-009-1
        「うしろすがたの山頭火」より


<日々余話>

tosikiさんの「エコー!のこと」の意見に賛同しトラックバックしています。

<Echoo!よ、何処へゆく>

個性的でユニークな顔=キャラクターをもつということは、心強い味方もつくるが敵もまたつくりやすい。
エコーが足跡機能をすべての会員に持たせていたことが、この場を特別なものにしたし、狭くもした。
エコー上で、ゆびとまの社長も創業以来のトップも個人ブログを日々掲載し、オフ会開催も含め、運営サイドと会員たちの顔の見えるお付き合いが、この場の個性やユニークさを形成するのをさらに加速しただろう。
エコーの旅立ちから半年あまり経て、290万を越えるゆびとま会員とエコー会員の垣根はいよいよ高くなりすぎたのだろう。
この垣根を一気に下げて、ゆびとま=エコー内を市場として流動化させたい。
ビジネスチャンスを大幅に拡大したいと考えるのは経営者の常として当然といえば当然だ。
3月初旬に、eなげっとなるものが突如導入された。
地域通貨のようなものとしてのポイント制らしい、とは理解はできたものの、それがどれほどダィナミックに動くものか見当もつがず、われわれエコー会員は些か面食らった。
続いて、4月からのプレミアム会員制の導入宣言。
成程、よくよく見れば、プレミアム会員とはエコーのみならずゆびとま会員にも開かれている。この時点で、われわれは運営サイドの本意たるマーケット戦略を知ることになった。
その本意に気づいたものの、eなげっと導入で些か面食らった感触が尾を引いて、この有料制導入の手法は性急過ぎる、拙速に過ぎるのじゃないかと批判を呼んだ。
エコーの中でいろいろ意見が飛び交い、運営サイドは大幅な譲歩の形で、有料制度の修正に応じた。
ここまでは、あくまでビジネスライクな手法レベルでお互いにすべて了解し合える問題だから、まだよかった。

ところが有料制導入の4月1日に相前後して、事務局報告のユーザーグループ主導企画なる「なりすまし」事件というとんでもないことが明るみになった。
この事件の発端や経緯に、運営トップの意思なりが深く関与している可能性、即ち、このなりすましグループと運営トップとの間に一時的にせよ或る合意があったという疑惑が、とうとう払拭されないままの事務局処理となったことに、エコー会員の一部に強い不信感をもたらした。
その不信が鎮火する暇もなく、ある会員の強制退会処分が起こった。
以前の警視と自称する詐欺師まがいの輩に対する強制退会とは違い、この事件には異様なスキャンダラスな一面があるように見受けられる。
そして、またしてもその原因に運営トップが直接関与しているとの疑いが濃い、というのがどうやら客観的状況のようだ。
いまのところ、この新しい疑惑を払拭するために、事務局は積極的に努めている様子は見受けられない。
強制退会させられた当事者と運営サイドの両者間では係争上の事態もありうるといった展開を見せつけたままだ。

これらふたつの事件は運営トップの私性が強く刻印されたものと見られるだけに、それが産み落とす不信は果てしなく深くもなるし、容易には抜き去り難いものとなる。
このまま放置されるかぎりは、健全で友好なエコー空間は取り戻せないだろう。
隈なく見てみたまえ、このエコー内で取り交わされる各々のコメントのやり取りを。
こんなに愉快で親しい関係を成り立たせているSNSは他に類例があるだろうか。
この快きエコー空間を創りあげることに、運営トップも大いに貢献したのは間違いないし、だれひとりその功績を否定しはしないだろう。
誰しもみなそのことに多大の評価をおくればこそ、敬されるべき者の私的な過失への不信を払拭して貰いたいと願うのだ。


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May 02, 2005

をとこべしをみなへしと咲きそろふべし

uvs050420-095-1
     「Lesson Photo in Asoka」より

<身体・表象> -3


<身体の反射力と吸収力>

昨日(5/1)、二週間ぶりの日曜の稽古にピアノのS君が参加した。
Kが体調不全を訴えていたので、あまり本格的にはできそうもないかと思っていたのだが、いざS君の演奏で即興を始めると、そんな懸念もなんのその、かなりの本息で先ずは二十数分をJと交互に踊りきっていた。
このところずっと、KとJ、いつも二人で同時に動くのを見てきたから、各々が交互にsoloで展開するのは意外に新鮮なものとして受け止められた。彼女らにとっても同じくそうだったのだろう。
彼女らの感覚=運動としてのシェマは、S君のピアノ演奏というひさかたぶりの新鮮な刺激を得て、常より研ぎ澄まされダィナミックになったものとみえる。

われわれの感覚は知覚的側面と感情的側面をもっている、といったのはベルグソンだが、
感覚のうちの知覚的側面は、実際は行動しないまま、まえもって感覚の対象に対する行動の可能性をデッサンする。言い換えれば、対象が私に対してもつ潜在的な作用可能性を対象に反射する。
他方、感覚は身体そのものに現実的に作用する側面をもっているが、これは感情的側面といえるものだ。
そこでベルグソンは、知覚が身体の反射力をはかる尺度だとすれば、感情は身体の吸収力をはかる尺度だ、と考えたらしい。
感覚というものはきわめて多義的なものだが、その感覚のふたつの側面=知覚や感情に作用しまた反作用し、それが身体=行動図式へと方向づけられてゆく。そのときこの多義性はより一義的なものへと変容するのだ。
このことに倣えば、身体表現の時間と空間には、この感覚の多義性と一義性のたえざる変容過程が、豊かにダィナミックに織り込まれることになる、ということだ。
表現者にとって、知覚に対しての身体の反射力、感情に対する身体の吸収力が、どれほど豊かなものであるかが、つねに問われている。

以下に、万葉集巻二よりよく知られた相聞一題をひく

   -大津皇子の石川郎女に贈れる歌一首-
あしひきの山のしづくに妹待つとわが立ち濡れし山のしづくに
   -石川郎女の和へ奉る歌一首-
吾を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくに成らましものを


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