December 04, 2009

大地あたゝかに草枯れてゐる

Db07050910055

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月25日の稿に
12月25日、晴、引越か家移か、とにかくここへ、春竹へ。

緑平さんの、元寛さんの好意によつて、Sのところからここへ移つて来ることが出来た。‥
だんだん私も私らしくなつた、私も私の生活らしく生活するやうになつた、人間のしたしさよさを感じないではゐられない、私はなぜこんなによい友達を持つてゐるのだらうか。

※表題句の外、2句を記す

-今月-11月-の購入本―
とうとう月を遅れての記載となってしまった。
読書の記録を「Book Diary」と題し、Excelに残すようになってちょうど5年、その間、490册を読んだことになるが、年平均に換算すれば100册に満たない。
買い置いたものの未だ読めぬまま積まれたものも、ずいぶんと嵩高くなったものだ。
そろそろ老い先を数えて生きる日々ならば、これから先、多きを求めても致し方あるまい。ゆったりと愉しむ三昧の境地になりたいものだ。

・西垣通「続 基礎情報学-「生命的組織」のために」NTT出版
情報-その本質は生命による「意味作用」であり、意味を表す記号同士の論理的関係や、メディアによる伝達作用はむしろ派生物にすぎない。言葉の意味はいかにして私の心から他者の心へ伝えられるか。意味内容が他者間をまるごとそっくり移動するなどほんとうに可能なのか。社会的コミュニケーションはいったいなぜ可能なのか。著者はHACS-階層的自律コミュニケーションシステム-に基づいて、「情報」そのものを根底から問い直すことから出発する。生命が、閉鎖的かつ自律的な「システム」であるとしてとらえ、その上で生命の「意味作用」を「情報」であると再認識した上で、生命/心/社会をめぐる情報現象を、統一的なシステム・モデルによって論じようとする。

・廣松渉「事的世界観への前哨-物象化論の認識論的=存在論的位相」ちくま学芸文庫
近代的世界像の抜本的な再検討とそれに代わるべき新しい世界観の構築が哲学の課題となってすでに久しい。本書はそれに応えるべく著された、近代的な世界了解の地平の、全面的な超克を目指した壮大な哲学的営為といえよう。まず、カント、マッハ、フッサール、ハイデッガーの哲学的核心部分を鋭く抉り出し、新しい世界観のための構図と枠組を示す。さらに近代科学的自然像がいかなる変貌を遂げてきたかを追認しつつ、相対性理論、量子力学の提起した認識論的=存在論的な問題次元を対自化し、「物的世界像から事的世界観」への推転を基礎づけた廣松哲学の代表的著作。勁草書房1975年刊を底本とした文庫版。

他に、広河隆一編集「DAYS JAPAN」2009/11月号、高橋悠治の「プレイズバッハ」とジムノペディの「サティ-ピアノ作品集」のCD2枚。

―図書館からの借本―
・大井玄「痴呆の哲学」弘文堂
副題に「ぼけるのが怖い人のために」とある。世界には老人の痴呆を当たり前のこととして受け入れる文化と、忌避する文化がある。人の「人格」は変化し続ける、人格の形成過程も完成期も崩壊過程-痴呆-もすべて「私」なのだ、他との関係性の中にのみ「私」は存在しているのだ。瞑想とは、意識から言葉を消す方法であり、座禅では、呼吸を意識し、空気と身体のつながりを感じ、自他の分離を消去すると、自己も消える。
著者は、「私はいのちを持つ」や「私は生きている」は間違っているとする。いのちが人格を選択するのだ、「いのちが私をする」あるいは「いのちがあなたとして現れている」が適切だという。生命が環境に適応するために生まれたのが精神なのだ、と。

人気ブログランキングへ -読まれたあとは、1click-

| | Comments (0) | TrackBack (0)

December 01, 2009

見すぎ世すぎの大地で踊る

080209149

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月24日の稿に
12月24日、雨、彷徨何里、今後もSの厄介、不幸な幸福か。

また清水村へ出かけてA家を訪問する、森の家を借るために、-なかなか埒があかない、ブルヂョアぶりも気にくはない、パンフレツトを出すのに不便でもある、-すつかり嫌になつて方々を探しまはる、九品寺に一室あつたけれど、とてもおちつけさうにない、それからまた方々を探しまはつて、もう諦めて歩いてゐると、春竹の植木畠の横丁で、貸二階の貼札を見つけた、間も悪くないし、貸主も悪くないので、さつそく移つてくることにきめた、といつて一文もない、緑平さんの厚情にあまえる外ない。

※表題句は、12月15日記載の句から

―四方のたより― Sou Mon-相聞Ⅲ、その2-

今日のVideoは、2006年のAlti Buyoh Festival参加作品「Sou Mon-相聞Ⅲ-」のScene.2
小嶺由貴と末永純子によるImprovisation Duo、Pianoの即興は杉谷昌彦。

人気ブログランキングへ -読まれたあとは、1click-

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 28, 2009

枯草ふんで女近づいてくる

Alti2006029

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月22日の稿に
12月23日、曇、晴、熊本をそまよふてSの家で、仮寝の枕!

けふも歩きまはつた、寝床、寝床、よき睡眠の前によき寝床がなければならない、歩いても歩いても探しても探しても寝床が見つからない、夕方、茂森さんを訪ねたら出張で不在、詮方なしに、苦しまぎれに、すまないと思ひながらSの家で泊る。

※表題句は、12月21日付記載の句から

―四方のたより― Sou Mon-相聞Ⅲ-

今日のVideoは、2006年のAlti Buyoh Festival参加作品「Sou Mon-相聞Ⅲ-」のScene.1
小嶺由貴と末永純子によるImprovisation Duo、Piano演奏は杉谷昌彦。
法月紀江に依頼した衣裳がよく踊りとマッチした。

人気ブログランキングへ -読まれたあとは、1click-

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 26, 2009

つめたい眼ざめの虱を焼き殺す

Dc090926232

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月22日の稿に
12月22日、曇、晴、曇、小雪、行程5里、本妙寺屋。

一歩々々がルンペンの悲哀だつた、一念々々が生存の憂鬱だつた、熊本から川尻へ、川尻からまた熊本へ、逓信局から街はづれへ、街はづれから街中へ、そして元寛居であたたかいものをよばれながらあたたかい話をする、私のパンフレツト三八九、私の庵の三八九舎もだんだん具体化してきた、元坊の深切、和尚さんの深切に感謝する、義庵老師が最初の申込者だつた!
寒くなつた、冬らしいお天気となつた、風、雪、そして貧!

※表題句は、12月4日付記載の句から

―日々余話― 待てど暮らせど‥

特段忙しかった訳ではない、のんびりと自堕落なままにうち過ごしているうちに、とうとう4日ぶりの投稿となってしまったのだ。まあ偶にはこんなこともあろう。図書館に返さねばならない本も期限を切らしたまま打っちゃっていたのだが、今朝やっと返してきた。

もう11月も末に近く、今年もあと師走をのこすのみだが、待ち人ならぬ、待たれる便りは未だ来ず、このまま12月に突入しようというのだろうか‥、事はすでに胸突き八丁を越えたればこそ、ただ待つばかりの日々が、なにやら心波立ち騒がしくもある。胸の奥底で、もう好い加減にしてくれ! と叫び出したくなるのを、やっと抑えているような始末だ。

―四方のたより― 風神雷神-ふうじんらいじん-その2

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.7-2「風神雷神-ふうじんらいじん-」
の後半部は、デカルコ・マリィと山田いづみに、JunkoとAyaも加わっての乱舞、演奏はViolaの大竹徹氏とPercussionの田中康之氏、Time-6’45”

人気ブログランキングへ -読まれたあとは、1click-

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 22, 2009

道はでこぼこの明暗

Dc090926198

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月21日の稿に
12月21日、晴后曇、行程5里、熊本市。

昨夜、馬酔木居で教へられた貸家を見分すべく、10時、約束通り加藤社で雑誌を読みながら待つてゐたら、例のスタイルで元寛さんがやつてきた-馬酔木さんは遅れて逢へなかつたので残念-、連れ立つて出町はづれの若い産婆さん立石嬢を訪ね、案内されて住む人もなく荒れるにまかした農家作りの貸家へ行く、とても住めさうにない、広すぎる、暗すぎる-その隣家の一室に間借して独占してゐる五校生に同宿を申し込んで家主に交渉して貰ふ、とても今日の事にはならない、数日後を約して、私は川尻へ急行する、途中一杯二杯三杯、宿で御飯を食べて寝床まで敷いたが、とても睡れさうにないし、引越の時の事もあるので、電車で又熊本へ舞ひ戻る、そして彼女を驚かした、彼女もさすがに-私は私の思惑によつて、今日まで逢はなかつたが-なつかしさうに、同時に用心ぶかく、いろいろの事を話した、私も労れと酔ひとのために、とうとうそこへ寝込んでしまつた、ただ寝込んでしまつただけだけれど、見つともないことだつた、少くとも私としては恥ざらしだつた。

※表題句の外、4句を記す

―四方のたより― 風神雷神-ふうじんらいじん-

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.7「風神雷神-ふうじんらいじん-」
の前半部は、デカルコ・マリィと山田いづみによるDuo、演奏はViolaの大竹徹氏とPercussionの田中康之氏、Time-4’36”

人気ブログランキングへ -読まれたあとは、1click-

| | Comments (0) | TrackBack (1)

November 21, 2009

今夜の寝床を求むべくぬかるみ

Dc09092674

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月20日の稿に
12月20日、雨、曇、晴、行程4里、本妙寺屋。

雨に間違いない空模様である、気の強い按摩さん兼遊芸人さんは何のこだはりもなく早く起きて出ていつた、腰を痛めてゐる日本的鮮人は相変はらず唸つてゐる、-間もなく降り出した、私は荷物をあづけて、雨支度をして出かけた、川尻-春竹-砂取-新屋敷-休みなしに歩いたが、私にふさはしい部屋も家もなかなか見つからない、夕方、逓信局に馬酔木さんを訪ね、同道してお宅で晩餐の御馳走になる、忙しい奥さんがこれだけの御馳走をして下さつたこと、馬酔木さんが酒好きの私の心持を察して飲まして下さつたこと、そして舅さんが何かと深切に話しかけて下さつたこと、ありがたい、ありがたい、そしてまた同道して元寛居へ推参する、雑談にも倦んでそれぞれの寝床へいそぐ、おちつけない一日々々である、よき食慾とよき睡眠、そしてよき食物とよき寝床。

嫌な夢から覚めたら嫌な声がするので、何ともいへない気分になつた、嫌な一夜、それはおちつかない一日の正しい所産だ。

※表題句の外、3句を記す

―四方のたより― 火車-かしゃ-

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.4「火車-かしゃ-」
は、JunkoとAyaによるDuo、演奏はViolaの大竹徹氏とPercussionの田中康之氏、Time-6’34”

人気ブログランキングへ -読まれたあとは、1click-

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 19, 2009

夕べの食へない顔があつまつてくる

Dc09092662

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月19日の稿に
12月19日、晴、行程2里、川尻町、砥用屋。

まつたく一文なしだ、それでもおちついたもので、ゆうゆうと西へ向ふ、3時間ばかり川尻町行乞、久しぶりの行乞だ、むしやくしやするけれど、宿銭と飯代とが出来るまで、やつと辛抱した。
宿について、湯に入つて、ほつとする、行乞は嫌だ、流浪も嫌だ、嫌なことをしなければならないから、なほなほ嫌だ。

安宿といふものは面白いところだ、按摩さん、ナフタリン売、土方のワタリ、へぼ画家、お遍路さん、坊主、鮮人、等々、そして彼等の話の、何とみじめで、そして興ふかいことよ。

※表題句は、12/15付記載から

―四方のたより― 水鏡-みずかがみ-

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.4「水鏡-みずかがみ-」
は、山田いづみのsolo、演奏はViolaの大竹徹氏とPercussionの田中康之氏、Time-9’03”

人気ブログランキングへ -読まれたあとは、1click-

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 18, 2009

あるけばあるけば木の葉ちるちる

Dc09092616

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月18日の稿に
12月18日、雨、后、晴、行程不明、本妙寺屋。

終日歩いた、ただ歩いた、雨の中を泥土の中を歩きつづけた、歩かずにはゐられないのだ、ぢつとしてゐては死ぬる外ないのだ。

朝、逓信局を訪ねる、夜は元寛居を訪ねる、お酒、御飯までいただく、私もいよいよ乞食坊主になりきれるらしい、喜んでいいか、悲しむのか、どうでもよろしい、なるやうになれ、なりきれ、なりきれ、なりきつてしまへ。

※表題句は、12/13付記載から

―四方のたより― 人外-にんがい-

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.4「人外-にんがい-」
は、デカルコ・マリィのsolo、人外とは、人ならぬもの、本来、動物や妖怪をさす古語だが、近頃は人外萌えなどと萌え対象の一つになっている。
演奏はViolaの大竹徹氏とPercussionの田中康之氏、Time-10’01”

人気ブログランキングへ -読まれたあとは、1click-

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 17, 2009

霧、煙、埃をつきぬける

Dc09070787

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月17日の稿に
12月17日、霜、晴、行程6里、堕地獄、酔菩薩。

朝、上山して和尚さんに挨拶する-昨夜、挨拶にあがつたけれど、お留守だつた-、和尚さんはまつたく老師だ、慈師だ、恩師だ。

茅野村へ行つて見てまはる、和尚さんが教へて下さつた庵にはもう人がはいつてゐた、そこからまた高橋へゆく、適当な家はなかつた、またひきかへして寥平さんを訪ねる、後刻を約して、さらに稀也さんを訪ねる、妙な風体を奥さんや坊ちやんやお嬢さんに笑はれながら、御馳走になる、いい気持ちになつて-お布施一封までいただいて-、寥平さんを訪ねる、二人が逢へば、いつもの形式で、ブルジヨア気分になりきつて、酒、酒、女、女、悪魔が踊り菩薩が歌ふ、‥寝た時は仏だつたが、起きた時は鬼だつた、ぢつとしてはゐられないので池上附近を歩いて見る、気に入つた場所だつた、空想の草庵を結んだ。‥

今日も一句も出来なかつた、かういふあはただしい日に一句でも生まれたら嘘だ、ちつとも早くおちつかなければならない。

自分の部屋が欲しい、自分の寝床だけはもたずにはゐられない、-これは私の本音だ。

※表題句は、12/15付記載から

―四方のたより― 地震-なゐ・ぢなり-

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.3「地震-なゐ・ぢなり-」は、Guestの山田いづみではじまり、Junko、Ayaが加わる展開、演奏はViolaの大竹徹氏とPercussionの田中康之氏、Time-8’00”

人気ブログランキングへ -読まれたあとは、1click-

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 16, 2009

見すぎ世すぎの大地で踊る

Dc090315174_3

―山頭火の一句― 昭和5年の行乞記、12月16日の稿に
12月16日、晴、行程3里、熊本市、本妙寺屋

堅いベンチの上で、うつらうつらしてゐるうちにやうやく朝が来た、飯屋で霜消し一杯、その元気で高橋へ寝床を探しにゆく、田村さんに頼んでおいて、ひきかへして寥平さんを訪ねる、今日も逢へない、茂森さんを訪ね、夫婦のあたたかい御馳走をいただく、あまりおそくなつては、今夜も夜明しするやうでは困るので、いそいで本妙寺下の安宿を教へられて泊る、悪い宿だけれど仕方がない、更けるまで寝つかれないので読んだ-書くほどの元気はなかつた-。

こんど熊本に戻つてきて、ルンペンの悲哀をつくづく感じた、今日一日は一句も出来なかつた。

※表題句は、前日-12/15-記載から

―四方のたより― 月暈-つきかさ-

「出遊-あそびいづらむ-上弦月彷徨篇-じやうげんのつきさすらひへん-」
Scene.2
の「月暈-つきかさ-」は、岡林綾のsolo、演奏はもっぱら大竹徹氏のViolaによる、Time-5’45”

人気ブログランキングへ -読まれたあとは、1click-

| | Comments (0) | TrackBack (0)

«磯に足跡つけてきて別れる