March 08, 2012

雪あかりの、足袋のやぶれからつまさき

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―四方のたより― 手づくりの仮称「座・九条」

還暦を迎えたのももうずいぶんまえ、我が人生もすでに第4コーナーを廻って、そろそろラストストレッチに差しかかる頃なのだろう。

なればこそ、梁塵秘抄の彼の歌―
「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生れけむ
 遊ぶ子どもの声きけば 我が身さえこそ動がるれ」

ではないが、もうひとしきり狂うてみせう、と思い立ち、仮称「座・九条」なる拠点づくり、フリースペースの空間をものし、やれるだけのことはやってみよう、という運びとなった。
なにしろ、我が台所事情を考えれば、かなりの部分が手づくり、よき理解者を得、面白がってこれに参画してくれる知友の存在が、実現の必要条件となる。
それが、やっと起動しはじめた。
ありがたいことだ。

Photo

1- Free Space「座・九条」イメージ図

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2- 最寄り駅は、阪神なんば線九条駅②番出入口、此処からは文字どおり目と鼻の先。

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3- 阪神なんば線九条駅②番出入口を上がれば、正面にTimes。その後ろに見える谷間の建物だ。

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4- 地下鉄中央線「九条駅」からも近く、徒歩5分ばかりの距離だ。

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5- 高架の駅を降りて、九条新道の商店街を西へ。

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6- そのすぐ南の筋は、千日前ならぬ、「千日通り」という名。

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7- 九条シネ・ヌーヴォーの前を通れば、そのすぐ先、三叉路の向こう正面だ。

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8- 此処、シネ・ヌーヴォーの近く、稽古場兼用の近くフリースペース、拠点づくり―

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9- 着々とはいかぬが、ボチボチと進行中…。
倉庫跡のその内部ー20坪余りの空間。
高く積まれているのは、舞台用の二重、計80枚ばかり、これが1階及2階部分の床材となる。

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10- ご覧のとおり、鉄骨部分と空調設備だけは、業者の手に委ねて、出来上がっている。



―山頭火の一句―
其中日記-昭和9年-266

2月15日
雪、雪はうつくしいかな、雪の小鳥も雪の枯草も。
わらやふるゆきつもる ― これは井師の作で、私の書斎を飾る短冊に書かれた句であるが、今日の其中庵はそのままの風景情趣であつた。
ふりつもる雪を観るにつけても、おもひだすのは一昨年の春、九州を歩いてゐるとき、宿銭がなくて雪中行乞をしたみじめさであつた-如法の行乞でないから-、そのとき、私の口をついて出た句 ― 雪の法衣の重うなりゆくを ― その句を忘れることができない。
裏山のうつくしさはどうだ、私はしんしんとふりしきる雪にしんみりと立つてゐる山の雪景色に見惚れた。
-略- 
句作道は即ち成仏道だ、句を味ふこと、句を作ることは、私にあつては、人生を味ふこと、生活を深めることだ。
主観と客観が渾然一如となる、或は、融け込む人と融かし込む人、言ひ換へれば、自己を自然のふところになげいれる人と、自然を自己にうちこむ人と二通りある、しかし、どちらも自然即自己、自己即自然の境地にあることに相違はないのである。-略-

※この日、ずいぶんと句の整理をしたらしく、表題句の外、33句を記す

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February 25, 2012

ふくらうがふくらうに月は冴えかへる

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―表象の森― 末永旭濤は「小栗栖」

明26日-日曜-は、奥村旭翠一門の筑前琵琶演奏会。
毎年春先の頃に開催され今年で22回目とか。
はて、旭濤こと連合い殿の出演は10回ほどを数えるのだろうか、
いつのまにかそれほどに歳月を重ねてきたのだ。

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―山頭火の一句― 其中日記-昭和9年-265

2月14日
今日は旧のお正月です、お寺の鐘が鳴ります、餅を貰ひに行きましよか、さうらうとして鉢の子ささげて。
どうも憂鬱だ、無理に一杯ひつかけたら、より憂鬱になつた、年はとりたくないものだとつくづく思ふ。
畑仕事を少々やつてみたが、ますます憂鬱になる。読書すればいよいよ憂鬱だ。
春風よ、吹きだしてくれ、私は鉢の子一つに身心を託して出かけやう、へうへうとして歩かなければ、ほんたうの山頭火ではないのだ! -略-
思ひがけなく、東京の修君からたよりがあつた、彼も私とおなじく落伍者、劣敗者の一人だ、そして細君にこづかれてゐる良人だ、幸にして彼にはまだ多少の資産が残つてをり、孝行な息子があり、世才がないこともないので、東京で親子水入らずの、そして時々はうるさいこともある生活をつづけてゐるらしい、修君よ、山の神にさわるなかれ、さわらぬ神にたたりなしといふではありませんか!
夕、樹明君に招かれて宿直室へ出かける、うまい酒うまい飯だつた、そのまま泊る、あたたかい寝床だつた。

※表題句の外、4句を記す

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February 14, 2012

なむからたんのう御仏の餅をいただく

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―日々余話- バレンタインだったか‥

朝からピンポンとドアホンが鳴る。
メール便はバレンタインのチョコだった。
送り主は16歳の少女ありさ―
こんな爺さんに、こんなに盛り沢山のチョコは、いくらなんでも不似合だろうに…。
でも、その一杯の気持は、やっぱり嬉しいもんだ。

―表象の森― 石岡瑛子「DESIGN-私デザイン」

'83年、ニューヨークの出版社から作品集「EIKO BY EIKO」-日本語版「石岡瑛子風姿花伝」求暮堂-が出され、その前後から彼女の活動拠点はニューヨークに移っていたわけだが、本書全12章は、以後20年間にわたって、彼女が関わったアートデザインの選りすぐりのプロジェクト、映画「MISHIMA」にはじまり、ブロードウェイ劇の「M.バタフライ」、オペラ「ニーベルングの指輪」、シルク・ド・ソレイユの「VAREKAI」etc. そして最後にソルトレイク冬期五輪におけるデサント社のデザインプロジェクト、これら12の仕事を、さまざまなビッグアーティストたちとの出会いから制作過程のエピソードなどを交えつつ総覧したものだ。

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Photo/映画「MISHIMA」

文章は平易でいたって読み易いが、自身あとがきで綴るように、「私にとって最上の、そして唯一の、表現への道案内」とする、彼女独特の迸るほどの<Emotion-感情・感動>に全編貫かれているから、読み手にとってけっして気楽な読み物ではない。
とりわけ印象深かったのは、第4章「映像の肉体と意志-レニ・リーフェンシュタール」展と、オペラ「ニーベルングの指輪」四部作の第8章だが、前者はレニという存在自体の栄光と悲惨の苛酷な人生がオーパラップされるからであろうし、後者はワーグナーの大作を野心的な新解釈で取り組むというフィールド自体に潜む困難さにあったかと思われる。

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Photo/オペラ「ニールンベルグの指輪」

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Photo/シルク・ド・ソレイユ「VAREKAI」

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Photo/「映像の肉体と意志-レニ・リーフェンシュタール」展

―山頭火の一句― 其中日記-昭和9年-264

2月14日
晴れてあたたか、曇つてあたたか、ぢつとしてゐても、出て歩いてもあたたか。
樹明君を訪問して、切手と煙草と酒代を貰つた。
倦怠、無力、不感。
夜を徹して句作推敲-この道の外に道なし、この道を精進せずにはゐられない-。

※表題句の外、5句を記す

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February 01, 2012

はれてひつそりとしてみのむし

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-表象の森- 永井隆と如己堂

先夜、たった二畳一間の小さな家屋の写真に誘われて、長崎原爆被災の医師、永井隆の著書「長崎の鐘」と「この子を残して」を青空文庫で読んだ。

爆心地から700mの長崎医大で被爆した彼は、白血病を負いつつ戦後の6年を生きた。
命日は’51-S26-年5月1日、享年43歳。その死に至るほぼ3年の月日を過ごしたのが写真の家屋、如己堂である。
その名の由来は、己を愛するが如く他者を愛せよ、と自身に課すべく付けられたという。

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8月9日の長崎への原爆投下、その直後から医師である彼は、重傷を負いつつも、猖獗きわまる被災者たちの救護活動に明け暮れた。
明くる10日になって、やっと帰宅した彼は、廃墟となった家の台所跡に、骨だけに変わり果てた妻の遺骸を見いだし、その骨片を拾い集め、埋葬する。
偶々、祖母宅へ行っていた二人の子ども、兄・誠一と妹・茅乃は原爆を免れ無事だった。

「長崎の鐘」-原爆投下の瞬間からはじまり、自ら被爆しながら直後の混乱のなかの救護活動、医師ならではの被爆者たちの克明な症状変化の実態、そして無条件降伏の詔勅、そして‥。
これは、高貴な精神の、慟哭の記録である。

「この子を残して」-敬虔なカトリシズムと、放射線物理療法の医師という二面を併せもつこの高貴な魂は、自身の死期が迫りくるなかで、この世に残しゆく幼い兄妹の身をさまざまに案じつつも、揺るぎのない信仰に支えられ、あくまで沈着に父からの二人への遺言の書として、日々の思いを綴っている。
それは、精神の桎梏が激しさを増すほどに、かえって高みへと昇華していく運動を示し、なればこそ、幼な児たちへと綴られた言葉は、狂おしいほどの愛となって、読む者に伝わりくるのだ。

-1月の購入本-
帚木蓬生「蠅の帝国 –軍医たちの黙示録」新潮社
米原万里「オリガ・モリソヴナの反語法」集英社文庫
宮崎市定「中国史の名君と宰相」中公文庫
田尻祐一郎「江戸の思想史 –人物・方法・連環」中公新書
南直哉「語る禅僧」中公新書
佐藤勝彦「量子論を楽しむ本」PHP新書
W.シエイクスピア/松岡和子訳「十二夜」ちくま文庫 中古書
W.シエイクスピア/松岡和子訳「オセロー」ちくま文庫 中古書
W.シエイクスピア/松岡和子訳「お気に召すまま」ちくま文庫 中古書

-図書館からの借本-
星野英紀・浅川泰宏「四国遍路 –さまざまな祈りの世界」吉川弘文館
原口剛.他「釜ケ﨑のススメ」洛北出版
八木久美子「グローバル化とイスラム」世界思想社

-12月の購入本-
サイモン.シン「フエルマーの最終定理」新潮社 -中古書-
サイモン.シン「宇宙創生 -上-」新潮文庫
サイモン.シン「宇宙創生 –下-」新潮文庫
岩田義一「偉大な数学者たち」ちくま学芸文庫
矢部孝・山路達也「マグネシウム文明論」PHP新書
G.ガルシア=マルケス「予告された殺人の記録」新潮文庫
鷲田清一「ぐずぐずの理由」角川書店
海渡雄一「原発訴訟」岩波新書
ジヤツキー.エバンコ「Dream With Me」CD

-図書館からの借本-
河本真理「切断の時代 -20世紀におけるコラージユの美学と歴史」ブリュッケ


―山頭火の一句― 其中日記-昭和9年-265

2月13日
晴れてあたたか、曇つてあたたか、ぢつとしてゐても、出て歩いてもあたたか。
樹明君を訪問して、切手と煙草と酒代を貰つた。
倦怠、無力、不感。
夜を徹して句作推敲-この道の外に道なし、この道を精進せずにはゐられない-。

※表題句の外、5句を記す

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January 30, 2012

夜のふかうして薬鑵たぎるなり

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―日々余話- 机越しに‥

我が家の居間、横に長い机に向かえば、壁一面に一間半の書棚。
その棚の一角を占めているのが三人の遺影。
中央に、’08年9月に事故で逝った娘のRyouko、その左右に我が両親。
仏壇はない、位牌もない、こうしてただ写真のみ。

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日々、机に向かえば、否やもなく三人の姿が視野の内に入ってくる。
机上の片隅には、友に貰った一輪挿し、その横に100均で買ってきた香台と線香立て。
毎々日課というよりは、気まぐれにまかせ、香を焚く。

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いま、一輪挿しには金魚草、この花、意外と保ちよく、なかなか枯れないでいる。


-表象の森- 「釜ヶ﨑のススメ」

序章を含めれば全12章に、9つのコラムやイラストを散りばめ、歴史的・地理的由来にはじまり、外国人旅行者が集い闊歩するようになったゼロ年代風景まで、ドヤ街「釜ヶ﨑」のまるごとを、多彩な顔ぶれの執筆陣で、手づくり感一杯にまとめられているのが良く、本書出版の意義を際立たせている。

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日雇い労働者の街、単身者の街、高齢化する街、福祉の街、観光の街と、多様に輻輳しながら変貌を遂げてきたその変遷は、’61年8月の第1次にはじまり’08年6月の第24次に至る、その暴動史一覧からも充分に覗える。

お薦めは、原口剛の「釜ヶ﨑という地名」序章
ありむら潜の釜ヶ﨑変遷イラスト「いまむかし」
平川隆啓の「釜ヶ﨑の住まい」第3章
加藤政洋の「釜ヶ﨑の歴史はこうして始まった」第4章
原口剛の「騒乱のまち、釜ヶ﨑」第7章
白波瀬達也の「生きづらさと宗教」第8章
松村嘉久の「外国人旅行者が集い憩うまち釜ヶ﨑へ」第11章、etc.

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―山頭火の一句― 其中日記-昭和9年-264

2月12日
春日和です、私は終日終夜、寝床の中です。
酒も煙草もない一日一夜でした。
風呂はまことに結構でした、餅はたいへんおいしうございました。‥‥

※表題句の外、3句を記す

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